Metropolis Unknown Antiques
私が自身の身体のパーツを綺麗に磨くという地味なメンテナンスを手伝ってくれているエマとたわいのない雑談をしていた。
その中の一つに彼女は食いついた。
「明日花火が上がるの?」
「ああ。明日はメトロポリス設立記念日だからね。盛大に花火が上がる事になっているんだ」
「へ、へぇー、そうなの、花火が、ふぅーん」
「………」
我々一味はエマを『ジョゼフ』なる人物から守る事に決めた。
アジトの一つを破壊された恨みもあるが……彼女の人懐っこい性格がみんなの心を一つにさせたのだ。
エマは自身の歌声で電子の命令コードを書き換える事ができる。ロボットや作業機械、我々人造人間でさえ可能だと言う。
恐ろしい能力だ。
ジョゼフなる者もその能力を利用して良からぬ事をする為に彼女を手元に置いておきたくて刺客である白い男やボンボンを送りつけたのだろう。
けれど、エマ自身は自分の為にその能力を使う事はしない。
心優しい娘なのだ。
私もみんなも、守りたいと思った。
最初はエマはみんなを巻き込めないと逃げようとしたけれど、一瞬でウィリアムに捕まった。もう今更だから気にするなとみんなでエマを説得し、二つ目のアジトで情報を集めつつ機会を待っている。
エマは基本的にアジトで待機だ。籠の鳥の中が嫌で出てきたのにまた軟禁生活なのは可哀想であるが……彼女も納得してくれている。
「ルカさん達が一緒に居てくれるからいいの」
そう言ってくれた。
そんなエマが今、ソワソワしていた。それはもうわかりやすく。
「大きな花火ならここの窓から見えるかしら」
「残念だけど、ここはメインストリートから外れているし、周りには高層ビルが建ち並んでいるから難しいよ」
「そ、そうなの……」
露骨に落ち込むエマ。
もしかして、花火すら見たことが無かったんだろうか?
「ジョゼフの所で花火は見えなかったのかい?高層マンションだったんだろう?」
「その、夜はジョゼフさん相手をしなくちゃいけない時間で……窓の外なんて見せて貰えなかったの。本当はこの前、脱走して初めて夜空を見たくらいなの」
「夜の相手?もしかして夜伽でもさせられていたのか?」
私がそう聞くとエマは一瞬フリーズしたと思ったら少し顔を赤くしつつ早口で話し始めた。
「ち、違うの!話し相手なの!ジョゼフさん、意地悪だったけどそう言った事はしてこなかったなの!」
「そうか。すまない」
「本当なのよ?エッチなことはされてないの」
「そんなに必死にならなくてもいいよ。君を疑ったりなんてしていない」
「なら良いのだけど……」
人造人間は人間をベースにAIが作られている。基本的に人間とほぼ同じ思考を持つ。
つまり欲があるのだ。
このメトロポリスが嘘まみれなのもそのせいだ。
わざわざ余分なモノにリソースを割くのは理解し難い……と思わなくもないが、欲がないと文明は発展しない。そう言う意味では人間よりも長く稼働し、人間の様に文明を発展させてる我々人造人間には必要なのかもしれない。
その欲の中に性欲というものがある。
彼女が言うに、ジョゼフはエマを性欲のままに慰め者には使わずあくまで愛でていただけの様だった。けれど、鳥籠に閉じ込めて夜景すら見せないなんて独占欲が異常すぎる。身体を暴かれるのも時間の問題だったのかもしれない。
いや、それとも能力だけ目当てだから暴かなかったのだろうか?
どちらにせよ、エマは本当によく脱走を決意してくれたと思う。
「だから花火も見たかったんだけど……見えないのは残念なの」
「エマ……」
「でも、普通の夜空もとっても素敵ね!映像で見た時よりもお星様って見えないのには驚いたの」
「メトロポリスは夜でも明るすぎて、星々の光が見えにくくなってるんだ」
「そうなのね。ルカさんはとっても物知りなの」
「この位データーベースにアクセスすればすぐ解るよ」
「エマはアンティーク?という古い人造人間なのでしょう?それなら自分で検索するよりもルカさんに教えてもらった方が早いの!」
資料で見たアンティークよりもエマは高性能には見えるが(どんな最新型でも命令の書き換えは歌うだけで簡単に行えない)、検索機能や身体機能はやはり私や他の人造人間には劣る。
とは言え、
「私は君の検索システムじゃないんだが」
「ふふふ、確かに!」
そのタイミングでエマと目が合った。彼女は幸せそうにふにゃりと笑った。
つられて私も笑みをこぼした。
「花火か……私としては連れて行ってやりたいのだが」
「えっ!?本当!?」
「パトリシアとビクターが許さないだろうな」
「うう……やっぱりそうよね……」
パトリシアとビクターはエマに過保護なのだ。人の多い花火に連れ出すなんて許しはしないだろう。
一味全員がエマの護衛に当たれるのなら渋々許してくれるかもしれないが、生憎その日は私以外のメンバーは全員表の仕事の予定が入っている。
いや、待てよ?なら逆にエマを連れ出して花火を見せてやれるチャンスなのでは?
「エマ、私と共犯者になる勇気はあるかい?」
「え?ルカさんどう言うこと?」
メトロポリス設立記念日当日の夕方。エマがエマだとバレないように、靴とローブを用意して彼女に着せる。
「タイムリミットは1時間だ。それ以上アジトを空けるとホセにバレてしまう」
「ラジャーなの!」
「ここから10分ほど離れた場所にとある資産家の持ち家がある。その家のシステムをハッキングして屋上を借りる。そこで花火パーティーだ」
「そんな事をして大丈夫かしら?」
「平気だ。その資産家は設立記念パーティーに参加する為に花火の時間帯は家に居ない。家に高さはそこまでないが、高層マンションやビルの隙間が結構ある良い花火スポットなんだ。私有地だから混雑もしていない。適切な場所さ」
「さすがルカさんなの!下調べバッチリなの!」
「ふふん。まぁね」
なんかこうやって素直に褒めてもらえるの久しぶりだな。一味のメンバーは私の能力を熟知しているから「出来て当然」みたいな所あるから。まぁ、私も彼らに対してそうなんだけど。
「どうしよう!とってもワクワクし過ぎて、ショートしそうなの!」
「はは。落ち着きたまえ」
エマは出会った当初から表情が他の人造人間に比べて豊かだった。
まるで自分がいつも映写室の仕事をしている時に流している『人間』のようだと思った。
初対面の時の怯えた顔、ボンボンに向かっていた勇気のある顔、そして自身の能力を見せてしまった時の悲しい顔、一味のみんなに引き止められて嬉し泣きをしそうになった顔、そして今の、ワクワクした笑顔。
私はどの表情も好ましく思っているが……やはり、今私だけに向けられているこの笑顔が一番好きだと思った。
そこで少し、ほんの少しだけ彼女を鳥籠に閉じ込めた顔も知らないジョゼフという男の気持ちがわかった気がした。
けれど、やはり私は閉じ込めるよりも自由を謳歌するエマを見る方が性に合っていると思った。
「行こうか、エマ」
「はいなの!ルカさん!」
彼女の手を取り、夜の街に繰り出す。メインストリートを横切って、奥にあるとある資産家の家へ。そしてハッキングもアッサリ成功し、侵入も滞りなく行われて私達は屋上で誰の邪魔もされずに花火を観賞する事が出来た。
「うわぁー!すごい!大迫力なのー!見て!ルカさん!とってもとっても綺麗なのー!」
「見てるよ。確かにすごいね」
どちらかと言えば花火にはしゃぐエマを見ていた事を言ってる途中で気づき慌てて目線を花火に戻した。
なんだか恥ずかしい。
ああ、でも。私は花火ではなく喜ぶエマが見たかったのだ。だからやはりエマを眺めていてもバチは当たらないだろうと思い、再び彼女を見た。
「ん?なぁに?」
「いいや。君が喜んでくれて良かったなって思っただけさ」
「ええ!とっても嬉しいの!ありがとうルカさん!!」
興奮を残しつつ、けれどしっかりと隠密をしてアジト付近まで近づいていく。
まだ花火は上がっているけれども、最後までいてはタイムリミットをオーバーしてしまうからだ。
「名残惜しいけれど、来年みんなで最後まで見に行こう」
「……!はいなの!」
エマは満面の笑みを見せてくれて私も満足感を得る。
今日は急拵えだったからあの場所にしたが、来年はもっと早くから場所取りなどの手回しをしよう。そうすればもっと良い環境で鑑賞ができるだろう。
なんだか私も楽しみになってきた。
「ん?」
私の目のレーダーに何かが引っかかる。
アジトの前に、見知らぬモノがいる?
「エマ、隠れて」
「誰か居るの?」
「ああ、そうみたいだ」
物陰に隠れて対象を注意深く観察する。
最近取り付けたばかりの暗視モードに切り替える。
背の高い男性型の人造人間がアジトの周りをウロウロしていた。
見るからに怪しい。
スキャン開始。
『役職コード:軍楽隊』
ふむ。音楽に感する役職の人造人間ならば、私よりも目の性能は下だろう。
敵か味方かわからない以上、この場を離れて皆んなが帰ってくるのを待った方が良いだろう。
エマ、奴に見つからないようにここから離れよう
そう脳内通信で彼女に伝えて少し身じろぎをした瞬間だった。
「帰ってきたか、盗人と『怪鳥』」
軍楽隊がこちらに振り向いた。
何故場所がバレた?
こちらは物音一つ立ててないと言うのに!?
「隠れても無駄だ。私は『軍楽隊』。通常の人造人間より耳が良い」
軍楽隊はゆっくりとした足取りで、確実にこちらに向かっている。
まずい。
「特に脳内通信の音はとても耳障りが悪くて感知しやすいのだよ」
軍楽隊の髪の毛が揺れる。いや、あれは動くのか?意志を持って、私達の居る方に伸ばされる。
「逃げるぞ!エマ!!」
「ええ!」
私はエマの手を引いて逃げ出した。
エマもしっかりと走ってついてくる。
「そんなに大きな足音を立ててもいいのか?私に居場所がバレバレだぞ?」
男の背は高く、足も長い。悠長に歩いているように見えるが、一歩一歩のコンパスが大きい。どれだけ走ってもすぐに追いつかれてしまいそうだ。
「ならばまたエマが歌うの!」
エマは走りつつ軍楽隊に与えられた命令を書き換える為に歌った。
しかし
「音楽家である私の前で歌を歌うならばもっと技術を磨きたまえ」
軍楽隊は持っていたヴァイオリンを乱暴に奏で、エマの歌声を掻き消した。
エマの歌は本人の耳に聴こえていないと意味がないのだ。
「ごめんなさい、ルカさん。エマ、役立たずで」
「そんな事はない。君を捕まえるための刺客なんだ。君対策が出来る者が来る方が当たり前なんだ」
私はエマを励ましつつ最適なルートを選びつつ人通りの多い場所に行けるように走る。
時折軍楽隊は変な音符のようなエネルギー弾を飛ばしてくる。当たっては居ないが、当たればただでは済まないだろう。
そう思うとゾッとした。
まずい。まずいぞ。
寒霜もボンボンも、戦闘が出来る刺客だった。この軍楽隊も、エネルギー弾だけではなく他にも戦闘方法はあるのだろう。
もちろん、刺客対策はいくつか考えていたがそれは一味全員が揃っている状態でしか想定していなかった。
何故ならば、今回のアジトの場所をバレる想定はしていなかったからだ。
このアジトはホセが見つけた、一味しか知らないとっておきの場所だ。なのに何故、一味のメンバーが少ない日時にエマが居る事を知ってる刺客がアジトで待ち伏せをしていた?
何故?
「人通りの多い道に出れたなの!」
まだ花火が上がっている。集まって花火を見ている人造人間達がうじゃうじゃいる場所まで来れた。
よし。これならばヤツを撒ける!
「人混みに紛れて逃げ切る。絶対に私の手を離すなよ、エマ!」
私がそう言うとエマは嬉しそうに笑った。
「うん!絶対にルカさんを離さないなの!」
私達は改めて手をしっかりと握り合い、人混みを掻き分けて進んでいく。
私達を追いかけていた軍楽隊もようやく人混みの所まで追いついていたが、私達が人混みに紛れてしまい見失ったようで呆然としていた。
「やったぁ!ルカさんすごいなの!」
「奴が聴覚にのみ特化していると自白してくれたからね。これならもう追いつけないさ」
私とエマが勝利を確信した瞬間だった。
「私を舐めるな!!」
ギャギャギャギャ!!
とヴァイオリンの悲鳴の様な音が聞こえた。
そして花火を見ていた人造人間達が吹き飛ばされていた。
「えっ」
「な、なに!?」
どうやらヴァイオリンの音色の衝撃波のようなモノで皆を吹き飛ばしたようだ。
これには花火に夢中だった人造人間達も驚き、パニックになる。
「逃げるな『怪鳥』!逃げればこのまま無差別に攻撃を行うぞ!」
軍楽隊はそんな脅しをかけてきた。
卑怯な男だ。
あんな男の言う事は無視して逃げるべきだ。
私はそう判断した。
けれど
「………」
「エマ?」
エマの足が止まった。
「エマ、どうしたんだ?」
「……みんなが、エマのせいで、攻撃されてるの」
立ち止まっている私達は邪魔なのだろう。逃げ惑う人造人間達の肩や手が時々身体に当たる。
「君のせいじゃない。いいから早く逃げよう」
グシャッ、と誰かの手のパーツが足元に転がってきた。
第二の衝撃波が放たれたようだ。
「でも」
「暫くすれば警備隊も来る。だから大丈夫だ」
「大丈夫じゃないの!!」
エマは声を荒げて、私の手を離した。
そして転がってきた誰かの手を悲しそうに拾った。
「エマのワガママのせいで、誰かが怪我をするのは嫌なの」
「腕のパーツなんて新しいのを付ければ問題ない。君がそんなに悲しむ必要はないだろう」
「エマは、ルカさんや一味のみんなの腕が取れちゃったり、ボロボロにされるのを見たくないなの」
ほろり、とエマの目から水滴が溢れた。
いや、これは、もしかして『涙』なのか?
映画で幾度も見た『涙』。
人間の感情が昂った時に流れる雫。
それがエマの目から流れ出ていた。
場違いにも私はそれを魅力的な現象だと思った。
映画で観た時は何も感じなかったのに。
次の瞬間、エマは歌を歌った。
軍楽隊にではない。
私に対して歌を歌ったのだ。
「ぐ、うっ」
頭が痛い。思わず蹲るが、痛みは続く。
エマの歌により強制的に電脳が弄られているのだ。
『この場は一人で逃げろ』?だと?
馬鹿な事を言うな!
君を置いて行けない!!
「お願い。抵抗しないで。苦しくなるだけなの」
「いやだ、エマ……!」
「ルカさん。あの日、エマを助けてくれてありがとう。ホセさんにパトリシアさんにウィリアムさん、そしてビクターさん。素敵な人達に合わせてくれてありがとう」
そんな事言わないでくれ。
もう二度と会えないみたいな、最後の言葉なんて聞きたくない!!
「エマ、うぅ……、いやだ……」
「隠れての暮らしだったけど、みんなが居てくれて楽しかった。今日、ルカさんと一緒に花火を見れたのは、1番の思い出なの」
「行くな!エマ!!」
「大好きよ」
『命令コードの書き換えが終了しました。』
to be continued……
その中の一つに彼女は食いついた。
「明日花火が上がるの?」
「ああ。明日はメトロポリス設立記念日だからね。盛大に花火が上がる事になっているんだ」
「へ、へぇー、そうなの、花火が、ふぅーん」
「………」
我々一味はエマを『ジョゼフ』なる人物から守る事に決めた。
アジトの一つを破壊された恨みもあるが……彼女の人懐っこい性格がみんなの心を一つにさせたのだ。
エマは自身の歌声で電子の命令コードを書き換える事ができる。ロボットや作業機械、我々人造人間でさえ可能だと言う。
恐ろしい能力だ。
ジョゼフなる者もその能力を利用して良からぬ事をする為に彼女を手元に置いておきたくて刺客である白い男やボンボンを送りつけたのだろう。
けれど、エマ自身は自分の為にその能力を使う事はしない。
心優しい娘なのだ。
私もみんなも、守りたいと思った。
最初はエマはみんなを巻き込めないと逃げようとしたけれど、一瞬でウィリアムに捕まった。もう今更だから気にするなとみんなでエマを説得し、二つ目のアジトで情報を集めつつ機会を待っている。
エマは基本的にアジトで待機だ。籠の鳥の中が嫌で出てきたのにまた軟禁生活なのは可哀想であるが……彼女も納得してくれている。
「ルカさん達が一緒に居てくれるからいいの」
そう言ってくれた。
そんなエマが今、ソワソワしていた。それはもうわかりやすく。
「大きな花火ならここの窓から見えるかしら」
「残念だけど、ここはメインストリートから外れているし、周りには高層ビルが建ち並んでいるから難しいよ」
「そ、そうなの……」
露骨に落ち込むエマ。
もしかして、花火すら見たことが無かったんだろうか?
「ジョゼフの所で花火は見えなかったのかい?高層マンションだったんだろう?」
「その、夜はジョゼフさん相手をしなくちゃいけない時間で……窓の外なんて見せて貰えなかったの。本当はこの前、脱走して初めて夜空を見たくらいなの」
「夜の相手?もしかして夜伽でもさせられていたのか?」
私がそう聞くとエマは一瞬フリーズしたと思ったら少し顔を赤くしつつ早口で話し始めた。
「ち、違うの!話し相手なの!ジョゼフさん、意地悪だったけどそう言った事はしてこなかったなの!」
「そうか。すまない」
「本当なのよ?エッチなことはされてないの」
「そんなに必死にならなくてもいいよ。君を疑ったりなんてしていない」
「なら良いのだけど……」
人造人間は人間をベースにAIが作られている。基本的に人間とほぼ同じ思考を持つ。
つまり欲があるのだ。
このメトロポリスが嘘まみれなのもそのせいだ。
わざわざ余分なモノにリソースを割くのは理解し難い……と思わなくもないが、欲がないと文明は発展しない。そう言う意味では人間よりも長く稼働し、人間の様に文明を発展させてる我々人造人間には必要なのかもしれない。
その欲の中に性欲というものがある。
彼女が言うに、ジョゼフはエマを性欲のままに慰め者には使わずあくまで愛でていただけの様だった。けれど、鳥籠に閉じ込めて夜景すら見せないなんて独占欲が異常すぎる。身体を暴かれるのも時間の問題だったのかもしれない。
いや、それとも能力だけ目当てだから暴かなかったのだろうか?
どちらにせよ、エマは本当によく脱走を決意してくれたと思う。
「だから花火も見たかったんだけど……見えないのは残念なの」
「エマ……」
「でも、普通の夜空もとっても素敵ね!映像で見た時よりもお星様って見えないのには驚いたの」
「メトロポリスは夜でも明るすぎて、星々の光が見えにくくなってるんだ」
「そうなのね。ルカさんはとっても物知りなの」
「この位データーベースにアクセスすればすぐ解るよ」
「エマはアンティーク?という古い人造人間なのでしょう?それなら自分で検索するよりもルカさんに教えてもらった方が早いの!」
資料で見たアンティークよりもエマは高性能には見えるが(どんな最新型でも命令の書き換えは歌うだけで簡単に行えない)、検索機能や身体機能はやはり私や他の人造人間には劣る。
とは言え、
「私は君の検索システムじゃないんだが」
「ふふふ、確かに!」
そのタイミングでエマと目が合った。彼女は幸せそうにふにゃりと笑った。
つられて私も笑みをこぼした。
「花火か……私としては連れて行ってやりたいのだが」
「えっ!?本当!?」
「パトリシアとビクターが許さないだろうな」
「うう……やっぱりそうよね……」
パトリシアとビクターはエマに過保護なのだ。人の多い花火に連れ出すなんて許しはしないだろう。
一味全員がエマの護衛に当たれるのなら渋々許してくれるかもしれないが、生憎その日は私以外のメンバーは全員表の仕事の予定が入っている。
いや、待てよ?なら逆にエマを連れ出して花火を見せてやれるチャンスなのでは?
「エマ、私と共犯者になる勇気はあるかい?」
「え?ルカさんどう言うこと?」
メトロポリス設立記念日当日の夕方。エマがエマだとバレないように、靴とローブを用意して彼女に着せる。
「タイムリミットは1時間だ。それ以上アジトを空けるとホセにバレてしまう」
「ラジャーなの!」
「ここから10分ほど離れた場所にとある資産家の持ち家がある。その家のシステムをハッキングして屋上を借りる。そこで花火パーティーだ」
「そんな事をして大丈夫かしら?」
「平気だ。その資産家は設立記念パーティーに参加する為に花火の時間帯は家に居ない。家に高さはそこまでないが、高層マンションやビルの隙間が結構ある良い花火スポットなんだ。私有地だから混雑もしていない。適切な場所さ」
「さすがルカさんなの!下調べバッチリなの!」
「ふふん。まぁね」
なんかこうやって素直に褒めてもらえるの久しぶりだな。一味のメンバーは私の能力を熟知しているから「出来て当然」みたいな所あるから。まぁ、私も彼らに対してそうなんだけど。
「どうしよう!とってもワクワクし過ぎて、ショートしそうなの!」
「はは。落ち着きたまえ」
エマは出会った当初から表情が他の人造人間に比べて豊かだった。
まるで自分がいつも映写室の仕事をしている時に流している『人間』のようだと思った。
初対面の時の怯えた顔、ボンボンに向かっていた勇気のある顔、そして自身の能力を見せてしまった時の悲しい顔、一味のみんなに引き止められて嬉し泣きをしそうになった顔、そして今の、ワクワクした笑顔。
私はどの表情も好ましく思っているが……やはり、今私だけに向けられているこの笑顔が一番好きだと思った。
そこで少し、ほんの少しだけ彼女を鳥籠に閉じ込めた顔も知らないジョゼフという男の気持ちがわかった気がした。
けれど、やはり私は閉じ込めるよりも自由を謳歌するエマを見る方が性に合っていると思った。
「行こうか、エマ」
「はいなの!ルカさん!」
彼女の手を取り、夜の街に繰り出す。メインストリートを横切って、奥にあるとある資産家の家へ。そしてハッキングもアッサリ成功し、侵入も滞りなく行われて私達は屋上で誰の邪魔もされずに花火を観賞する事が出来た。
「うわぁー!すごい!大迫力なのー!見て!ルカさん!とってもとっても綺麗なのー!」
「見てるよ。確かにすごいね」
どちらかと言えば花火にはしゃぐエマを見ていた事を言ってる途中で気づき慌てて目線を花火に戻した。
なんだか恥ずかしい。
ああ、でも。私は花火ではなく喜ぶエマが見たかったのだ。だからやはりエマを眺めていてもバチは当たらないだろうと思い、再び彼女を見た。
「ん?なぁに?」
「いいや。君が喜んでくれて良かったなって思っただけさ」
「ええ!とっても嬉しいの!ありがとうルカさん!!」
興奮を残しつつ、けれどしっかりと隠密をしてアジト付近まで近づいていく。
まだ花火は上がっているけれども、最後までいてはタイムリミットをオーバーしてしまうからだ。
「名残惜しいけれど、来年みんなで最後まで見に行こう」
「……!はいなの!」
エマは満面の笑みを見せてくれて私も満足感を得る。
今日は急拵えだったからあの場所にしたが、来年はもっと早くから場所取りなどの手回しをしよう。そうすればもっと良い環境で鑑賞ができるだろう。
なんだか私も楽しみになってきた。
「ん?」
私の目のレーダーに何かが引っかかる。
アジトの前に、見知らぬモノがいる?
「エマ、隠れて」
「誰か居るの?」
「ああ、そうみたいだ」
物陰に隠れて対象を注意深く観察する。
最近取り付けたばかりの暗視モードに切り替える。
背の高い男性型の人造人間がアジトの周りをウロウロしていた。
見るからに怪しい。
スキャン開始。
『役職コード:軍楽隊』
ふむ。音楽に感する役職の人造人間ならば、私よりも目の性能は下だろう。
敵か味方かわからない以上、この場を離れて皆んなが帰ってくるのを待った方が良いだろう。
エマ、奴に見つからないようにここから離れよう
そう脳内通信で彼女に伝えて少し身じろぎをした瞬間だった。
「帰ってきたか、盗人と『怪鳥』」
軍楽隊がこちらに振り向いた。
何故場所がバレた?
こちらは物音一つ立ててないと言うのに!?
「隠れても無駄だ。私は『軍楽隊』。通常の人造人間より耳が良い」
軍楽隊はゆっくりとした足取りで、確実にこちらに向かっている。
まずい。
「特に脳内通信の音はとても耳障りが悪くて感知しやすいのだよ」
軍楽隊の髪の毛が揺れる。いや、あれは動くのか?意志を持って、私達の居る方に伸ばされる。
「逃げるぞ!エマ!!」
「ええ!」
私はエマの手を引いて逃げ出した。
エマもしっかりと走ってついてくる。
「そんなに大きな足音を立ててもいいのか?私に居場所がバレバレだぞ?」
男の背は高く、足も長い。悠長に歩いているように見えるが、一歩一歩のコンパスが大きい。どれだけ走ってもすぐに追いつかれてしまいそうだ。
「ならばまたエマが歌うの!」
エマは走りつつ軍楽隊に与えられた命令を書き換える為に歌った。
しかし
「音楽家である私の前で歌を歌うならばもっと技術を磨きたまえ」
軍楽隊は持っていたヴァイオリンを乱暴に奏で、エマの歌声を掻き消した。
エマの歌は本人の耳に聴こえていないと意味がないのだ。
「ごめんなさい、ルカさん。エマ、役立たずで」
「そんな事はない。君を捕まえるための刺客なんだ。君対策が出来る者が来る方が当たり前なんだ」
私はエマを励ましつつ最適なルートを選びつつ人通りの多い場所に行けるように走る。
時折軍楽隊は変な音符のようなエネルギー弾を飛ばしてくる。当たっては居ないが、当たればただでは済まないだろう。
そう思うとゾッとした。
まずい。まずいぞ。
寒霜もボンボンも、戦闘が出来る刺客だった。この軍楽隊も、エネルギー弾だけではなく他にも戦闘方法はあるのだろう。
もちろん、刺客対策はいくつか考えていたがそれは一味全員が揃っている状態でしか想定していなかった。
何故ならば、今回のアジトの場所をバレる想定はしていなかったからだ。
このアジトはホセが見つけた、一味しか知らないとっておきの場所だ。なのに何故、一味のメンバーが少ない日時にエマが居る事を知ってる刺客がアジトで待ち伏せをしていた?
何故?
「人通りの多い道に出れたなの!」
まだ花火が上がっている。集まって花火を見ている人造人間達がうじゃうじゃいる場所まで来れた。
よし。これならばヤツを撒ける!
「人混みに紛れて逃げ切る。絶対に私の手を離すなよ、エマ!」
私がそう言うとエマは嬉しそうに笑った。
「うん!絶対にルカさんを離さないなの!」
私達は改めて手をしっかりと握り合い、人混みを掻き分けて進んでいく。
私達を追いかけていた軍楽隊もようやく人混みの所まで追いついていたが、私達が人混みに紛れてしまい見失ったようで呆然としていた。
「やったぁ!ルカさんすごいなの!」
「奴が聴覚にのみ特化していると自白してくれたからね。これならもう追いつけないさ」
私とエマが勝利を確信した瞬間だった。
「私を舐めるな!!」
ギャギャギャギャ!!
とヴァイオリンの悲鳴の様な音が聞こえた。
そして花火を見ていた人造人間達が吹き飛ばされていた。
「えっ」
「な、なに!?」
どうやらヴァイオリンの音色の衝撃波のようなモノで皆を吹き飛ばしたようだ。
これには花火に夢中だった人造人間達も驚き、パニックになる。
「逃げるな『怪鳥』!逃げればこのまま無差別に攻撃を行うぞ!」
軍楽隊はそんな脅しをかけてきた。
卑怯な男だ。
あんな男の言う事は無視して逃げるべきだ。
私はそう判断した。
けれど
「………」
「エマ?」
エマの足が止まった。
「エマ、どうしたんだ?」
「……みんなが、エマのせいで、攻撃されてるの」
立ち止まっている私達は邪魔なのだろう。逃げ惑う人造人間達の肩や手が時々身体に当たる。
「君のせいじゃない。いいから早く逃げよう」
グシャッ、と誰かの手のパーツが足元に転がってきた。
第二の衝撃波が放たれたようだ。
「でも」
「暫くすれば警備隊も来る。だから大丈夫だ」
「大丈夫じゃないの!!」
エマは声を荒げて、私の手を離した。
そして転がってきた誰かの手を悲しそうに拾った。
「エマのワガママのせいで、誰かが怪我をするのは嫌なの」
「腕のパーツなんて新しいのを付ければ問題ない。君がそんなに悲しむ必要はないだろう」
「エマは、ルカさんや一味のみんなの腕が取れちゃったり、ボロボロにされるのを見たくないなの」
ほろり、とエマの目から水滴が溢れた。
いや、これは、もしかして『涙』なのか?
映画で幾度も見た『涙』。
人間の感情が昂った時に流れる雫。
それがエマの目から流れ出ていた。
場違いにも私はそれを魅力的な現象だと思った。
映画で観た時は何も感じなかったのに。
次の瞬間、エマは歌を歌った。
軍楽隊にではない。
私に対して歌を歌ったのだ。
「ぐ、うっ」
頭が痛い。思わず蹲るが、痛みは続く。
エマの歌により強制的に電脳が弄られているのだ。
『この場は一人で逃げろ』?だと?
馬鹿な事を言うな!
君を置いて行けない!!
「お願い。抵抗しないで。苦しくなるだけなの」
「いやだ、エマ……!」
「ルカさん。あの日、エマを助けてくれてありがとう。ホセさんにパトリシアさんにウィリアムさん、そしてビクターさん。素敵な人達に合わせてくれてありがとう」
そんな事言わないでくれ。
もう二度と会えないみたいな、最後の言葉なんて聞きたくない!!
「エマ、うぅ……、いやだ……」
「隠れての暮らしだったけど、みんなが居てくれて楽しかった。今日、ルカさんと一緒に花火を見れたのは、1番の思い出なの」
「行くな!エマ!!」
「大好きよ」
『命令コードの書き換えが終了しました。』
to be continued……