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6.陽だまり
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その日の空は、どこまでも青く、澄んでいた。
「……よし」
「……ありがとうございます、先生」
義勇は、羽織に袖を通した。
袖口から覗く左手には、茉子と揃いの指輪があった。
「…………」
紋付袴姿の義勇を見た鱗滝は、少しの間、黙っていた。
「……先生、俺は……」
「……よせ。いい」
「…………」
鱗滝はそう言って、深呼吸するように息を吐いた。
「義勇」
「…………」
「幸せにな」
その言葉に、義勇は深く頭を下げる。
「……はい」
鱗滝の表情はわからない。
ただ、わずかに鼻を啜る音がした。
「茉子も準備が出来た頃だろう。行ってやれ」
そう言って、義勇の背中をトンと押した。
一方、その頃。
「よーし、できあがり!」
「うん、いいね!」
「すごく似合ってるわ、茉子ちゃん」
「……ありがとうございます……っ」
仕立て上げられた白無垢に身を包み、化粧をした茉子は、緊張した面持ちでいた。
「待って。もう泣いちゃう……」
アオイは既に目元でハンカチを握りしめていた。
自宅で、親しい者たちだけで行われる祝言。
厳格な決まりごとはない。
花嫁の着付け後、自称親族が勢揃いだった。
「おお、いいじゃねぇか!さすが俺の嫁たち!」
天元はニッと笑った。
「いやほんと、すっかり花嫁っすね」
それに便乗する後藤。
さらにそれを見た、なほ、きよ、すみは、顔を覗き込む。
「あれ?」
「後藤さん、ちょっと目が」
「赤いです〜」
「うるせぇな!気のせいだろ!」
後藤は、プイと顔を背けた。
茉子は、みんなのその様子を見ながら、何も言わずに立っていた。
「茉子、緊張してるのか?」
「……え、あ、うーんと、そう、なのかな……」
炭治郎に声をかけられ、ようやっと口を開く。
「茉子ちゃん。善逸さんが、結婚できたのは半分くらい俺のお陰って言ってるんだけど、本当?」
禰󠄀豆子に問われた茉子は、少し止まったあと、少し笑った。
「……半分はどうかなぁ?」
「えぇ?!俺のアドバイス聞いたでしょお?!ね、そうでしょぉお?!」
「そうかもね」
あははっと声を上げた茉子を見て、炭治郎と禰󠄀豆子は顔を見合わせ、また微笑んだ。
「笑ってる方が、茉子らしいな」
「そうだね!あ、ほら、義勇さんも待ってるよ、きっと!」
「あれ?こういうのって新郎が先に対面………」
「「「「「あ……」」」」」
そこにいた全員が、声を揃えた。
そこへ——
「……まだか?」
聞き慣れた声に、全員が振り返る。
そこには、義勇が立っていた。
「あっ、義勇さん!」
「待って待って、まだです!」
アオイが慌てて茉子の前に立とうとする。
しかし、その前に義勇の視線が茉子を捉えた。
「…………」
義勇の足が止まる。
白無垢姿の茉子も、義勇を見つめた。
「…………」
義勇はしばらく、何も言わずに茉子を見ていた。
そして——
「……綺麗だ」
「………っ」
茉子は頬を赤く染めながらも、義勇から視線を逸らさなかった。
「……義勇さんも、素敵です」
微笑み合う二人。
その様子に、周囲からも自然と笑みがこぼれた。
「そうそう!ご飯!腕によりをかけましたからね!」
「俺、琴でも弾いちゃおっかな〜!聴いててね禰󠄀豆子ちゃん!」
「はいはい!さ、義勇さん、茉子ちゃん、どうぞ!」
禰󠄀豆子はそう言って、戸を開けた。
「………っ」
「わぁっ……!」
道場内は、たくさんの花に囲まれていた。
御膳が並び、新郎新婦の席もちゃんと用意されている。
「で?司会は誰になったんだっけ?」
「いや、お前らんとこで決めるって言ってただろ」
「そうでしたっけ?!」
「ええー祝言の流れ、あんまりわからないかも……」
「じゃああのーほら、とりあえずあれやっとくか!盃交わすやつ!」
「……三献の儀だ」
「鱗滝さん!それだ!」
「もう普通に乾杯でいいんじゃね?」
みんなのやりとりに、茉子はまた笑った。
結局、全員で乾杯をして、泣いたり笑ったりしながら、それぞれいろんな話をした。
途中から
「水柱に救ってもらった」
「茉子さんの手当のお陰で助かった」
などと話す元隊士たちも次々とやってきて、顔を見せていった。
司会こそ忘れていたものの、周囲への連絡はしっかりなされていた。
「あ!村田さん!」
そんな中、村田も姿を見せた。
炭治郎が「こっちこっち!」と笑顔で手招きする。
「……村田。来てくれたのか」
「ああ、急で驚いたけどな!」
「……村田さん……?」
「あれ?!もしかして、俺のこと知らないっ?!」
「あ、すみません……でも、特に重症だった方は覚えているので……きっと負傷が少ない方だったんですね。すごいです」
茉子がそう言って微笑むと、村田は一瞬言葉を失ったあと、すぐにハッとした。
「……いや、違うからな?!俺、そんな命知らずじゃねぇし!」
「………?」
村田は慌てて首を横に振ったが、茉子は首を傾げた。
義勇は何も言わなかった。
「他の隊員たちも言ってたからさ。これが噂の櫻井茉子の笑顔かって——」
そこで村田は、ふと口を止めた。
「……って、もう櫻井さんじゃないのか」
「そうか!茉子も“冨岡さん”になったのか!」
「……あ、そっか……」
炭治郎に言われ、茉子も一拍遅れて頷いた。
名前で呼ばれることが多く、まだあまり実感がなかったのだ。
やがて村田は伊之助にも見つかり、早速いつもの言い合いが始まった。
「ふふ、すごく賑やかになっちゃいましたね」
「……ああ」
「ありがたいです」
「……そうだな」
二人はみんなの姿を見ながら、笑っていた。
「茉子っ」
そんな中、そばにやってきたのはカナヲだった。
「あのね、これ、茉子に渡したいなって思って」
カナヲの手には、白い花束があった。
幾重にも重なる花びらを広げた、大輪の白い芍薬。
それを目にした義勇の視線が、ふと止まる。
「……綺麗な芍薬……」
茉子の声を聞いて、カナヲはにっこりと笑った。
「茉子が、刀鍛冶の里から帰ってきた時に見せてくれた技……」
「……あ」
「『削らないようにって教わった』って言ってたよね」
カナヲは、茉子の隣にいる義勇へ視線を向けた。
「あれは、水柱様から教わったものだったんだね」
「……うん」
「すごく、綺麗な芍薬だった」
カナヲはそう言うと、茉子へ芍薬の花束を差し出した。
「白い芍薬の花言葉は、『幸せな結婚』なんだって」
茉子は、腕の中の芍薬に目を落とした。
「……ありがとう、カナヲ」
「うん」
カナヲは、嬉しそうに笑った。
「義勇さん、見て見て!」
「…………」
茉子は笑顔で、その芍薬の花束を義勇に見せた。
「義勇さん、芍薬のこと『昔、よく見ていた』って言ってましたもんね」
——姉に教えてもらった花。
『生まれた日にちなんだ花があるの』
『強くて、でも優しい花。義勇みたいだね』
「……ああ」
義勇は、茉子の腕の中にある白い芍薬を、しばらく見つめる。
「……好きな花だ」
義勇は、静かに微笑んだ。
その後も、笑い声はなかなか途切れなかった。
誰かが笑えば、また誰かが笑う。
賑やかな声は、日が傾いても続いていた。
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——それから、しばらくが経った。
朝の光が、障子越しに差し込んでいた。
「……ん。おはようございます」
「……ああ」
目を覚ました茉子は、目を擦った。
隣には義勇がいた。
「今日、いい天気ですね」
「そうだな」
茉子は布団から出ると、障子を開けた。
外には、澄んだ秋の空が広がっている。
一匹のトンボが、庭先を横切っていった。
「すっかり秋ですね」
茉子はそのまま庭先へ出た。
義勇も、少し遅れてその後に続く。
「……寒くないか」
「だいじょーぶ!」
茉子はそう答えると、その場にしゃがみ込んだ。
庭の草花には、朝露が降りていた。
指先でそっと葉に触れる。
小さな雫が揺れ、朝の光を映した。
「綺麗ですね」
「……ああ」
——朝の風が吹き、ふわりと花の香りがした。
茉子は立ち上がると、義勇の顔を見上げた。
「朝ご飯にしましょうか」
「……そうだな」
二人は並んで、家の中へ戻っていった。
葉先に残った朝露は、朝の光を受けて、静かに煌めいていた。