最優先


 連絡を受けた菱人は、その日の予定を全てキャンセルして総本山に駆け付けた。

 華倉はその菱人のあまりの慌てぶりに、動揺を隠せずに出迎える。
 これほど血相を変えた兄を、今まで見たことなど記憶になかったのだ。

 菱人の焦っている様子はその足元の危うさにも表れる。
 普段ならば気にも留めたことのない玄関の段差に、菱人は爪先を引っ掛けた。

 前のめりにつんのめった菱人の腕を掴み、転倒を防いでくれたのは、一緒に来た真鬼だ。

 真鬼は菱人と比べれば落ち着いている。
 ぱっと見では普段と同じ様子であるが、やはりその警戒心は目付きに表れていた。

「……それで、今は?」

 自分を支えてくれた真鬼に軽く礼を述べ、菱人はすぐさま華倉に向き直る。

 今は、最鬼の気配はあるのか。
 恐らくそのような内容の問い掛けだった。
 華倉は小さく頷き、危ない様子はない旨を返す。

 普段と同じ廊下を進み、居間へと移動する。
 その奥から物音が続いていた。
 しかしここに魅耶の姿がないことから、菱人も真鬼も特に確認はしなかった。

 鳳凰が気付いた総本山の異変。
 此処に、最鬼がいる。

 実のところ、最鬼相手ならば幾重にも張った結界を破られても不思議ではなかった。

 けれど力づくで結界を通過してきたのであれば、必ずその旨を報せる「通知」を受け取れるようにしてあることも事実だ。
 今回それが作動した形跡は全くなかった。

 鳳凰が嘘を吐いている可能性も、まだゼロとは言い切れない。
 それでも彼がそのような嘘を吐く利点などどこにもなく、真鬼に至っては誤認の線も捨てていない。
 鳳凰は元々白沢を捜していたのだから。

「あ、済みません、出迎えもせず」

 物音がやみ暫くして、ようやく魅耶が顔を見せた。

 顔を揃えるとすぐに、菱人と真鬼が幾つか質問を繰り出した。
 主に華倉が答え、魅耶がたまにその補完を行う。

 所謂霊感というものを殆ど感じ取れない菱人は華倉たちの話を聞くことに徹し、一方の真鬼がその傍で辺りを不規則に観察していた。
 真鬼にも、何ら感じ取れるものがないようだった。

「……その話が事実だとすると、この静けさは一体何なんだ?」

 ひとしきり説明を受けた菱人が眉間に皺を寄せながらそう零す。
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