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政府職員の話
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汚じさんは田中と佐藤と名乗った政府職員をリビングの食卓に座らせると、お茶を淹れ始めた。なにやら背後から視線を感じ、横目で様子を伺うと、佐藤と名乗った男がこちらの所作を見ている。サングラス越しに目があったような気がして、汚じさんは慌てて視線を戻すと、蒸らし終えたお茶を湯飲み茶わんに注いだ。
「どうぞ」
お茶を出し終えて汚じさんが席に着くと、田中が一呼吸ついてから話始めた。
どうやら、20年以上前に受けた適性検査の結果が誤っており、汚じさんに審神者の適性があったことが最近受けた健康診断の結果から判明したということであった。汚じさんの事例のように、技術も知識も不足していた20年前の誤診が現在になって明らかになるというケースが最近増えているというのだ。
「適性ですか……」
「はい、突然で驚かれたと思いますが、貴方には是非審神者になっていただきたいと思い、こうして訪れた所存です。お返事は今すぐにとは言いません。詳しいことは審神者になると決めてからでないとご説明できませんが、衣食住完備でその上きちんと賃金はお支払いしますので生活には困らないと思います。ご検討いただけませんか」
汚じさんにとっては願ってもない話であった。汚じさんは現在絶賛無職なのだ。職が見つかる上に、生活も保障してもらえるとなると汚じさんには断る理由がなかった。
「でも…私なんかが審神者だなんて…」
しかし、汚じさんは自信がなかった。自分のような冴えない人間が審神者としてやっていけるのか。漠然とした不安が、汚じさんの首を簡単には縦に振らせてくれなかった。
「…それでは、お気持ちが決まりましたらこちらにお電話ください。それから、今回のお話は他言されませんようにお願い致します」
田中は懐から名刺を取り出すと汚じさんの目の前に差し出した。そこには「田中太郎」といういかにも偽名くさい名前と携帯の電話番号が印字されていた。
「ちなみに、本名でございます」
まるでこちらの心の中を読んだかの様な田中の返答に汚じさんはギョッとした。汚じさんも慌てて名刺を取り出そうと上着の胸ポケットに手をやるが、そもそもスーツを着ていないし、差出せる名刺ももう持っていない。哀しい社畜の性である。
「では、私共はこれで失礼いたします」
「待ってくれ」
田中が席を立とうとすると、今まで空気の様な存在感だった佐藤が突然声を発した。見ればサングラスをしていない。驚くことに、そこには果たして同じ人間だろうかと思う程に顔の整った男が座っていた。そんじょそこらの芸能人ではとても太刀打ちできないだろう。
「こら、サングラスを外すなとあれほど言っただろう」
「あんなものかけていては茶を飲むときに曇るだろう。それに茶の色もよくわからなくなる」
田中が慌てて注意するが、佐藤はどこ吹く風である。佐藤は汚じさんをじっと見つめると、おもむろに、
「茶のおかわりがほしい」
と言った。
汚じさんは新喜劇よろしく、ずっこけそうになったが、なんとか踏みとどまることに成功した。慌てて佐藤の茶碗を下げると、急須にお湯を注ぎ、蒸らし始めた。すると、また背中に視線を感じる。正体はわかっているのだがやはり気になって、汚じさんはおそるおそる振り返った。
そこには、汚じさんの予想に反して、薄い微笑みを浮かべた緑髪の青年がいた。
「あ、あれ…佐藤さん、髪が…目の色も…」
たしかに先程まで男の髪と目は一般的な日本人の黒で、これほどまでに目立つような色はしていなかった。汚じさんはとうとう自分の頭がおかしくなってしまったのかと思い何度もまばたきをしたり、目をこすったりした。だが、目の前の男は一向に黒髪黒目に戻らない。それどころか、なんとも愉快そうに笑みを浮かべ始める始末であった。
「そうか、見えるのか。やはり、審神者の素質は十二分にあるな。茶を淹れるのも上手い」
汚じさんの頭は大混乱だったが、とりあえず佐藤の視線から逃れようとお茶を注ぎ、佐藤の前に出した。佐藤はそれを嬉しそうに受け取ると、ゆっくりと飲み始めた。
「長居している暇はない、お暇するぞ」
「茶を飲んでいる…邪魔するな」
しびれを切らした田中が立ち上がり佐藤に声をかけるが、飲み終わるまで佐藤が梃子でも動かないことを悟ったのか、大人しく再び席に着いた。
「田中さんも、おかわりいかがですか」
その様子があまりにもかわいそうだったので汚じさんは田中にお茶を勧め、ついでに茶菓子も用意してやった。しかし、その茶菓子も田中の口に入る前に大半が佐藤の腹のなかにおさまってしまった。
「うん、茶も菓子も美味かったな。大包平もきっと喜ぶ」
汚じさんにはオオカネヒラが誰だかわからなかったが、隣の田中ではないことはたしかであった。しかし、佐藤が満足気にしていたので、なんとなく達成感を感じて、その疑問を口にすることはなかった。
「では、そろそろお暇するとしよう。行くぞ、主」
佐藤は隣で疲れた顔(サングラス越しでもわかる)をしている田中にそう声をかけるとすたすたと1人玄関へ向かってしまった。慌てて田中も立ち上がり佐藤の後を追う。汚じさんもその後を追い、玄関へ向かった。そこには、サングラスをかけ、黒髪に戻った佐藤の姿があった。
「佐藤さん…貴方は……」
「審神者の道を選べば、時期にわかる。まあ、細かいことは気にするな。再び合間見えることを楽しみにしている」
「長々と居座ってしまいまして、申し訳ありませんでした。……良いお返事をお待ちしております」
汚じさんの疑問ははぐらかされ、代わりに2人からプレッシャーを与えられてしまった。佐藤が玄関の扉を開け早々に出て行ってしまうと、田中も一礼をしてその後に続く。パタンと音を立ててドアが閉まると、そこには見慣れた日常だけが存在していた。
「…なんだったんだろう」
まるで狐にでもつままれたような気分である。しかし、ふと気づくと汚じさんの部屋はそれまでの賑やかさが嘘のように静まり返っていた。田中と佐藤による嵐のような訪問は、反動として汚じさんの孤独を引き立たせた。
不意に、これから一生涯この孤独と向き合っていくのか、という考えが頭をよぎった。おじさんといえどもまだ先は長いぞ。そう考えたとき、汚じさんは言いようのない恐怖を感じた。
そして、なぜか佐藤の確信めいた笑みを思い出したのだった。彼にもう一度会ってみたいな。
汚じさんは、気がつけば携帯電話に先ほどの名刺の番号を打ち込んでいたのであった。
汚じさんが鍛刀によって佐藤と瓜二つの刀剣男士に出会い、腰が抜けるほど驚くのはまだ先の話………。
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