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霞に紛れて、君に近づく【時透無一郎】
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数日後。
「あ!いたいた!時透くーん!!」
呼び止められて、無一郎は足を止めた。
振り返ると、炭治郎がこちらへ走って来る。
「元気そうだね、炭治郎」
無一郎はそう言って、ニコッと笑う。
そう、炭治郎には何の罪もない。
こうして会えるのは、普通に嬉しい。
「時透くんも!」
「うん」
炭治郎はそう言って、無一郎の隣に並ぶ。
「もしかして、これから稽古場に行くの?」
「………え?」
「茉子が、時透くんに稽古つけてもらってるって言ってたから」
「……ああ、そうなんだ」
「柱って、忙しいんだね。『いつ寝てるんだろ』って言ってたよ」
「……そう」
「『それでも、時間見つけて来てくれるんだ』って」
「…………」
「『めちゃくちゃ厳しいけど、前より強くなった』って喜んでた」
「…………」
炭治郎は、そう言う茉子の姿を思い出して笑った。
「時透くんの話してる時の茉子、ずっと嬉しそうな匂いだったなぁ」
「…………」
(……嬉しそう?ずっと?)
「時透くんが教えてくれてるなら安心だな!」
「……そう?」
「うん!茉子、前よりずっと強くなってたし」
「…………」
「あ。手合わせしてくれっていうからさ、少しだけ打ち合ったんだ。速かったなぁ」
「…………」
『……逆』
茉子の言葉を思い出す。
「じゃあ俺、もう行かなきゃ。またね!」
「うん」
炭治郎は笑顔で手を振り、去っていった。
「…………」
無一郎は、その後ろ姿をしばらく眺めていた。
(…………)
嫌だったわけじゃない。
それどころか——
(……嬉しかったんだ)
「………変だな」
茉子は、なんでも顔に出る。
わかりやすい。
それなのに、今だけわからない。
『……もう、聞かないで』
「…………」
無一郎は少し考えた。
「まぁ、別に……」
(………よくない。全然)
「……聞くか」
無一郎は再び、稽古場へと歩き出した。
茉子は、いつもの稽古場にいた。
「…………」
木刀を振りながら、何度目かのため息をつく。
(……来るかな)
そう思ってしまってから、慌てて首を振った。
(違う。稽古しに来ただけ)
カン、といつもより強く木刀を打ち込む。
でも、すぐに手が止まる。
(……ていうか)
『……そんなに、嫌だった?』
「…………」
(……もう来ないかも)
茉子は俯いた。
稽古を頑張ろうと思ったのは、強くなりたいと思ったからだ。
このままじゃいけないと思ったから。
お陰で、以前より動けるようになったという自覚もある。
けれど——
「…………」
会えたら嬉しい。
話せたら楽しい。
触れられたら——
「……………」
『どうして逃げるの?俺から』
(……違うの)
こんなふうになるつもりなんてなかった。
一度自覚した感情は、勝手に膨らんでいく。
鎮めようとすればするほど。
茉子は再び、ため息を吐いた。
「………ため息、多くない?」
「………っ!」
振り向くと、無一郎がいた。
腕を組みながら、首を傾げている。
「い、いつから……」
「結構前からいたけど」
「…………」
「ちっとも動かないなと思って」
「…………」
無一郎はそれだけ言って、茉子に近づくこともなく、ただ木刀を持った。
「やる気あるの?」
「あ、ありますけど!」
「なら、いいけど」
向き合う無一郎に、茉子は木刀を構えた。
「膝をついたら、終わりにするから」
「え……?!」
「ちゃんと集中して」
「いや、いっつもやって——」
無一郎から向かって来る。
「………!」
受ける攻撃は、相変わらず重い。
木刀で受けたものの、身体が後ろへ下がる。
「力じゃ敵わないでしょ」
「……はぁ?!」
「水の呼吸、使えば?」
「………っ?」
「これできたら、基礎の稽古は終わりでいいと思ってたし」
無一郎はそう言って、一度離れる。
「…………」
(……終わり?)
茉子の動きが止まった。
しかし、無一郎は淡々と喋る。
「そうしたら、受け流すぐらいできるでしょ」
「……でも……」
「いくよ」
再び木刀が向かって来る。
茉子は瞬時にそれを避けた。
「……避けろなんて言ってないんだけど」
「…………」
「受け流してって言ったよね」
「…………」
「僕の話聞いてる?」
「…………」
「できないの?」
「………っ」
できないわけではない。
けれど、それをやったら——
「何?」
「……なんでもない」
「じゃあ構えて」
「…………」
茉子は渋々、構える。
「炭治郎とも、手合わせしたんでしょ?」
「……え?」
茉子はまた、固まった。
「聞いたから」
「……炭治郎から?」
「うん」
「…………」
(……何話したっけ……何か余計なこと、言った……?)
茉子は記憶を巡らせる。
稽古をつけてもらっている話はした。
ただ、炭治郎にはついなんでも話してしまうから——
「どうしたの?変な顔してるけど」
「え?」
「僕に聞かれたら困るようなこと、炭治郎に話したの?」
「ち、違うけど……!」
次は、茉子から打っていく。
カン、カン、と木刀がぶつかる。
「……それで?」
「……えっ?」
「炭治郎とは、楽しくできた?」
「……っ、何が?」
「手合わせ」
「楽しくって……っ、べつに、普通にしたけど……!」
「じゃあ、やっぱり僕だけなんだ」
「……っ……え?なにっ?」
無一郎は涼しげに打ってくる。
茉子は受けるので精一杯だ。
「……これじゃあすぐ膝ついて終わりそうだけど」
「………っ」
「技、使いなよ。まさか、遠慮してる?」
「…………」
茉子は、一瞬言葉に詰まった。
「……してるわけ、ないでしょ……」
茉子は無一郎からサッと引き下がり、距離を取る。
無一郎は、離れていく茉子を一瞬だけ目で追った。
「水の呼吸——」
無一郎は構えた。
「——参ノ型 流流舞い!」
流れるように軌道を変えながら、茉子が一気に距離を詰める。
(……速いな)
一撃を受けた直後、もう次の木刀が別方向から迫っていた。
「……!」
茉子の木刀を受けて、無一郎の身体がわずかに押される。
無一郎は思わず目を丸くした。
「……言っとくけど!」
「………」
「ここでずっと真面目に鍛錬してたから!」
木刀がぶつかる。
無一郎が受け流した瞬間、茉子は地面を蹴った。
「——弐ノ型、水車!」
頭上から振り下ろされた木刀を、無一郎が受け止める。
「強くなりたくて……!」
着地と同時に、もう一度踏み込み、打ち潮を放つ。
「ちゃんと、強くなりたかっただけ……!」
さっきまでとは明らかに違う。
速い。
けれど——
「なのに……っ!!」
最後の一撃も無一郎に止められ、茉子は息を切らして膝をついた。俯いたまま。
「…………」
無一郎は、ゆっくりと木刀を下ろした。
少なくとも、やる気がなかったわけではないらしい。
それどころか——
思っていたより、ずっと強くなっていた。
無一郎は茉子に近づいて、その場にしゃがみ込む。
「……茉子」
「…………」
茉子はゆっくりと顔を上げた。
すぐそばで、視線が合う。
「……逃げないの?」
「…………」
茉子は答えなかった。
「茉子」
「…………」
ただ、瞳を逸らすこともなかった。
「……なに……?」
無一郎は、茉子の頬のそばに落ちていた髪を、指先でそっとすくった。
「この距離、嫌じゃないよね?」
「…………」
指先から髪が、ゆっくりと滑り落ちる。
「……嫌なら、離れるけど」
「…………嫌じゃ、ない」
無一郎の目が、僅かに細くなる。
「……じゃあ、なんで逃げるの?」
「…………」
「炭治郎とは普通に話せる。楽しく手合わせもできる」
「…………」
「僕が近づくと逃げる」
「…………」
「でも、嫌じゃない」
無一郎は少し首を傾げた。
「……あと、『逆』って何?」
その言葉に、茉子は視線を逸らした。
「……言えない」
「なんで?」
「言えないものは言えないの!」
「…………」
「……もういいでしょ」
「よくない」
「なんで?!」
無一郎は一瞬、黙る。
「……僕が知りたいから」
茉子は止まった。
「……………」
(……言えるわけない)
言ってしまえば、きっと何かが変わる。
今みたいに稽古をして、言い合って。
また明日、と約束することも。
変わってしまうかもしれない。
(……それは、嫌だ)
だったら、このままでいい。
(……でも、もういっそ、わかってよ……)
茉子がゆっくり顔を上げると、すぐそこに無一郎の顔があった。
無一郎は、しゃがんだまま膝に肘をつき、頬杖をつくようにして首を傾げ、こちらを見ている。
——いや、やっぱり無理。危険すぎる。
茉子は再び顔を伏せた。
先ほどまで握っていた木刀が、視界に入る。
「……もう、稽古終わりなんでしょ」
「…………」
無一郎は、少しだけ黙った。
「……うん。基礎はね」
「…………え?」
「次から実戦形式増やそうと思ってるけど」
茉子は再び顔を上げた。
「…………」
茉子の顔を見て、無一郎は小さく笑った。
「……何その顔。嬉しいの?」
「……べ、べつに」
「ふーん」
無一郎はそう答えながら、僅かに目を細めた。
胸の奥に引っかかっていたものが、少しだけ軽くなる。
「じゃあ、選びなよ」
「……はい?」
「今日で終わりにするか、次の稽古に進むか」
「…………」
「選ばせてあげる」
「………っ」
(……コイツ……)
無一郎は頬杖をついたまま、茉子を見ている。
さっきまでより、柔らかい顔で。
「………次」
「え?何?」
「次の稽古!」
「……したいってこと?」
「そうだよ!」
「ふーん」
無一郎はようやく立ち上がった。
「じゃあ、決まりだね」
「…………」
「明日も来れる?」
茉子は、ゆっくりと顔を上げた。
——明日も。
「……来れる」
「そう」
無一郎はそれだけ言うと、木刀を片付けた。
「じゃ」
「え?」
「任務あるから」
「あ、うん……」
そう言った次の瞬間には、もう随分遠くにいる。
「…………」
(……速)
茉子は小さく息を吐いた。
『明日も来れる?』
その言葉を思い返す。
(……また、明日)
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不機嫌(多分無自覚)で、つい塩になるむい。からのご機嫌むい。かわいいです。