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番外編
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男の後を追うにつれ、祭りの喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
茉子は義勇と腕を組んだまま、その背中についていく。
軒先に並んでいた提灯も、いつしか見えなくなっていた。
茉子は静かに顔を上げ、義勇を見た。
すぐに視線が合う。
組んでいた腕にわずかに力が込められた後、その視線は、前を歩く男の方へと向けられた。
「こちらですよ」
男が足を止めた。
そして振り返り、小箱の蓋を開く。
「さあ、お好きなものを」
「……ありがとうございます」
茉子は笑顔を浮かべたまま、お守りへと手を伸ばした。
その瞬間、義勇が茉子の腕を引いた。
「……っ!?」
細い赤い糸が、茉子の手首を掠めるように走った。
直後、その糸が生き物のように動き、空中で輪を描く。
茉子が先ほどまで手を伸ばしていた場所で、輪がきゅっと縮まった。
「……チッ」
男は舌打ちをした。
義勇と茉子は組んでいた腕を解き、瞬時に男から距離を取った。
二人は変装用の着物を脱ぎ捨て、刀に手をかけた。
「……へぇ。そういうことかい」
男は編笠を脱ぎ捨てた。
そこには、ニヤリと笑う鬼の姿があった。
「妙だな。聞き間違えるはずはないんだが……」
「………?」
「……まぁ、どっちでもいいか」
鬼はそう言ったあと、笑った。
(……男の方は強そうだな。こっちからやるか)
鬼は再び指先から赤い糸を放ち、茉子に向かって伸ばす。
「香の呼吸——霞ノ舞 漂霞」
髪に挿した簪の蝶が、小さく揺れた。
次の瞬間、茉子の姿が霞に紛れるようにふっと掻き消えた。
「……そこか!」
鬼が振り返りざまに爪を振るった。
しかし、その爪が茉子に届くより早く、刃が鬼の腕を斬りつけた。
「……っ!」
鬼はすぐに距離を取った。
(……速いな。でも……)
鬼は茉子の刀を見た。
(……今の間合いなら、頸も狙えたはずだ)
確信はない。
けれど、勘はいい方だった。
鬼はニヤリと笑った。
「——……けてっ」
「……たすけてっ……!」
次の瞬間、微かに人の声がした。
「………?!」
義勇が声のした方へ視線を向ける。
茉子もそれを追った。
「……あぁ、まだ生きてたか……」
鬼の視線の先には、誰も使っていなさそうな古い蔵があった。
「……祭りは人が多いからな。食料には困らないんだよ」
「………っ」
茉子は蔵に目を向けた。
自分が向かうより、義勇が立っている場所からの方が近い。
「……冨岡さん!」
蔵に視線を向けていた義勇は、一度だけ茉子を見た。
鬼殺隊である以上、人命の救助は優先すべき事項だ。
蔵には、おそらく複数の人間が閉じ込められている。
「……ここを任せる」
「はい!」
義勇は蔵へと駆け出した。
その足元へ、一枚の札が舞い落ちる。
義勇は即座に足を止めた。
「……おやおや。困りますねぇ」
蔵の陰から、痩せた男が姿を現した。
「勝手に入られては、商売になりませんので」
男の指先には、何枚もの札が挟まれている。
義勇は男を一瞥した。
そして、静かに刀を構え直した。
「……冨岡さん……っ?」
蔵の陰から現れたもう一つの影に、茉子は目を見開いた。
「あーこらこら、君の相手は俺でしょ?」
鬼はそう言って、自身の手から糸を放つ。
「血鬼術——縛糸」
「香の呼吸——霞ノ舞 漂霞」
鬼の糸は再び、姿を消した茉子の行く先へと伸びていた。
「………っ!」
飛んでくる赤い糸は、確実に茉子の手首や足首を狙っている。まるで、次の動きを予測されているかのように。
(……何かで、動きを感知されてる……?)
茉子は鬼から距離を取り、刀を構え直した。
香の呼吸で隙を作り、そこで露の呼吸を使う。
いつもならそうする。
けれど、隙が作れない。
むしろ、速さでなんとか糸をかわしている状態だ。
「香の呼吸——白檀ノ舞 花霞誘」
香により、視覚・嗅覚を狂わせる技。
鬼の視線が揺らぐ。
だが、次の瞬間には茉子のいる方へと顔を向けた。
「……わかってきたよ、君の動きが」
「…………っ」
嫌な予感がした。
一方、蔵の前では。
「……おや。何も仰らないんですね」
男は薄く笑った。
「では、こちらから失礼します」
指先から放たれた札が、宙を舞う。
「血鬼術——封札」
札に記された文字が赤く浮かび上がった。
義勇は即座に身を翻した。
次の瞬間、先ほどまで立っていた場所を囲むように、札が地面へと突き刺さる。
その内側に、薄い膜のようなものが張られた。
「……なるほど。避けられましたか」
男は感心したように呟く。
義勇は札を一瞥した。
札に囲まれた場所を、外から封じる術。
蔵の扉にも、同じ札が貼られている。
(……札が配置された範囲に、結界が張られるのか)
「…………」
「……あ。お気づきになりました?」
男は蔵の扉を指さした。
「無理に開けるのは、おすすめしませんよ」
義勇は蔵へ視線を向けた。
「……中にいる人間に、危険が及ぶかもしれません」
「……………」
扉の向こうから、かすかに人の声が聞こえる。
「……さて。どうなさいます?」
男が新たな札を取り出した。
しかし、その札を放つより早く、義勇が間合いを詰めた。
「……っ!?」
男は慌てて後ろへ跳ぶ。
その腕が、肘から斬り落とされた。
「な……!」
義勇は追撃せず、落ちた腕に目を向けた。
指先に挟まれていた札が、赤い光を失っている。
男の顔から笑みが消えた。
(……札の力は、鬼の身体と連動しているのか)
義勇は静かに刀を構え直した。
「……まさか、もう……?」
男が後退しながら札を放つ。
だが、義勇はその隙間を抜け、一息に距離を詰めた。
男が何かを言うより早く、その頸が落ちる。
義勇は倒れた鬼には目もくれず、蔵へ向かった。
扉に貼られた札は、すでに色を失っている。
それを剥がし、扉を開く。
薄暗い蔵の中には、数人の男女が倒れていた。
義勇はすぐに膝をつき、手近な者の呼吸を確かめた。
生きている。
だが、衰弱が激しい。
義勇は倒れている者たちの状態を確かめると、まず一人を抱き上げ、蔵の外へと運び出した。
その衣服には、黒ずんだ血が広がっていた。
蔵の方から、物音がした。
けれど、茉子には振り返る余裕などなかった。
「………っ!!」
鬼の糸が、茉子の両足首に巻き付いた。
瞬時に刀でその糸を斬り落とすが、その瞬間には鬼の爪が茉子の右肩に届き、切り裂かれる。
「……あぁー、惜しい。もうちょっとだったのに」
「………っ」
茉子は切り裂かれた右肩を押さえた。
指の隙間から血が滲み、袖を赤く染めていく。
それでも刀を握り直した。
(……斬られた……っ?!)
茉子は息を呑んだ。
香の呼吸を身につけてから、ここまで動きを読まれたことはなかった。
姿を消しても、居場所を捉えられる。
速さでかわそうとしても、その先に糸がある。
(……どうして……?)
「その速さ、大したもんだね。普通じゃついていけないよ」
その言葉に、茉子は顔を上げた。
(……『普通じゃついていけない』……?)
「君を食べれば、俺ももう少し速くなれるのかな。どう思う?」
「………………」
茉子は鬼を睨みつけた。
鬼はまた笑った。
「君がやられているのを見たら、蔵に向かった鬼狩りも、冷静じゃいられないんじゃない」
「…………っ」
そんなことはない。
——とも言い切れない。
義勇の前でここまで負傷したことはない。
きっとここを任せてくれたのも、多少は自分の力を評価してくれているからだと思う。
——なのに。
次の瞬間、鬼の爪が茉子へと迫る。
「香の呼吸——風ノ舞 静華」
茉子はわずかに身体を傾け、その一撃をかわした。
ほとんど音も立てず、鬼の脇を抜ける。
——だが。
「……そっちだよね」
「……っ!?」
茉子が足を踏み出した先に、赤い糸が張られていた。
咄嗟に身を引く。
しかし、わずかに体勢を崩したその瞬間、鬼の爪がふくらはぎを掠めた。
「……っ!」
鋭い痛みが走る。
茉子は地面を蹴って距離を取った。
足元に、ぽたりと血が落ちる。
「……へぇ。今のも避けるんだ。なかなか捕まらないね」
鬼が楽しそうに笑った。
「でも、そろそろわかってきたよ。君がどっちに動くのかも、ね」
「……………」
(……まずい)
肩から流れる血が、袖を濡らしていた。
脚の傷も浅くはない。
このまま出血が続けば、いずれ動きが鈍る。
距離をとって、包帯ぐらいは巻いておきたい。
圧迫して、止血したい。
でも。
(……きっと、移動した先でも糸が張られる……)
時間がない。
「頸は?狙わないの?」
「………っ!」
狙いたいに決まってる。
ただ、露の呼吸は一撃必殺。
うまく当たらなければ、反撃されて終わりだ。
茉子は刀をまた握り直した。
このまま距離を取っていても、状況は変わらない。
もう一度、香の呼吸で隙を作る。
(……今度こそ)
鬼が笑った。
「来る?」
茉子は答えず、地面を蹴った。
そのとき。
「茉子!止まれ!」
「……っ!?」
聞き慣れた声が、鋭く響いた。
茉子は反射的に足を止めた。
次の瞬間、目の前を赤い糸が走る。
それは、茉子が踏み込もうとしていた場所を、正確に捉えていた。
「…………!」
茉子は息を呑んだ。
声のした方へ視線を向ける。
蔵の前に、義勇が立っていた。
その腕には、衰弱した人間が抱えられている。
「……冨岡さん……!」
義勇は答えなかった。
その視線が、茉子の右肩に止まる。
次いで、血の滲む脚へと落ちた。
表情は変わらない。
——けれど。
「……へぇ?」
鬼が、ふと義勇の方を向いた。
「……おかしいな」
先ほどまで乱れのなかった男の心音が、わずかに速くなっていた。