おはぎ

「華倉お帰り~。おはぎ作るから手伝って~」

 なんて。
 帰宅早々、母さんに呼ばれた。

 俺はちょうどヘッドフォンを外したところだったので、何とかその声を聞き取れた。
 ちょっとタイミングがずれていたら、多分そのまま部屋に上がっていた。

 はぁ、と眉をひそめて反応する。
 俺は仕方なく、そのまま階段の前を通過し、キッチンへ向かった。
 エプロンを着けている母さんを見付けると、俺は小声で訊ねる。

「今から出来るの? もう夕方だよ」

 正直、やりたくない、ということである。
 しかし母さんはにこにこ笑って、平気平気、と答える。

「小豆は煮て、もう練って冷ましてあるから。あとは包むだけよ」

 そう言われればそうか。
 今日の午前中から用意しておけば、そういうことになる。
 俺はそれを聞くと、仕方ないな、とカバンやらヘッドフォンやらをテーブルに置いた。

 そして学ランを脱いで、ワイシャツの袖を捲る。
 今日は彼岸の中日。
 俺は母さんの横まで行って、まずは手を洗った。

「まゆきもー」

 なんて、そんな俺と母さんの足元へ、てろてろと走ってくる妹。
 麻雪はやる気満々らしいのだが、母さんは手伝わせるつもりはないらしい。

「麻雪はいいのよ。ほら、三好くんと遊ぼうって」

 母さんはそう、麻雪を抱っこしてくるりと反対側へ顔を向ける。
 こちらもにこにこ笑って、三好さんがいつものお遊びセットを持って来た。

「麻雪さーん。ガガーリンですよー」

「でたなぁーががーりーん!!」

 麻雪はあっさりと興味が三好さんの方へ向かった。
 またもてろてろと危なっかしく走っていく。

「……好きだな、ガガーリン」

 そういや麻雪、最近ずっとあれで遊んでたな。
 なんて思いながら、よく練られた小豆と、程よく潰されたもち米を見ていた。

 っていうかガガーリンって何。
 つい心の声が口に出ていたらしい、母さんが笑って答えてくれた。

「今麻雪がはまってるアニメの敵キャラよ」

 ……ああ、そうなんだ。
 なんて、本当に興味がないというか、どうでもよく、返した。

「ラップに小豆を適量取ってね、それを広げてもち米を中央に乗っけて」

 母さんがラップを適切な長さで切って、俺に渡してくる。
 てゆーかそれくらい自分でやるし。
 なんて文句を呟きながら、受け取ったラップを綺麗に広げた。

 それを掌に乗せて、小豆を適量すくって乗せる。
 小豆をそれなりに広げて、あらかじめ丸められたもち米を中央へ。
 それをラップごと小豆で包んで、形を整える。

 思ったよりも、ラップには小豆がくっ付かない。
 便利だな、と思いながら、出来上がったおはぎを更に並べる。

「昔は濡らした布巾でやってたけど、ラップの方がやりやすいわねって、お義母さんも言ってたわね」

 母さんはそんな風に、懐かしむように話してくれる。
 そういや幼い頃は、まだこの家に爺さんも婆さんもいたっけ。
 でも今は、完全に家督を親父に譲ったので、さっさと別荘に移って隠居している。
 祖父母に会うのは盆と正月くらい。

 ふうん、と呼応しながら、俺は黙々とおはぎを作る。
 いくつ作るんだってくらい、その作業は続いた。
 小豆足りないかしら、と途中で母さんが心配そうに小豆をボウルの中で分割している。
 俺は順番を待つように、それを見ていた。

「よし、いけそう。華倉いいわよー」

 母さんが俺にそう言ってくれる。
 俺は頷いて、小豆をすくった。

 料理はストレス発散になると、誰かが言っていた。
 何も考えずに、黙々と作業出来るから、自分の時間になるから、って。

 でも、料理、って、何に繋がるかと言えば、食べることだ。
 すなわち、生きる、作業だ。

 そのスタートラインにあるのが、料理。

 厳密に言えば、おはぎは主食じゃないから、これは製菓の類なのかも知れないけど。
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