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5.帰る場所
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夕陽はすっかり落ちていた。
茉子のスピードは健在だ。
息も切らさず、夜道を駆け抜ける。
(……任務、行ってるかもしれないよね)
向かいながらそんなことを思ったが、会いたいのは今だった。
屋敷の前で、足を止める。
部屋に、小さく灯りがついていた。
「……」
一度だけ、息を整える。
簪に触れ、きちんと留まっていることを確認する。
「……」
小さく頷いて、戸を叩いた。
「……茉子です」
ほんの少し、声が揺れる。
中から静かな足音がして、戸が開いた。
「……来たか」
少し眠っていたのか、義勇の声は、わずかに掠れていた。
けれど——
ふと、視線が止まる。
ねじってまとめられた髪。
そこに挿された、簪。
少し大きめの白い花が、茉子の髪に映える。水色の小花は、ほんのわずかに揺れる。
「……」
義勇は何も言わない。
ただ、そのまま見ている。
「……あの」
茉子が口を開く。
「……つけてみました」
茉子は少し、視線を逸らす。
「……ああ」
短い返事。
けれど、義勇の視線は逸れない。
「……少し、曲がっている」
「え?」
思わず義勇を見たあと、手を上げかける。
「……いい。動くな」
義勇の手が伸びて、そっと髪に触れる。
簪を、ねじるように整える。
その動きに合わせて、水色の小花がまた微かに揺れる。
「……っ」
茉子の呼吸が、浅くなる。
指先が、ほんの少し髪をすくう。
触れている時間は短い。
「……これでいい」
手が離れる。
けれど、距離はそのまま。
「……似合っている」
「……っ」
言葉が出てこない。
胸の奥がキュッとして、自身の心臓の音が大きく聴こえた。
外気が、わずかに冷たい。
義勇は、ゆっくりと体を引いた。
「……入れ」
「……はい」
茉子は小さく頷く。
義勇はそのまま背を向け、先に歩き出す。
一歩、屋敷の中へ。
茉子も、その後に続く。
戸が閉まり、外の気配がすっと遠のいた。
「……」
静かな空間。
茉子はそっと草履を脱ぐ。
揃える指先が、ほんの少しだけぎこちない。
義勇は、数歩だけ進んで止まり、振り返る。
「……茉子」
呼ばれて、茉子の足も止まる。
「……はい」
一歩、義勇が近づく。
「………」
義勇の手がゆっくりと上がり、頬に触れる。
「……っ」
わずかに震える呼吸。
けれど、視線は逸らさない。
「………」
義勇は、そのまま距離を詰める。
「……来たな」
低く、確かめるような声。
——自分の足で。
「……はい」
その言葉を聞いた瞬間、義勇の指先に力がわずかに入る。
「……」
ゆっくりと、顔が近づく。
「……っ」
触れる直前、一瞬止まる。
(……いいのか)
言葉にはしない。
迷いはない。
ただ——
「……義勇さん」
茉子はまっすぐ、義勇を見た。
「……私、怖くないよ」
義勇は思わず目を丸くする。
「……後悔もしない」
「……茉子」
「私……」
茉子は息を吸った。
「……義勇さんの、そばにいたい」
「……」
その言葉を、確かめるように——
まっすぐ、義勇の唇が落ちた。
そしてゆっくりと、唇が離れる。
「……」
ほんのわずかに、呼吸が乱れる。
もう、距離は戻らない。
義勇の手が、そのまま茉子の肩に触れる。
強くはない。
けれど、離さないという意思だけがある。
「……来い」
それだけ言って。
手を引くわけでもない。
抱き寄せるわけでもない。
それでも、自然と歩幅が揃った。