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ボーダー女子は王子を知りたい

2月の朝はまだ冬の姿を現していて、学校に着くまでの間に体は冷たい風にさらされる。やっとのことで教室に着いても、暖房はまだ全体に行き届かなくて空気は少し寒い。開始時刻まで、机の冷たさを肌に触れる範囲で温めることに努めていた。

「ランク戦どうだった?」

一人で机に突っ伏してじっとしていると隣の席から声を掛けられる。
腕の隙間から顔を出してみると、見慣れた王子だった。
やあ、なんて今更の挨拶をされて、わたしも挨拶を返してみる。

「どうだったって、アンタのところの?」

「そう。僕たちの」

久しぶりに学校で遭遇したと思えば、開口一番に昨日のランク戦のことで少し呆れる。クラスメイトたちは受験や就職の準備に忙しく、登校する人もまばらだ。わたしたちは同じボーダーに所属してそれなりに進路も似通っていて、聞いていないが王子も大学に行くのだろう。一緒に過ごす時間はそれなりに多いと自負していて、だからわざわざ受験の話題はしてこなかったし、長ったらしい言葉を並べたが、ボーダー一色の会話に慣れすぎてしまった。とりあえず彼に聞かれた感想を伝えることにした。

「うん、正直作戦とか実況聞くまで意図が分からなかった。だから感想としては、メガネの子倒すときに首を掴んだのは少し引いちゃった」

「これは手厳しい。倒すときは優しく思いやりを込めてやらなきゃいけないね」

「わたしが甘いだけだから、王子のアレは別に悪くないよ。うん、相手に直接触れてそこから刃を貫通させるの初めて見て、そんなやり方もあるのか~って思っただけ」

「まだB級に上がったばかりじゃ、チーム戦に慣れないのも仕方ないと思うけど」

「何言ってるんですかアンタは」

本日再びの呆れ。まさかそんな冗談を言われるとは思っていなかった。いや、本当は分かっていたかもしれない。王子と話してその冗談を口に出さない日の方が少ないのだ。


「王子はわたしに甘いよ。ずっと前にBに上がった人はもう初心者って言えない」

「僕からしたらまだまだ初心者だよ」

高校1年の夏に、わたしはボーダーに入隊した。入隊理由は、そんなに重くはなくて、特にやりたいことがなかったからだ。仲のいい友人がボーダーで働いていることもきっかけだった。何かを始めるときは、知り合いがいると安心できる。そんなことを思って入隊試験に挑んだ気がする。結果受かって友人に報告したら、働く職種が違くて一緒にいる時間が少ないことに戸惑った記憶がある。それでも何度か一緒に仕事をすることは出来た。

ボーダーに入ってから知り合って仲良くなったのが王子だ。学校には正隊員が多く在籍していて、わたしを本部で見かけたことのある顔だと話しかけてきたのが始まりだ。今は同じクラスで、どっちかが防衛任務に入っていたら、ノートを貸し借りするのも常だ。

防衛任務を一人でこなすことはないから、一緒になる隊員さんたちに教わることもある。
わたしだってチーム戦とは何かある程度は知っている。最初からアシストするという気持ちで臨めば割と上手いと自負している。ただ咄嗟の援護や連携をうまく出来るかは別だ。どう頑張っても、普段から同じ隊にいる人たちの連携にはかなわない。


近界民を特別恨むことはなかった。大規模侵攻で住んでいた妙に安いアパートは倒壊してしまったけれど、わたしの周りに死んでしまった人がいなかったから。少し他人事に思ってしまう罪悪感とただ、自分の身の安全と、単純にお金が欲しかった。一人暮らしは仕送りだけではつらいのだ。

1年の途中に入って、年を越す前に正隊員になったから同期の中でも遅くはない。それなのに、王子はわたしを初心者扱いする。初めは同い年の隊員たちからも同じように世話されていたが、しばらくすれば一人前に扱ってくれた。なのに、2年経ってもこいつは変わらない。
ずっと、わたしに甘いのだ。

「ねえ、王子」

「どうしたの?」


呼ばれた王子は、小さな子供を見ているように、こちらに顔を向ける。あまり感情をそのまま顔に乗せる男ではないことは知っている。いつも綺麗に笑っている顔が今だけ恨めしい。

いつもと変わらないその顔が、気にくわなくて。でも理由まではつかめなくて、その瞳を見るだけで、なんだかもやもやして仕方がない。感情を隠してしまうその整っている顔を見ることしかできなかった。

「わたしのことも、ちゃんと見てよ」

咄嗟の一言がなかなか恥ずかしかった。どうして子供じみたことを言ってしまったのだろう。これでは構ってもらえなくて拗ねているみたいではないか。
隠れた彼の本心のようなものを暴いてみたかったけれど、わたしには無理そうだ。

「見てるよ、きみよりずっと」

いつもと同じように、万人に好まれる笑顔でそう言った。

「好きな子の様子は見ていたくて、構いたくなるよね」

爆弾発言を残しながら。


すきなこ。好きな子。好きな子を見ていたいと言った。そしてわたしをわたしよりも見ていると言った。ということは、王子はわたしが好きなのか?待ってほしい。脳内処理が追いつかない。オペレーターでもないのに情報処理をさせようとしないでほしい。



そのあとすぐにチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まった。
先生が何かを話しているけれど頭に内容が入ってこない。どうしてか、なんだか。ずっとそんな言葉が頭の中に埋まる。ちらりと横目で様子を伺ったが、すぐに前を向いて真面目に先生の話を聞いていた。わたしが混乱しているにもかかわらず、どこ吹く風だと平常運転の王子が憎い。知りたかった王子の心の中身を、考えたことのないスケールで教えてもらった気がする。

どうしよう、バレンタインに本命チョコをあげてないのに、お返しを貰った気分だった。
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