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霞に紛れて、君に近づく【時透無一郎】
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空が、少しずつ夕焼けに染まっていく。
雲を見るのが好きだ。
でも、夕方はあまり好きじゃない。
夜が近づいてくるから。
けれど——
「あ、見て!アイス屋さんある!」
隣を歩いていた茉子が、嬉しそうに声を上げた。
「…………」
その笑顔を見てから、もう一度空を見る。
今日は少し、オレンジ色の雲が綺麗に思えた。
「……食べたいの?」
「うん!」
「じゃあ、あそこにしようか」
そう言って、二人は店まで歩いて行く。
「アイスか。食べたことないな」
「私もすごく久しぶりなんだよね」
「そうなんだ」
店の前まで辿り着き、茉子は立ち止まった。
「味、何にする?えっと、バニラと、イチゴと、レモンと……」
「茉子はどれにするの?」
「私はね……」
茉子は少しだけ考える。
「イチゴかな!前に食べておいしかったから。おすすめだよ」
「……僕は、バニラにしようかな」
「バニラでいいの?」
「違う味の方がいいでしょ?」
「………?」
茉子にはよくわからなかったが、「バニラもおいしいよね」と言って、注文した。
二人はそうしてアイスを受け取ったあと、店の前のベンチに腰掛ける。
無一郎は一口、口に運んだ。
「……おいしい」
「ね!甘いの食べると元気になれるよね!」
茉子は、ニコッと笑う。
その表情に、無一郎は一瞬瞳を大きくした。
「前にアイス食べた時はさ……」
茉子は、そう話しながらアイスを一口食べる。
「お母さんが買ってくれたんだ。『お父さんには内緒だよ!』なんて言って……」
アイスを見つめたまま、茉子は顔を上げなかった。
「…………」
知らなかった。
アイス屋を見つけただけで笑顔になることも。
甘いものが好きなことも。
家族の話をすると、切ない顔をすることも。
「ま、つい喋っちゃったんだけどね」
「そうだろうね」
「しょ、しょうがないでしょ!子供だったんだからっ」
怒ってるのも、面白いけど。
「……バニラ、食べる?」
「え?」
それ以上に——
「いらないの?」
「……いる」
茉子は少し迷ってから、差し出されたアイスを口にした。
「……おいしい」
「そ」
茉子が嬉しそうに笑う。
「…………」
——やっぱり、こっちの方がいい。
茉子は再び、自分のスプーンでアイスをすくう。
「あ。茉子のも食べていい?」
「え?」
返事より早く、無一郎は茉子のスプーンに乗っていたアイスをパクッと食べる。
「………っ!」
「……甘いね」
茉子は思わず目を丸くした。
「……何?」
「……な、なんでもないっ」
「変な顔してるけど」
「う、うるさいなっ」
無一郎は笑った。
それを見た茉子は、一瞬動きを止めた。
「……何?」
「……なんでもない」
そう言って、茉子も小さく笑った。
二人は並んでアイスを食べながら、話をする。
紙飛行機を作るのが得意だとか。
夏と秋なら、どちらが好きだとか。
「あとさ、私、子どもの頃からずっとかけっこで一番だったの!」
「へぇ。今は?」
「……無一郎がいるから無理」
「……諦めるんだ?」
「……っ!今は無理ってだけ!!」
無一郎は、ふふっと笑った。
二人の会話は、鍛錬の話でも鬼の話でもない。
他愛もない話だった。
「……茉子、よく空見てるよね」
「え?あー、そうかも」
気づけば、アイスも残りわずかになっていた。
茉子は空を見上げながら、続けた。
「空、好きなんだよね」
「へぇ」
「だってさ、ずーーっとずーーっと先まで繋がってるんだよ。すごくない?」
それを聞いた無一郎もまた、空を見上げる。
「『みんな、この空の下で繋がってるんだよ』って、子供の頃に、おばあちゃんから聞いて……」
「……………」
「その時は意味わからなかったけど、今になって、そうだったらいいなって思ったり……」
「…………」
無一郎は、茉子に視線を移した。
「……そうだね」
「……うん」
茉子の視線は、空に向けられたままだった。
無一郎も、もう一度空を見上げた。
「ねぇ」
「ん?」
「……もう少し歩かない?」
茉子は少し驚いたように無一郎を見た。
「……いいの?」
「何が?」
「だって、任務……」
「まだ時間あるから」
「…………」
茉子は、嬉しそうに頷いた。
あてもなく、二人で並んで歩く。
露店のある通りに出て、なんとなく見て回る。
ふと、茉子が足を止める。
無一郎も、茉子の視線の先に目をやった。
「何見てるの?」
「え?あぁ……」
茉子の視線の先には、色とりどりの細めのリボンが並んでいた。
「かわいいなと思って」
「欲しいの?」
「……うーん、やっぱりいいや」
「…………」
無一郎は少し黙って、並んでいるリボンを見た。
「これ?」
「……あ、うん。よくわかったね」
指を差した先にあるのは、青緑色の細いリボンだった。
どこか、無一郎の髪の先を思わせる色。
「あ、でも、すぐ汚れたり、なくしたりしそうだから……」
「そうしたら、また新しいの買えばいいでしょ」
無一郎はそう言って、そのリボンを手に取った。
「いや、でも……って……ん?」
茉子の返事など聞いていない。
無一郎は、次の瞬間には支払いを終えて、店員に「ありがとうございましたー!」と言われていた。
「………え?」
茉子は状況がよくわからないまま——
「はい、これ」
それだけ言われて、その青緑色のリボンが手渡された。
近くで見ると、青緑の中に細かな光が混じっているようで、角度を変えるたびにきらきらと輝いた。
茉子はしばらくそれを眺めたあと、夕日に透かすように持ち上げた。
「……綺麗」
青緑のリボンが、夕日を受けてきらりと光る。
「ありがとう。なんか、ごめんね。買ってもらっちゃって……」
「ううん。茉子につけてほしかっただけだから」
「……え?」
茉子の足が止まった。
数歩進んだところで、無一郎も足を止める。
「……何?」
「……あ、じゃあ、ええと……」
茉子はそう言って、無一郎の元へ駆け寄った。
無一郎が隣に視線をやると、茉子の髪にはそのリボンが結ばれていた。
「…………」
光を受けるたび、きらきらと違う表情を見せる。
なんとなく、茉子みたいだと思った。
「……変じゃない?」
「変じゃないよ」
無一郎は、少し目を細めた。
「似合ってる」
茉子が嬉しそうに笑う。
「…………」
無一郎も、笑った。