徹夜、締切明けの魅耶（みや）が寝ている。
　寝ている、というか、くたばっているという感じか。

　俺は静かになった隣の部屋の襖を開けて、それに気付いた。
　魅耶が身体を捻るように上体だけ俯せになって畳に突っ伏している。

　かなり頑張ったであろうことは、見て取れた。
　今回の作品も結構難産だったみたいだし。

　俺はそのまま寝かせてやろうと気を利かせて、そのまま襖を閉めようとした。
　のだが。

「かぐらしゃん……」

　奈落の底から出て来た地鳴りのような声で呼ばれた。
　吃驚して思わず叫ぶ。

「うぉっ！　吃驚した……魅耶起きてたの？」
「一昨日の夜から寝てません……」

　俺は閉めかけた襖を再び開けて、魅耶を見た。
　魅耶はゆっくりと上体を起こしながら、そう告げる。

　まじかよ、何日寝てないんだよ。
　そんな俺のツッコミは、しかし心の中だけで終わってしまう。
　何故かと言うと。

「華倉（かぐら）さん……ご褒美ください」
「唐突だな」

　魅耶がほんとに何の前触れもなく、おねだりしてきたからである。
　俺は自分がいた居間から、魅耶の仕事部屋である、隣の部屋に移った。
　そんな俺に、魅耶が寝不足の奇妙なテンションで主張する。

「だってほんと頑張りましたもぉー！　へろへろです！　限界です！」

　ぷんすこ、と何故か怒りながら。
　俺は適当に魅耶の頭を撫でて、はいはい、と返事。
　魅耶が一旦大人しくなったので、ふっと笑って告げる。

「だったら取り敢えず寝なｓ」
「キスでいいですからー」

　さい、まで俺が言うより先に、魅耶、おねだりの続き。

「決めてんのかよ」

　取り敢えず呆れた。
　寝不足でも、魅耶はいつも通りであった。
　全く、と呆れながらも、俺は魅耶の頬を撫でる。
　確かに今回はかなり頑張ってたし、それくらいならいいか、と。

「……ん」

　魅耶の手が、俺の腕を掴んでくる。
　俺もちょっとだけ前かがみの体勢になって、魅耶の唇を優しく塞いだ。

「こんなでいいの？ 安くない？」

　唇を離すと、満足気に魅耶が俺の胸に寄り掛かってくる。
　ので、何気なしにそんな風に訊ねてしまった。
　すると魅耶はがばりと起き上がって、俺に向かって力説する。

「満足ですよぉー。僕にとって華倉さんのキスは１００万ドルの価値があるんですから！　ですのでもう一回！！」