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4.静水に咲く
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夕刻。
里の空は、橙色に染まっている。
宿に戻った茉子は、
「少しだけ横になります……」
と言ったきり、布団に倒れ込んだ。
そのまま、動かない。
義勇は座敷に正座したまま、静かにその様子を見ていた。
——完全に寝ている。
膳が運ばれてくる。
湯気の立つ白米。
焼き魚。
煮物。
義勇は、布団の方を見る。
「……茉子」
反応はない。
「……起きろ」
やはり、反応はない。
ほんの少しだけ、眉が動く。
(……やりすぎたか)
朝からずっと稽古。
追い込みすぎた。
(……無理をさせてしまったな)
「焦るな」と言ったのは自分だ。
だが——
(……俺が焦っている)
ここを離れれば茉子にも任務が来るだろう。常に同行することはできない。刀が仕上がるのは、損傷具合から考えても自分の方が先。
自分が任務で忙しくなれば、茉子の動向を追い切れなくなるかもしれない。
一人でも、削らないような戦い方を身につけさせる。 鬼から目の離れた、この里にいるうちに。
戦い方は、伝えたつもりだった。
でも、茉子が怒ったり泣いたり、困ったりするものだから。
気づけば、自ら木刀を手に取っていた。
義勇は、膳を見つめる。
そして静かに立ち上がる。
布団の横に座る。
「……茉子」
小さく呼ぶ。
反応はない。
少しだけ、髪が乱れている。
義勇は一瞬迷い、指先で前髪を払う。
触れる指先は、慎重だ。
起こさないように。
壊さないように。
しかし、触れた瞬間、茉子がむにゃりと眉を寄せる。
「……とみ……」
義勇の動きが止まる。
「……ごはん…ちゃんと…たべて……」
寝言。
完全に寝言。
(……誰のことだ)
数秒して、小さく息を吐く。
「……お前だ」
茉子は、安心しきった顔で眠っている。
頬が少しだけ赤い。
息は深く、穏やかだ。
(……そんな顔で、倒れるな)
義勇は、そっと布団の端を握る。
気づかれないように。
「……明日は、軽くする」
誰に言うでもなく、呟く。
(……いや、無理だな……)
視線が、布団へ戻る。
真っ直ぐに向かってくる瞳を思い出す。
手加減など、できるはずがない。
(……加減が、難しいな)
初めて人に稽古をつけた。
初めて、隣に立たせたいと思った。
そのどちらも、うまく扱えない。
義勇は、壁に背を預ける。
眠らない。
見張るように。
守るように。
けれどその目は、どこか穏やかだった。