むじょえま小説
「このゲームをやっているハンターは誰もが思う事なのですが」
ギリギリ、ギリギリと首から聴こえてくるかのような圧迫感。
宙に浮いた足をバタつかせるが無駄に体力を消費するだけで彼の体幹は全くブレることはない。
そう、私は彼に、白い衣装を纏っている白黒無常というハンターに首を掴まれ宙に浮かされている。
いつもよりもかなり視点が高い。ここは湖景村の船の上なのでより空に近くなった気分だ。
苦しい、死んでしまう、助けて。
その言葉が頭の中をグルグル回転する。パニック状態。
しかしその中でも彼の声だけは耳の中に入ってくる。助かるために彼の言葉を一言も聞き漏らさないように、そんな防衛本能から来るものだろうか。
「試合中にサバイバーを殺してしまった場合どのようなペナルティがつくんでしょうね?大したことでないといいんですが」
ああ、彼は本気で私を殺しにきている。何故だ、何故私が、苦しい、息が、苦しい、だれか助けて
そうだ、エマちゃん、さっきまで近くにいたエマちゃん、助けて
「何を探してるんですか?」
「ぐはっ」
「まさかとは思いますが、彼女を探しているんじゃないですよね?」
痛い痛い痛い!爪が喉に食い込み、血が流れているのがわかる。た、たすけて。
「馴れ馴れしく彼女を呼び、いやらしい目で彼女を見ていましたよね?」
「あ、ぐ」
「それどころか最近は彼女にずっとべったりで、スキンシップと称して身体を好き放題触っていましたよね。彼女があれほど嫌がってたのに無理やり」
何故、このハンターは、その事を知っているんだ?
「恋人でもないのに、彼女に好かれているわけでもないのに」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ
「目障りな男」
なんなんだこのハンターは。エマちゃんのなんなんだ。コイツも彼女に恋慕しているというのか。化け物のくせに、ハンターのくせに!
「このまま縊り殺すのもいいですが、全身身動き出来ないようにして海にでもおとしてしまいましょうか」
「ううう、くく、うう、ぐぇっ」
「それとも……ふふ、生かしてあげてもいいですけど宦官のように男根を除去してみましょうか?勿論私に医療の心得はありませんので捻り切ることになりますが別に構いませんよね?」
やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ!!
た、たすけて、たすけてくれ!!
「白さん!!やめてほしいなの!!」
ドシャリ、と掴まれた手を離され船の床に容赦なく激突した。
ゴホゴホと咳をして必死に息を吸った。
ああ、エマちゃん。私の可愛いシニョリーナ。助けに来てくれたのか。
「白さんやめて。お願いなの」
「貴女がこの男から普段過剰なスキンシップを取られて恐怖していたのは知っています。大丈夫、安心して私達に任せて下さい」
「なんでそんな事を貴方は知ってるなの!?ゲームの時以外は会ったこともないのに」
「いいえ、我々ハンターは貴女達サバイバーの屋敷のどこかにずっといますよ」
「え!?」
なんだと?どういう事だ?ハンターはずっと屋敷にいる?
…………そう言えば、白黒無常の持っている傘はエマちゃんとスキンシップしている時に風で飛ばされて邪魔しにきた傘に似ているような???彼が屋敷の中にいて彼女を助けるために飛ばしてきたというのか???
わからない、わからない。もう嫌だこんなの。エマちゃんとこんな荘園から逃げ出してしまいたい。
グシャッ
「っ、あああああっ!!?」
白黒無常の傘が床に倒れていた私の腕に突き刺さる。貫通はしてないがかなりの力で押さえつけられていて痛い。骨が折れたのではないだろうか??
「どうやら『彼』も貴方が気に入らないようです。やはり、殺しましょう」
「お願い!!やめて無常さん!!なんでもするからその人を殺さないでほしいなの!」
エマちゃんがそう言うと白黒無常の動きがピタッと止まった。私の腕から傘を退けてエマちゃんに近づいていく。ああ、シニョリーナ。その台詞は何が何でも言うべきではなかった。たとえ私が殺されたとしても言うべきではなかったのだ。
「なんでもしてくださるのですか?本当に?」
「はい。エマにできる事ならなんでもしますなの」
震える体で祈るポーズをし、白黒無常の采配を待つエマちゃん。ハンターの表情は私からは見えないがきっと恐ろしい捕食者の目をしているに違いない。
白黒無常はエマちゃんを抱きしめ、傘を広げて言った。
「では私達とずっと一緒にいてください」
ここにいてくれ、永遠に
そんな言葉が聞こえた気がした。
そしてエマちゃんは白黒無常と共に傘に飲み込まれ、そして傘は彼方に飛んでいった。
残ったのは、私のみ。
「神よ、心優しい彼女に救いを与えるたまえ」
別に私は聖職者でも信者でもないのに、そう祈らずにはいられなかった。
何もできずにシニョリーナをみすみす怪物に取られた哀れな男にはそれくらいしかできなかったのだ。
おわり
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