選んで

「……浅海ってさ、そんなに華倉のこと嫌いなん?」

 それは放課後のこと。
 唐突に裕が喋り出した。

「何いきなり」

 俺も課題やっていた手を止めて、顔を上げる。
 裕は俺の前の席に座っている。
 その裕は、顔を上げていない。
 何やら不安そうに、そのまま続ける。

「だって、普段の会話があんまり殺気立ってるから……ちょっと不安に」

 って。
 ……そんなに殺気立たせてたかなぁ?
 確かに好きの部類ではないけど。
 そう考えると、俺は溜め息を吐いて裕を見詰める。

「……裕に心配かけてるってことにショックを受けたので言うけど……俺別に、篠宮のことはそんなでもないよ」
「え?」

 篠宮のことは、である。
 裕が俺の答えに顔を上げた。
 俺はそんな裕に一瞬だけ、本当に一瞬だけ言うのを躊躇って、開口する。

「……俺が本当に憎たらしいのは眞上の方。篠宮は残念ながら似てるってことで、俺の標的になっちゃってるっていうか」

 この名前を口に出すことにも、抵抗があったから。
 案の定、裕も驚いた様子で表情を険しくして固まる。
 だから嫌なんだ。
 あの野郎。

「……そうなん?」

 暫くして、裕はそれだけ呟く。
 俺はその裕の返答にちょっとだけ安堵して、うん、と頷く。

「そう。ほんとにぶっ殺したいのはあいつだけ。まぁでもその毒抜きには、篠宮なってるから……そういう意味では悪いことしてるなとも思うし、感謝もしてる」
「……」

 変な話ではあるけれど。
 そういうことなんだ。

 あの一件から3年程経ってしまったけれど、俺は勿論のこと、きっと裕の中でも片付いていない話だ。
 俺には怒りを、裕には傷を残して。

 俺だって未だにふとしたことで思い出してしまうくらいだ。
 裕の痛みは計り知れない。

 でも、俺ではまだ、その傷は癒せない。
 だって俺はまだ、裕に選ばれていないから。

「まぁどのみち嫌いなことに変わりはないんだけど」

 何か、そう考えると、やっぱりムカついて。
 何で何も知らない関係ない篠宮が裕に選ばれんだって話だ。
 苛付く。

「ないんかい」

 裕がやや笑ってツッコミ。
 うん、と頷いて、俺は慎重に裕の様子を窺う。

「……こういう言い方も変だけど、篠宮のことはそんなでもない。安心して」

 勝手に敵にして、俺がひとりで戦っているだけのこと。
1/2ページ
スキ