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4.静水に咲く
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「……あ。お、おかえり。茉子」
蝶屋敷に戻って、はじめに再会したのはカナヲだった。
「ただいま!ずっと留守にしててごめんね」
「ううん。元気に、なった?大丈夫……?」
カナヲはある日から、話しかけてくれるようになった。炭治郎が屋敷から出て行った時からだ。
「……心配してくれてたんだね。ごめんね」
「う、ううん……!私は、笑ってる茉子が好きだから……元気になったなら、良かった」
茉子はそれを聞いて、瞳を大きくしたあと、微笑んだ。
そして少し間を置いて、口を開く。
「……カナヲ。お願いがあるんだけど……」
「……?」
「あら、珍しい」
しのぶはにこやかに庭を見る。
カナヲと茉子が、木刀を持って打ち合っていた。
(……そろそろ茉子にも任務が来る。あの子はきっと、戦うことをやめない……)
——あ。
しのぶは瞬きもせず茉子の姿を目で追った。
目を離すことなどできなかった。
しなやかな動き。
相手の力を横へ流し、無駄な動きがない。
(……あれは、水の呼吸の基礎………?)
しのぶは、足を止めてその動きを見ていた。
カナヲがほんの少し体勢を崩したその一瞬、一歩踏み込む。
これが速い。
茉子の木刀が、カナヲの髪にわずかに掠った。
「花の呼吸——」
カナヲはその呼吸を纏う。
「伍ノ型 徒の芍薬」
それは上下左右から取り囲むように放たれる斬撃。
本来、逃れるのは難しい技だが——
「香の呼吸——霞ノ舞 漂霞」
茉子の姿が消える。
「……消えた……」
(……遠くには行っていないはず……)
カナヲはそう思いながら、高い視力で茉子のいる場所を探す。
「露の呼吸——」
カナヲは上を見上げる。
「——白暁」
高い位置からまっすぐ、光が差し込むかのように落ちていく。
速い。
しかし、以前のような鋭さはない。
茉子は瞬時にカナヲの目の前に現れる。
(……?……別の、技がある……?)
「露の呼吸——」
——白い花が、静かに開く。
カナヲは構える。
音のしないその斬撃。
「——芍薬」
しかし、白い芍薬の残像だけはっきりと見える。
離れて見ていたしのぶは、目を見開いた。
「花の呼吸——弐ノ型 御影梅」
カナヲは、周囲に斬撃を打ち、防御にまわる。
次の瞬間、二人の木刀が重なる。
バキッと音を立てて二本とも折れた。
風が吹く。
二人の動きが止まる。
茉子は「ふぅー」と息を吐いて、その場に座り込んだ。
「……っ、やっぱり強いなぁ、カナヲは……」
「……茉子……」
カナヲはそれだけ言って、ピタリと止まったまま、動かなかった。
なんとか花の呼吸が使えないものかと茉子が悩んでいた頃。
体の鍛錬だけではなく、花についての書物を読んだり、直接見たり触れたりしていた。
優しくて、強い花。
——芍薬は、憧れの花だった。
「ありがとう、付き合ってくれて」
笑顔の茉子に、カナヲは口を開く。
「ど、どうやって……」
「え……?」
「どうやって鍛錬したの……?」
茉子は目を丸くしたあと、小さく笑う。
「……自分を削らないようにって、教わったの」
カナヲはそれを聞いて、また動きが止まった。
「あ、しのぶ様……!」
カナヲから視線を少し逸らすと、その姿が見えた。
茉子のその声に、カナヲは振り返る。
「師範……!」
「ふふ。見つかってしまいましたね」
しのぶはにっこりと笑顔で二人の元へと向かう。
「師範……!私“も”稽古がしたいですっ……!」
カナヲは目を輝かせながら言った。
しのぶはハッと目を見開いたあと、また笑った。
「そうですね、私も負けられません」
「「……??」」
首を傾げる2人に、くるっと回り背を向ける。
(……少し、悔しい気もしますが……)
しかし、思い返せば、茉子を義勇の元へやったのは自分だった。
「……さ。茉子も帰ってきたことだし、みんなでご飯にしましょうか」
屋敷に入ると、いつもの蝶屋敷の面々が茉子を迎え入れた。
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しのぶは、皆が楽しそうに話している間、一人裏口の方へ向かい、一歩だけ屋敷の外に出る。
「……よく…あの子から速さを引かせられましたね」
「………」
義勇は、塀にもたれかかり腕を組んで立っていた。
「それに加えて、攻守共に流れるような動き。
茉子のしなやかな体幹と観察力がよく活きています。彼女の良さをよくわかっている。短期間で、相当叩き込みましたね」
しのぶは笑顔で、小さく息を吐いた。
「私がしてあげたかったところでしたが、冨岡さんに越されてしまいました」
義勇は、しのぶとは視線を合わさず、空を見た。
「……茉子の行動の端々に、胡蝶がいる」
「……?」
聡明で、臨機応変な立ち振る舞い。
強い精神力。
そしてどんなに辛くても挑み続ける胆力は、間違いなく、しのぶの下で培った力だ。
「胡蝶の作った土台の上で、方向性を示しただけだ」
義勇はそれだけ言って、姿を消す。
しのぶは小さく目を伏せた。
「……本当に、不器用な人ですね」
そして、澄んだ青空を見上げる。
「……ですが」
わずかに、柔らかく笑う。
「任せて正解でしたよ、水柱」
風が吹く。
蝶屋敷の軒先で、洗濯物が揺れた。