さよならは裏切る
「風河(ふうが)さん、散髪をお願いしたいんですが」
控え目にノックされたドアの隙間から、彼が覗き込んでそう呟いた。
目を通していた書類から視線を上げ、僕はその子と目を合わせる。
梛月(なづき)くんは僕の視線を確認すると、失礼します、と呟きながら室内へ入った。
「散髪?」
椅子に腰掛けたまま、僕は梛月くんの方へ身体を向けた。
梛月くんは僕とやや距離を保ったまま、こくりと頷く。
「前から考えてはいたんですけど……」
ちょっと視線を足元へ落とし、梛月くんは曖昧に答えた。
彼の髪の毛はとても長い。
どうしてそんなに伸ばしていたの、と嫌でも疑問に思ってしまう。
男の子なのに、という言い方も理由だ。
逆に男の子の割に顔が可愛らしく、違和感がないことも問題だと、僕は考えていた。
それに加えて、彼はまだ声変わり前。
そうやって総合的に判断すると、確かに髪の毛は短くしてしまった方が無難だ。
まぁ此処では何か間違いなど起こるわけでもないのだけれど。
しかし。
「いいの? 君の場合はもう、切ったらそれっきりだよ?」
そう、あくまで自然な声色で、僕はしれっと訊ねた。
梛月くんは一瞬、真顔で僕を見返し、でもすぐに「はい」と返事をして来た。
梛月くんは、所謂「死人」だ。
享年は12歳。
訳あって地球とは別の、「此処」で存在しているけれど、彼にはもう変化は訪れない。
歳も取らない、劣化もしない、傷付いたら永遠にそのまま。
そう、髪の毛だって、切ってしまったら、もう伸びては来ない。
彼の生き物としての時間は完全に止まっていて、気が遠くなるほどの永久の中で、そのままでいなければいけない。
そんな梛月くんが、覚悟したように告げる。
「……そうしなきゃいけない時が、来てしまったので」
寂し気な口元とは裏腹に、その瞳はやや濁っていた。
僕はその想いの、まだ縋っている感情に気付いていたけれど、指摘はしなかった。
代わりに、そう、と呼応して、梛月くんの頼みを聞くことにした。
明るい場所に椅子を置き、ケープを付けた梛月くんが座る。
控え目にノックされたドアの隙間から、彼が覗き込んでそう呟いた。
目を通していた書類から視線を上げ、僕はその子と目を合わせる。
梛月(なづき)くんは僕の視線を確認すると、失礼します、と呟きながら室内へ入った。
「散髪?」
椅子に腰掛けたまま、僕は梛月くんの方へ身体を向けた。
梛月くんは僕とやや距離を保ったまま、こくりと頷く。
「前から考えてはいたんですけど……」
ちょっと視線を足元へ落とし、梛月くんは曖昧に答えた。
彼の髪の毛はとても長い。
どうしてそんなに伸ばしていたの、と嫌でも疑問に思ってしまう。
男の子なのに、という言い方も理由だ。
逆に男の子の割に顔が可愛らしく、違和感がないことも問題だと、僕は考えていた。
それに加えて、彼はまだ声変わり前。
そうやって総合的に判断すると、確かに髪の毛は短くしてしまった方が無難だ。
まぁ此処では何か間違いなど起こるわけでもないのだけれど。
しかし。
「いいの? 君の場合はもう、切ったらそれっきりだよ?」
そう、あくまで自然な声色で、僕はしれっと訊ねた。
梛月くんは一瞬、真顔で僕を見返し、でもすぐに「はい」と返事をして来た。
梛月くんは、所謂「死人」だ。
享年は12歳。
訳あって地球とは別の、「此処」で存在しているけれど、彼にはもう変化は訪れない。
歳も取らない、劣化もしない、傷付いたら永遠にそのまま。
そう、髪の毛だって、切ってしまったら、もう伸びては来ない。
彼の生き物としての時間は完全に止まっていて、気が遠くなるほどの永久の中で、そのままでいなければいけない。
そんな梛月くんが、覚悟したように告げる。
「……そうしなきゃいけない時が、来てしまったので」
寂し気な口元とは裏腹に、その瞳はやや濁っていた。
僕はその想いの、まだ縋っている感情に気付いていたけれど、指摘はしなかった。
代わりに、そう、と呼応して、梛月くんの頼みを聞くことにした。
明るい場所に椅子を置き、ケープを付けた梛月くんが座る。
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