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6.陽だまり
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茉子が風呂から上がると、義勇は次に続いた。
水を一杯飲み干したあと、荷物を解く。
大した荷物はない。
簪は、今身につけている義勇にもらったものだけ。
蝶のピアスも身につけたまま。
櫛と、解剖学と薬学の本。
それだけ出して、あとの細々したものは、風呂敷に入れたまま、そっとしまった。
消毒剤やら、包帯やら、義勇に使っていたものは置きっぱなし。調合に使う器具も、ここの近くで買ったものを置きっぱなしだ。
「えっと、あとは……」
茉子は部屋を見渡す。
(……義勇さん、疲れたって言ってたし……布団でも敷いとくかな)
ふと、そんなことを思い、押し入れを開ける。
広い押し入れの中に、一組の布団。
それしかなかった。
「あれ?」
いくら探しても、布団一組だけ。
(……それもそうか)
とても広い家。
来客用の布団くらいあってもいいものだが、義勇の性格やこれまでの生活を考えると驚くほどのことでもなかった。
人を招くような暮らしをして来なかった人だ。
「……じゃ、これだけ敷くかぁ」
茉子はその一組の布団を広げる。
(……明日、買いに行かないと……)
そこまで考えて、思考が止まる。
(………え?今日は……?)
「…………………」
本当に勢いだけで来てしまった自分に、今更驚く。
(……嬉しさのあまり、ただ付いてきてしまった……)
反省したところで、もう遅い。
「……もう敷いたのか」
男の湯浴みは早い。
茉子は驚きのあまり、勢いよく振り返る。
「?!」
「……?」
義勇は手拭いを首に掛けたまま、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「……何だ」
「い、いえ、別に……!」
目も合わせず、明らかに動揺している茉子。
さすがの義勇も、異変に気付く。
「あの……布団ってこの一組だけ……?」
「……そうだが」
「そっか。えっと……あれですね、明日にでも買いに行った方が」
「………?いらないだろう」
「え?いるでしょ?私、毎日ここにいるんですよ?」
「………こっちに来るだろう」
「え?」
「……朝方、寒くなれば。来るだろう」
それは、刀鍛冶の里での出来事。
朝方少し寒くて、無意識に義勇の布団へ入った。
無意識に。
確かに、そうだ。
「………っ!あ、あれは、寝ぼけてたからっ……」
「……知っている」
「だったら!」
「……『安心できる人だから、大丈夫ってことですよね』」
「………?」
「里で初めて布団を並べた時に、お前が言った言葉だ」
「え?そんなこと言った?」
「言った」
「……そうだっけ……」
「こっちの気も知らずに」
「う……」
声が小さくなる茉子。
「今更だろう」
「……いま、さら……」
茉子は固まる。
そういえば、疲れて勝手に寝落ちして気づけばここの布団で寝ていたこともある。
ただ、あの時は本当に疲れていたので、茉子としては不可抗力。
一夜を共にしたこともある。
あれは意を決して訪れたわけだが、緊張のあまり、布団のことなど記憶にない。
しかし、状況証拠的に見れば、まさに今更。
「…………」
「最初から、ここにいればいい」
「…………っ」
「違うのか」
「そうだけど!違うの!」
「…………」
義勇は何も言わなかった。
ただ、ムキになる茉子を見て、ほんの少しだけ口元を緩める。
(………)
柔らかなその表情に、茉子はピタリと止まる。
「……義勇さん、その顔……」
「………」
「……ずるいです」
「……お前に言われたくない」
「え?なんで?!」
目を丸くする茉子を見て、義勇はまた僅かに口元を緩めた。
「……寝るぞ」
「………っ」
義勇は、何事もなかったかのように布団へ向かう。
灯りを消して、布団に入る。
天井を見る。
「………」
「………」
「……義勇さん」
「何だ」
「……なんか、不思議ですね」
「……何がだ」
「明日の朝も、ここにいるんですよね」
「……ああ」
「……思い返したら、義勇さんとの思い出って任務とかばっかりで」
「……そうだな」
「楽しかったこと思い出そうとしても、だいたい鬼も一緒に出てくるんですよね……」
「………」
「さっきもお風呂で水の音聞いたら、あの気持ち悪い鬼のこと思い出しました……」
「……呼吸をずらしてきた鬼か」
「そう!」
「怒っていたな」
「そうそう!!……って、なんで盛り上がっちゃうの……ほんとに嫌……」
茉子は話しながら思わず笑ってしまう。
「……だから、普通に一緒に過ごせるの、本当に嬉しい」
義勇は、茉子を見た。
微笑む茉子と、視線が合う。
「……お前は、本当に」
「………?」
義勇はそう言って、茉子の方に体を向けた。
左腕で茉子をそっと抱きしめる。
見上げると、義勇の顔がすぐ近くにあった。
「………っ」
義勇の唇が落ちてくる。
二人の唇が、静かに重なった。
そのあと、茉子は視線を合わせることなく、義勇の胸に顔を埋めた。
「……やっぱり、緊張します……」
「……そうだな」
茉子はモゾモゾと動き、義勇の胸に耳をあてた。
「……ふふ、ほんとだ」
「……何の確認だ……」
義勇はそう言ったあと、茉子の頭に手を添えた。
「……でも、安心します」
そばで、体温を感じられることが。
「……そうだな」
義勇は深く息を吐いたあと、もう少しだけ強く茉子を抱きしめた。
「……おやすみなさい」
「……ああ」
少しだけ速い。
けれど、規則正しい鼓動を聞きながら、茉子はゆっくりと目を閉じた。