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おじさん、審神者になる
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「それでは審神者様、初期刀をお選びください」
丸っこい狐、こんのすけが汚じさんに声をかける。研修の間に様々なことを知識として一応学んできたが、いざ目の前で狐が言葉を話すとなるとなかなかの衝撃である。世界はひろいのだなぁ、と見当違いなことを考えながら、目の前の五振りの日本刀に目をやる。
加州清光、山姥切国広、陸奥守吉行、歌仙兼定、八須賀虎徹。どれも大層美しい姿をしていると聞く。
こんなおじさんのところに呼ばれちゃってかわいそうだなぁ…。
そう思うと、なかなか刀を選ぶことができなかった。
汚じさんは会社をクビになった。
特に仕事が楽しかった訳でもないが、勤続20年にしての突然の解雇は少なからず衝撃を受けた。
家族がいなくてよかったと心の底から安堵した。43歳にして未婚、そもそも女性経験があったかどうかも怪しいものである。
これまではとりあえず仕事のことを考えていればよかった。毎日定刻に起床し、寝ぼけながらも同じ順序で身支度を整え出勤、仕事をこなし家に帰る。このルーティーンを20年繰り返してきた。それがどうだ、職を失い明日からの生活になんの目的も見出せない。仕事がなければ起床する理由すらないのだ。
趣味もなければ恋人もいない。43年間生きてきて自分は何も持っていなかったことに今更気付かされたのだった。
「ははっ、参っちゃうなぁ…」
生え際が後退しだした頭皮を撫でながら、独りごちた。自宅のマンションの洗面所で意味もなく鏡に映った自分を見つめる。薄い頭に、中年太りの典型のような体型、鏡に映る気の弱そうな顔立ちに嫌気がさした。こんな見た目だから率先してクビを切られたのだと思う。業績も良くない、家族もいない、反発しそうにないとくればさぞ解雇しやすい人材であっただろう。
いつからこんな大人になってしまったのか。溢れるため息とともに運や幸せがどんどんと逃げていくような気がした。
そのときだった。
ピンポーン
宅配を依頼したときにしか聞くことのないインターホンの音が軽快に部屋に響いた。なにか注文をした覚えはない。
「なんだろう…。はいはい、今出ますよ」
不思議に思ったが、自分が忘れているだけかもしれない。よく確認もせずにドアを開けた先に立っていたのは、黒のスーツに黒のサングラスをかけ、手には銀色のアタッシュケースを持った、いかにもな男性2人であった。
無言でドアを閉めようとしたが、ものすごい速さでドアの隙間に足を捻じ込まれた。
「えっ…ちょっ、あの、部屋違いじゃないですか。あなた方がくるようなこと、私した覚えがないんですが」
慌ててドアをひくが、挟まれた足はビクともしない。そのうち上半身までも捻じ込んできた男と、いい歳したおじさんが半泣き状態でドアを閉めようとする異様な攻防が繰り広げられた。ドアに挟まれながらも、怪しい男は器用に胸元から警察手帳のようなものを取り出して見せる。
「ご安心ください。私共、政府から参りました。審神者の素質がある方を対象にスカウトを行なっております、貴方の担当になります田中と申します。」
後ろから「佐藤です。」ともう1人の声が聞こえる。偽名であろう。
しかし、この男”審神者”と言った。審神者といえば、自衛隊と並び国防を司る国家公務員職でかなりの高給取りだと聞く。国民は18歳になると全員審神者適性検査を受け、適性があれば審神者になるかを選ぶことができる。ただ、あまりにも適性が高いと半ば強制的に就任させられるという都市伝説のようなものもある。
だが、汚じさんは43歳である。遠い昔に受けた記憶はあるが、審神者への適性はなかった。
それが今になってなんだというのだ。
「えっと、やっぱり人違いじゃないでしょうか。適性検査は20年以上前に受けましたし、適性はないと言われましたが…」
「それについてなのですが、人目もありますし、中でご説明させていただけますか」
汚じさんは焦りすぎて職員の足をドアで挟んだままであったことに今気づいた。
「あっ…すみません。怪我はなかったですか」
「ええ、慣れておりますので大丈夫です。ありがとうございます」
職員は少し驚いたような表情をしたのち(サングラス越しなのでおそらくだが)、少し微笑んだ。
こうして、汚じさんは政府の職員と名乗る男達を部屋に招き入れたのであった。
「審神者様、もう一度順番に各刀のご説明を致しましょうか」
審神者になることにしたときのことを回想していると、痺れを切らしたこんのすけがてしてしと床を叩きながら汚じさんに声をかける。
「あ、ごめんね。そうだね、決めなきゃね、はい、決めます」
そうは言ったものの、やはり気がひける。どうしたものか。
「こんのすけくん。あの…刀を少し触ってもいいかな」
おそるおそるこんのすけにお伺いをたてる。本来ならば顕現すると決めた刀にしか触ってはいけない決まりである。
しかし、あまりにも決めかねている汚じさんにこんのすけも仕方がないといった様子で許可をくれた。
「失礼します」
五振りと対峙したときからなんとなく右から2番目の刀、歌仙兼定が気になっていた。柄の部分にそうっと触れると、美しい藤色の髪の青年の姿が見えた。意志の強そうな太い眉としっかりとした体格が印象的だった。一度離した手を再度柄にかけると、今度は青年としっかりと目があった。綺麗な碧色がこちらを落ち着いた眼差しで見つめている。
「綺麗だ……」
思わずため息が溢れた。
「………こんな汚いおじさんで申し訳ないのだけど、良ければ私と」
言いかけた言葉は歌仙の手で制される。歌仙の声はまだ聞こえないが、その表情は怒っているようであった。
「す、すみません!気分を害してしまって…。私に選ばれるなんて嫌ですよね。一度考え直しますね」
慌てて柄から手を離そうとすると、汚じさんの手首を勢いよく歌仙が掴んだ。ホログラムのようなものだと思っていた歌仙が実体を持っていたことに驚くとともに、その力の強さに慌てた。
「え、あ、あの、ごめんなさい!」
慌てて手をひこうとする汚じさんだったが、歌仙の力の強さにびくともしない。
「審神者様、どうやら歌仙兼定は貴女様を主としたいようです」
「えぇっ!?そんなまさか」
見兼ねたこんのすけが汚じさんに助言をするが、汚じさんは更にパニックになるだけであった。
そのときであった。
「あるじ」
聞こえるはずのない声がした。こんのすけでも
汚じさんでもないということは、歌仙兼定である。落ち着いた低音の中に自信が満ちているその声は、不思議と心地よかった。
君の声をもっと聞いていたいな。
汚じさんは素直に思った。
そう思った時にはすでに顕現の手筈を整えていた。
「歌仙兼定。私と共に戦ってくれるだろうか」
瞬間、桜吹雪が一面を覆い尽くした。汚じさんが反射的に瞑った目をそっと開けると、目の前には碧色の瞳の青年が微笑みを浮かべて立っていた。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
それが、汚じさん、43歳の審神者デビューであった。
丸っこい狐、こんのすけが汚じさんに声をかける。研修の間に様々なことを知識として一応学んできたが、いざ目の前で狐が言葉を話すとなるとなかなかの衝撃である。世界はひろいのだなぁ、と見当違いなことを考えながら、目の前の五振りの日本刀に目をやる。
加州清光、山姥切国広、陸奥守吉行、歌仙兼定、八須賀虎徹。どれも大層美しい姿をしていると聞く。
こんなおじさんのところに呼ばれちゃってかわいそうだなぁ…。
そう思うと、なかなか刀を選ぶことができなかった。
汚じさんは会社をクビになった。
特に仕事が楽しかった訳でもないが、勤続20年にしての突然の解雇は少なからず衝撃を受けた。
家族がいなくてよかったと心の底から安堵した。43歳にして未婚、そもそも女性経験があったかどうかも怪しいものである。
これまではとりあえず仕事のことを考えていればよかった。毎日定刻に起床し、寝ぼけながらも同じ順序で身支度を整え出勤、仕事をこなし家に帰る。このルーティーンを20年繰り返してきた。それがどうだ、職を失い明日からの生活になんの目的も見出せない。仕事がなければ起床する理由すらないのだ。
趣味もなければ恋人もいない。43年間生きてきて自分は何も持っていなかったことに今更気付かされたのだった。
「ははっ、参っちゃうなぁ…」
生え際が後退しだした頭皮を撫でながら、独りごちた。自宅のマンションの洗面所で意味もなく鏡に映った自分を見つめる。薄い頭に、中年太りの典型のような体型、鏡に映る気の弱そうな顔立ちに嫌気がさした。こんな見た目だから率先してクビを切られたのだと思う。業績も良くない、家族もいない、反発しそうにないとくればさぞ解雇しやすい人材であっただろう。
いつからこんな大人になってしまったのか。溢れるため息とともに運や幸せがどんどんと逃げていくような気がした。
そのときだった。
ピンポーン
宅配を依頼したときにしか聞くことのないインターホンの音が軽快に部屋に響いた。なにか注文をした覚えはない。
「なんだろう…。はいはい、今出ますよ」
不思議に思ったが、自分が忘れているだけかもしれない。よく確認もせずにドアを開けた先に立っていたのは、黒のスーツに黒のサングラスをかけ、手には銀色のアタッシュケースを持った、いかにもな男性2人であった。
無言でドアを閉めようとしたが、ものすごい速さでドアの隙間に足を捻じ込まれた。
「えっ…ちょっ、あの、部屋違いじゃないですか。あなた方がくるようなこと、私した覚えがないんですが」
慌ててドアをひくが、挟まれた足はビクともしない。そのうち上半身までも捻じ込んできた男と、いい歳したおじさんが半泣き状態でドアを閉めようとする異様な攻防が繰り広げられた。ドアに挟まれながらも、怪しい男は器用に胸元から警察手帳のようなものを取り出して見せる。
「ご安心ください。私共、政府から参りました。審神者の素質がある方を対象にスカウトを行なっております、貴方の担当になります田中と申します。」
後ろから「佐藤です。」ともう1人の声が聞こえる。偽名であろう。
しかし、この男”審神者”と言った。審神者といえば、自衛隊と並び国防を司る国家公務員職でかなりの高給取りだと聞く。国民は18歳になると全員審神者適性検査を受け、適性があれば審神者になるかを選ぶことができる。ただ、あまりにも適性が高いと半ば強制的に就任させられるという都市伝説のようなものもある。
だが、汚じさんは43歳である。遠い昔に受けた記憶はあるが、審神者への適性はなかった。
それが今になってなんだというのだ。
「えっと、やっぱり人違いじゃないでしょうか。適性検査は20年以上前に受けましたし、適性はないと言われましたが…」
「それについてなのですが、人目もありますし、中でご説明させていただけますか」
汚じさんは焦りすぎて職員の足をドアで挟んだままであったことに今気づいた。
「あっ…すみません。怪我はなかったですか」
「ええ、慣れておりますので大丈夫です。ありがとうございます」
職員は少し驚いたような表情をしたのち(サングラス越しなのでおそらくだが)、少し微笑んだ。
こうして、汚じさんは政府の職員と名乗る男達を部屋に招き入れたのであった。
「審神者様、もう一度順番に各刀のご説明を致しましょうか」
審神者になることにしたときのことを回想していると、痺れを切らしたこんのすけがてしてしと床を叩きながら汚じさんに声をかける。
「あ、ごめんね。そうだね、決めなきゃね、はい、決めます」
そうは言ったものの、やはり気がひける。どうしたものか。
「こんのすけくん。あの…刀を少し触ってもいいかな」
おそるおそるこんのすけにお伺いをたてる。本来ならば顕現すると決めた刀にしか触ってはいけない決まりである。
しかし、あまりにも決めかねている汚じさんにこんのすけも仕方がないといった様子で許可をくれた。
「失礼します」
五振りと対峙したときからなんとなく右から2番目の刀、歌仙兼定が気になっていた。柄の部分にそうっと触れると、美しい藤色の髪の青年の姿が見えた。意志の強そうな太い眉としっかりとした体格が印象的だった。一度離した手を再度柄にかけると、今度は青年としっかりと目があった。綺麗な碧色がこちらを落ち着いた眼差しで見つめている。
「綺麗だ……」
思わずため息が溢れた。
「………こんな汚いおじさんで申し訳ないのだけど、良ければ私と」
言いかけた言葉は歌仙の手で制される。歌仙の声はまだ聞こえないが、その表情は怒っているようであった。
「す、すみません!気分を害してしまって…。私に選ばれるなんて嫌ですよね。一度考え直しますね」
慌てて柄から手を離そうとすると、汚じさんの手首を勢いよく歌仙が掴んだ。ホログラムのようなものだと思っていた歌仙が実体を持っていたことに驚くとともに、その力の強さに慌てた。
「え、あ、あの、ごめんなさい!」
慌てて手をひこうとする汚じさんだったが、歌仙の力の強さにびくともしない。
「審神者様、どうやら歌仙兼定は貴女様を主としたいようです」
「えぇっ!?そんなまさか」
見兼ねたこんのすけが汚じさんに助言をするが、汚じさんは更にパニックになるだけであった。
そのときであった。
「あるじ」
聞こえるはずのない声がした。こんのすけでも
汚じさんでもないということは、歌仙兼定である。落ち着いた低音の中に自信が満ちているその声は、不思議と心地よかった。
君の声をもっと聞いていたいな。
汚じさんは素直に思った。
そう思った時にはすでに顕現の手筈を整えていた。
「歌仙兼定。私と共に戦ってくれるだろうか」
瞬間、桜吹雪が一面を覆い尽くした。汚じさんが反射的に瞑った目をそっと開けると、目の前には碧色の瞳の青年が微笑みを浮かべて立っていた。
「僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
それが、汚じさん、43歳の審神者デビューであった。
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