名字と名前を入れてください
4.静水に咲く
*名前変換*
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
稽古終わり。
日が暮れていた。
宿に向かって、2人で夜空の中を歩く。
(……つ、疲れた……)
そう思った瞬間、茉子は、足元の小石につまづく。
「あ——」
視界が傾いた瞬間、義勇に腕を掴まれ、体が引き寄せられる。
「……わっ……」
茉子は、義勇の腕の中にすっぽりとおさまっていた。
ふと見上げると、顔が近い。
——あの日と同じ距離。
唇が触れた時の感覚が、一瞬で蘇る。
(な、なんで今この記憶が……っ)
茉子は、思わず目を逸らした。
「す、すみません……」
小さくそう言うと、義勇の腕が、離れようとして——
止まる。
「……いや」
短く否定して、続ける。
「俺の前なら、いい」
「………っ」
茉子は言葉を詰まらせる。
抱きしめられてよくわかる、義勇の腕の力強さ。
しっかりとした胸板。
鼓動。
(……ずるい……)
昨日からずっと稽古。
今日も「止まるな」「そうじゃない」「立て」
などと厳しかったのに。
突然甘やかされる。
——違う。
冨岡さんは、ずっと優しい。
他の人から、戦うことを止められたことは何度もあった。
でも、冨岡さんは「削るな」とだけ。
戦うことを一切否定されなかったのは、初めてだった。
稽古をつけてもらって、思った。
私の戦い方、考え方、動き、癖、全部知っている。
その上で、“速さだけじゃない”と言ってくれていた。
(……一緒にいたい)
義勇もまた、そのまま手を離さない。
指が、自然に絡む。
「………っ」
茉子は息を呑む。
手の温度が、あまりにも安心で。
歩き出した義勇は、何も言わない。
当たり前のように、手を繋いだまま。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
この手を離したくない。
このままずっと。
(………好き………)
思った瞬間、その感情がはっきり形を持った。
「……冨岡さん」
義勇が、ちらりと視線を落とす。
「……何だ」
茉子の目は少し泳いでいる。
頬を、ほんのり赤く染めて。
「………好き」
風が吹く。
木々の葉が揺れる。
義勇の歩みが、止まる。
「大好き……」
瞳を揺らし、声を震わせながら、振り絞るように言う。
義勇は、躊躇いなく茉子の顎に手を添える。
「………っ」
声を上げる間もなく、唇が重なった。
義勇の手は、顎から頬に伸びる。
莉子の存在を確かめるかのように、唇をそっと離して、また重ねた。
「俺は……」
義勇は、茉子の髪にそっと触れる。
「感情を言葉に乗せるのは得意じゃない」
感情が動くと、判断が鈍るから。
考えてしまうから。
「お前が望む言葉は与えられないかもしれない。ただ……」
義勇は、小さく息を吸った。
「もう、お前を離す気はない」
そう言って、茉子を抱きしめた。
抱きしめる腕に、力がこもる。
「……茉子」
義勇は深く息を吐いた。
「……呼んでくれ」
「……?」
「……俺の名前を」
茉子は、義勇の腕の中で瞳を大きくした。
思いがけない言葉に、一瞬だけ戸惑う。
けれどすぐにその意味を受け取って、穏やかに微笑んだ。
「………義勇、さん」
そう呼ばれた義勇は、一瞬呼吸が止まる。
「……俺は」
そして義勇は、茉子の頭に顔を寄せる。
「……お前に、甘えているのかもしれない」
——自分をまっすぐ想ってくれる、茉子に。
こんなに大切な存在なのに、すぐにそばにおくことをしなかった。
言葉足らずで、傷つけてしまった。
守りたくてつけた稽古は、つい厳しくしてしまう。
それなのに——
茉子は、背中にそっと手を回す。
「……嬉しい」
義勇は、その言葉を聞いて、気づかないほど小さく息を吐く。
「……大好きだよ、義勇さん」
義勇の瞳が大きくなる。
長い髪の毛に隠された耳が、紅潮する。
「………今のは、反則だな」
義勇は、茉子の頬に触れたまま、ほんの少しだけ距離を取る。
逃がすためじゃない。
見つめるために。
そして
ゆっくりと、確かめるように。
唇を重ねる。
最初の衝動とは違う。
選んで、触れている。
長い。
深くなりかけて、止まる。
「……俺は、お前のことになると、加減ができない」
低く落ちる声。
茉子は一瞬だけ瞬きをして、まっすぐ義勇を見上げた。
「……手加減……」
迷いのない瞳。
「……いらないですよ……?」
義勇の喉が、わずかに動く。
その意味をわかっているのか、いないのか。
それはわからないが。
「……そうか」
それ以上は、言わない。
言えば、越えてしまいそうだった。