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霞に紛れて、君に近づく【時透無一郎】
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任務を終え、無一郎は帰路についていた。
少しだけ疲れた。
任務先は遠かったし、合流した先の隊士達は鬼に怯えてばかりで動けないし、かと思えば勝手に動く隊士もいるし。思ったことを口にすれば、怖がられるだけで終わる。
珍しいことではなかった。
元々、他の隊士たちにはそこまで期待もしていない。今までは、それで何とも思わなかった。
(……なんで今更)
そう思った時、茉子の顔が浮かんだ。
怒った顔。
困った顔。
嬉しそうに笑った顔。
思い返せば、初めて会った時から妙に目についた。
苦境の中でも、立ち向かっていく姿が。
まっすぐな、その姿勢が。
怪我をすれば気になった。
稽古をつければ、強くなっていくのが面白かった。
他の誰かと楽しそうに話していれば、つまらなかった。
自分から逃げられれば、理由が知りたかった。
捕まえた手は、なぜかすぐに離したくなかった。
明日から会えないとわかった時は、もう少し一緒にいたくなった。
そして今は——
会いたいと思っている。
「…………」
ひとつひとつは、ずっとわからなかった。
けれど、こうして並べてしまえば。
これを何と呼ぶのか、もう、わからないほど子供ではなかった。
「…………」
(……そっか)
答えがわかってしまえば、今まで不思議だったことも、全部大したことではなかった。
どうして茉子ばかり気になるのか。
どうして近くにいたいのか。
どうして、笑っている方がいいと思うのか。
全部、同じ理由だった。
「…………」
無一郎は、少しだけ歩く速度を上げた。
------------
遠い任務先から、山を越え、少し休んで、走って、休んで、歩いて。
稽古場についたのは、夜だった。
この時間には、茉子はいない。
わかっているが——
「…………あ」
いつもの丸太に座っていたのは、茉子だった。
その後ろ姿には、青緑のリボン。
ぼんやりと夜空を眺めている。
無一郎はゆっくりと近づいた。
「茉子」
その声に、茉子はハッとして振り向いた。
「……あ!おかえり…….!」
「うん。ただいま……?なのかな?」
そう言って、無一郎も丸太に腰掛けた。
「いると思わなかった」
「だよね」
茉子は少し笑って、夜空を見る。
「なんとなく、そろそろ来るかなって」
「……僕が?」
「そう」
「…………」
無一郎は、茉子の顔を見たあと再び口を開く。
「茉子」
「ん?」
「待ってた?」
「…………」
茉子は顔を背けた。
無一郎は少し笑った後、茉子との距離を詰める。
並んだ膝が、軽く触れた。
「ちょっ……近いなっ」
「いいでしょ別に」
「……………」
「いいんだ?」
無一郎は楽しそうに、茉子の顔を覗き込む。
「その顔、いいよね」
「……な、何が?」
「照れてる顔」
「……急に何言ってんの?」
「いや、そう思ったから」
無一郎は、そばにあった茉子の手をそっと握った。
茉子の手がピクリと動く。
無一郎は茉子の手を握ったまま、立ち上がった。
「……え?」
そのまま軽く手を引かれ、茉子も丸太から立ち上がる。
「ねぇ」
「な、なによ」
「この距離は、いいんだよね?」
「…………」
「もうちょっと、近づいていい?」
「………え?」
茉子が目を見開く。
無一郎はその顔を見たまま、ゆっくりと距離を縮めた。
茉子は、動かなかった。
逃げることも、離れることもなく。
ただ、少し戸惑ったように無一郎を見上げている。
「…………」
無一郎は、そっと両腕を回した。
触れるだけだった身体を、ゆっくりと自分の方へ引き寄せる。
「………っ」
腕の中で、茉子の身体が僅かに強張った。
無一郎は一瞬だけ、腕の力を緩める。
けれど、茉子は離れなかった。
それを見て、もう一度そっと抱き寄せる。
「……茉子」
「……な、に……?」
無一郎は、静かに息を吐いた。
「会いたかった」
「………っ」
無一郎の腕の中で、茉子は思わず顔を上げた。
「……な、何言って……っ」
「……ん?もう1回言おうか?」
無一郎は、腕の中の茉子に少し顔を寄せた。
「……会いたかった。茉子に」
「………っ」
茉子は思わず、無一郎の胸に顔を埋めた。
「茉子」
「………」
「もうちょっと、近く」
「……え?」
茉子はゆっくりと顔を上げる。
無一郎はその頬にそっと手を添え、ゆっくりと距離を縮めた。
そして、唇が触れる寸前で止まる。
「………っ」
茉子の目をまっすぐ見て、問う。
「……いい?」
「…………」
茉子は、ほんの少し頷く。
無一郎はそれを見て僅かに笑った。
そして、静かに目を閉じた。
そっと、唇を重ねる。
「…………」
柔らかな感触に、ほんの一瞬だけ触れて。
ゆっくりと顔を離すと、頬を赤くして戸惑う茉子が目に入った。
「……可愛い」
「……っ!」
茉子はさらに顔を赤くして、視線を逸らす。
「……茉子」
無一郎は、静かに茉子を見つめた。
「……もう1回」
「………っ」
茉子は顔を赤くしたまま、それでも小さく頷いた。
再び、そっと唇を重ねる。
やがてゆっくりと離れると、無一郎は静かに口を開いた。
「……好きだよ」
「………え?」
「茉子のこと」
「………」
「……前から、ずっと」
「………っ」
茉子の瞳が、わずかに揺れた。
何かを言おうとしたのか、唇が僅かに動く。
けれど、言葉にはならなかった。
その代わりに。
茉子は、自分から無一郎の胸元へ身体を寄せる。
そして、両腕をその背中に回した。
「…………」
無一郎は少し驚いたように目を見開いた。
けれどすぐに、茉子の身体を抱きしめ返す。
「……こういうのって……」
「ん?」
「……順番、ふつう、逆じゃない……?」
「そう?」
「……そうだよ……」
茉子は、無一郎の背中の隊服をきゅっと握った。
「……無一郎」
「ん?」
「……好き」
その言葉を聞いた無一郎は、穏やかに笑った。
「……うん」
そして、茉子を抱く腕に少しだけ力を込めた。
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翌日。
「ねぇ、何回言ったらわかるの?」
「うるさいな!やってるでしょ!」
「できてないでしょ」
「言われた通りにしてますー!そっちの教え方こそどうにかなんないわけ?」
稽古場から、二人の声。
今日も木刀で打ち合っている。
「あー、なんかお腹空いてきたな」
「……ねぇ、聞いてる?私の話……」
無一郎は、木刀を下ろす。
それに合わせ、茉子も少し戸惑いながら木刀を下ろした。
「今日は、やめにしよう」
「え?」
「結構疲れたし」
「……え?」
目を丸くしている茉子から木刀を取り、無一郎は2本の木刀を片付ける。
「行くよ、茉子」
そう言って歩き出す無一郎に、茉子は少し遅れて隣に並んだ。
「どこ行くの?」
無一郎は茉子に視線をやる。
「ご飯、食べに行こ」
そう言って、茉子の手を取った。
「………っ」
茉子は頬を赤くした。
その顔を見て、無一郎は少し笑う。
「……毎回、その顔する気なの?」
「……う、うるさいなっ」
「僕までちょっと照れるんだけど」
「……だ、誰のせいだと……!」
「誰のせいなの?」
「無一郎でしょ?!」
「茉子じゃないの」
「なんで?!」
無一郎はそれには答えず、前を向いた。
「行くよ」
「…………」
茉子は、繋がれた手にちらりと視線を落とした。
それから、ほんの少しだけ指に力を込める。
「……うん」
無一郎は、握り返された手に気づき、口元を少し緩めた。
「……な、なに?」
「いいや、べつに?」
手は、繋いだままだった。
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ここで完結にします!お読みいただきありがとうございました!
とにかく、ずっと可愛かったです。2人とも。一見夢主ちゃんの方が顔とか態度に出てるんだけど、客観的に見ると、むいくんも大概というか笑 わかりやすいお二人で大変助かりました笑
この子たちをなんとか鬼のいない世界で幸せにしたい気持ちが沸いてるので、また連載増えるかもです。よろしければまたお付き合いくださいませ!
2026.10.16 莉子
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