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5.帰る場所
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少し時が経ち、義勇がいなくなった部屋の中。
(……広いなぁ……)
茉子は正座しながら、辺りを見回す。
部屋の中は綺麗に片付いている。
というより、物自体かなり少ないようだった。
(……ここで一人……)
遠くから、湯を浴びる音だけが静かに聞こえる。
「……寂しく、なかったのかな」
座布団の上で目を閉じている寛三郎に向かって、独り言のように呟いた。
「……誰かに、そばにいて欲しいと思う日とか……なかったのかな」
茉子は少し俯いて、自分の拳を見つめた。
「……それとも……」
(……あえて一人でいたのかな……)
ぼんやりとそんなことを考えていると、戸が開く音がした。
「……上がった」
その声に、茉子は顔を上げた。
「……」
一瞬、言葉が出ない。
髪がわずかに濡れている。
普段より、少しだけ力の抜けた姿。
(……この人は、ずっと)
さっきの思考が、胸の奥に残っている。
義勇は、なんとなく違和感を覚えながらも、正座している茉子の向かいに静かに腰を下ろした。
「……義勇さん」
名前を呼ぶと、視線が向く。
「……どうした」
茉子は少しだけ迷ってから、口を開いた。
「……私、もっと……」
言葉を探すように、少しだけ間が空く。
「……義勇さんのお側にいたいです」
「……」
空気が、わずかに止まる。
真っ直ぐ見つめてくるその瞳から、目を逸らすことができない。
「……」
義勇は、何も言わない。
ただ一瞬、思考が止まる。
(……どういう意味だ)
胸の奥が、わずかに跳ねる。
(……いや、茉子のことだ。そういう意味では……)
そこまで考えて、
「……そうか」
短く、それだけ返す。
けれど、完全に平静ではいられなかった。
「……なぜ、そう思う」
「……え?うーん……なぜ、でしょうか……」
茉子は首を傾げた。
「今日このお家に来てみて、そう思いました」
「…………」
それは理由にならない理由。
一瞬そう思ったが、言葉にはしなかった。
一緒に任務に行ったり、蝶屋敷を訪れた時、茉子のこれまでの生き方が垣間見える度に、自分も似たような気持ちになったことがある気がした。
愛しい人が、これまでどうやって生きてきたのか。
そしてそれを知った時、より愛おしくなる。
けれど、自分の過去など——
義勇の視線がわずかに落ちる。
その微かな変化を見逃さず、茉子は口を開いた。
「……あ、でも、私も自分の過去の話とか、自分からしたいとは思えませんし」
茉子は小さく笑う。
「まぁ私の場合、後藤さんとかから暴露されちゃってますけど」
「……ああ」
「……うーんと、じゃあ……」
自然と、二人の視線が合う。
茉子は少しだけ考えるようにしてから、小さく首を振った。
「……やっぱり、いいです」
「……?」
「無理に聞きたいわけじゃないし……」
そう言ったあと、少し恥ずかしそうに笑う。
「……今の義勇さんが好きだってことは、変わらないし」
「………」
少しだけ、沈黙が走ったあと、義勇は何も言わずに片手で茉子の手首を引く。
「わ……っ!」
あっという間に、義勇の胸に収まる。
湯上がりの石鹸の香りが、ほんのりと鼻をくすぐった。
「……茉子。お前は、本当に……」
義勇はそれだけ言って、茉子を抱きしめる。
先ほどよりも強い力で。
わずかに、息が触れる距離で。
「……何もわかっていない」
(……その言葉が、どれほど俺に響くのか)
「……え?うそ?!」
(どれほど、お前に触れていたいか)
茉子は義勇の胸元から顔を上げ、青い瞳を見つめた。
「……じゃあやっぱり、教えてほしい……かも……」
「…………」
(……言えば……俺に合わせるのだろうか……)
「……あ。今また、『そんなことくらい自分で考えろ』って思いました?」
何も言わない義勇に、茉子は笑ってそう言った。
(……強要はしたくない)
「……ああ」
(茉子自身が、本当に、同じ気持ちになるまで……)
「……難しいなぁ」
「…………」
「……なんか、義勇さん温かくて、眠くなってきました……」
「……そうか」
「……蝶屋敷からここまで遠くて、びっくりしました…」
「………」
「……なのにあの時、毎日来てくれてたんですね……」
抱き締めている茉子の体が少し重くなる。
「……お前は、本当によく寝るな……」
義勇は小さく息を吐き、茉子を抱えて歩き出す。
寝室には、布団は一組しかない。
しかし、それも今更だ。
義勇は茉子を抱きしめたまま、そっと横たわった。
いつもなら、こんな時間に布団まで敷いて寝ないのだが。
(……寝るか……)
義勇は、腕の中に茉子の体温を感じながら
静かに目を閉じた。
その温もりを、確かめるように。