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3.隣に立つ理由
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翌日。
蝶屋敷は、まだ完全には目覚めていない。
薬草の匂いと、湿った土の気配。
茉子がこうして明け方早くに目が覚めてしまうのは、負傷した隊士が運ばれてくるのが、いつも夜明けだからなのかも知れない。
茉子はまた、いつもの一角で薬草を吊るして干していた。
風が吹いて、薬草と共に、茉子の耳元のピアスも揺れた。
茉子は、振り返る。
(……あれ……?)
いつもは、気配を消して突然現れるのに。
義勇はゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
羽織に僅かに血液が付いている。
任務のあとなのだろう。
「……冨岡さん……?」
茉子は思わず義勇の元に駆け寄る。
「お怪我は?」
「ない。鬼の返り血だ」
「あ、そうですよね、良かった……」
(……怪我、してないのに、こんな早くからどうしたんだろう……?)
茉子は、安堵すると共に疑問に思った。
無事であれば、良いのだが。
また風が吹いて、周囲の草木がザッと揺れる。
「茉子」
義勇は、まっすぐ茉子を見る。
「……迎えに来た」
「……え?」
そしてさらに一歩、茉子に近づく。
「お前を、俺のそばに置くと決めた」
茉子は、瞬きもせず義勇を見る。
手も、足も、口も、動かない。
時が止まったかのように。
義勇は、一瞬だけ視線を落とす。
そして、茉子と額を合わせるように——
自身の顎を引いて額を寄せた。
「……嫌なら、言え」
「……っ……」
茉子は小さく息を吸う。
「……嫌じゃ、ないです……」
その言葉と同時に、義勇は茉子に唇を重ねた。
一呼吸おいて、その唇をそっと離す。
「……なら、次からは確認しない」
——額は合わせたまま、息のかかるその距離。
義勇はそう言って、茉子から視線を逸らさない。
そこからゆっくりと、僅かに体を離す。
茉子は、今までにないほど鼓動が跳ねていた。
義勇に聞こえているのではないかと思う程に。
顔を上げると、義勇は視線を逸らさずこちらを見ている。
(本気、なんだ……)
本気で、そばに置いてくれようとしている。
こんな私を……
義勇は再び、額を寄せる。
そして、唇が触れるか、触れないかの位置で
——止まる。
茉子はそれに応えるように、ほんの少し顔を上げる。
再び、2人の唇が重なった。
先ほどよりも、少し長く——
そしてまた唇をそっと離した。
「……泣くな」
茉子はポロポロと涙をこぼす。
「……私、多分……っ」
「……ん?」
「冨岡さんが、思ってるより…わがままだし…っ」
「……ああ」
「泣いたり、怒ったりも、するし……っ」
「……ああ」
「大丈夫じゃないのに、大丈夫って言っちゃう……」
「……知っている」
「迷惑、かけたくないのに…いつも……っ」
「……茉子」
義勇は静かに、茉子の背中に手を回して抱きしめる。
「……俺の、そばにいろ」
——その言葉は、命令ではなかった。
選び取った覚悟、そのものだ。
「……はい……」
義勇はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、離さなかった。