Metropolis Unknown Antiques
表向きは映像を映すだけの仕事をしつつ、裏では嘘に塗れたこの都市で嘘を仲間と共に暴く。
私、役職コード:映写室、識別コード:ルカ・バルサーはそう言う人造人間だ。
数ヶ月前に永夜のオーロラの嘘を暴いた私達一味は今は新たな嘘を探す為の調査期間で比較的平穏な時を過ごしていたのだ。
彼女に出会うまでは。
「最近、停電が多いのは何か理由でもあるのだろうか?発電所の老朽化?自然災害?いや、どちらもデーターに当てはまらない。ならば」
私は表向きの仕事を済ませて一人夜のメトロポリスを歩いていた。帰路の間も不審な情報情報を整理し、常に計算を行なっている。
仲間の中で私が一番計算能力に優れているから、仲間達は自身が得た情報は常に私の頭脳に転送をしてきている為、スリープモードにならない限り私は殆ど計算を行なっている。
「ん?」
前方に物音がして一時計算をストップする。細い路地裏からだ。暗闇の為何がいるかはわからない。用心のためスキャンを行う。
私の目はとても高性能の為、暗闇でも対象をスキャン出来る。そこまで細かく情報は得れないがシルエットと役職コードくらいは読み取れる。
(大きさからして女性型の人造人間だろう。役職コードは……怪鳥?何だそれは?初めて見るコードだ)
メトロポリスの役職は多岐に渡る。中には変な役職コード持っている者も存在する。
しかし、データーベースにアクセスしても『怪鳥』という役職コードは存在しなかった。
(これは何かきな臭い。どうする?隠れて様子を伺うか、接触するか)
『怪鳥』がどんな人造人間か解らない。接触はせずに様子見が良いだろう。計算しなくてもわかる事なのだが
(怪我をしているのか?)
『怪鳥』の歩行機能が何処かぎこちない。歩みは遅く、身体が左右に揺れてフラフラしている。時々壁にもたれつつ進んでいる。
『怪鳥』のいる後方が騒がしい。
私は目と頭脳に特化しているので騒がれている内容は聴き取れないが……男の声が聞こえる度に『怪鳥』の肩が小さく震えた。怯えているのだ。
「………仕方ない、か」
「きゃっ!」
私が腹を括った瞬間、『怪鳥』は路地裏から出て来て街灯の光に驚き転けてしまった。
あまりの鈍臭さに呆れつつ私は彼女に手を差し出す。
「おい君、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございますなの。恥ずかしい所を見られてしまったなの……」
照れ臭そうに笑いながら私の手を取る『怪鳥』。そこで初めて私はまともに彼女の姿を見た。
「アンティーク……?」
愛玩用人造人間なのだろうか。彼女は豪華なティアラやドレスを身に纏っていた。
しかし、豪華な衣装から伸びる足は裸足で妙なアンバランスさがあった。
いや、問題はそこじゃない。
彼女の露出している手足。それに問題があった。
関節球体なのだ。こんな古い造形の人造人間はデーターの中か、稼働しなくなってしまった抜け殻しか見た事がなかった。
稼働している関節球体の人造人間はもう、現代に存在しないはずなのに今私の目の前にいる。
「君は一体何者だ?」
彼女を立たせてそのまま手を離さずに近づいて問い詰める。
彼女は目をパチパチさせ、驚いた様子だ。
「えっと、エマはエマ・ウッズという名前なの」
「そうか。エマ。識別コードを知れたのは良いのだがもっと他の事も知りたいんだ。アンティークである関節球体の君が何故稼働をしているんだ?何処で製造された?役職コードの怪鳥とはどう言うものだ?」
「そ、そんなにいっぺんに質問されても困るなの」
「ゆっくりでいいから一つ一つ確実に答えてくれ」
「でもエマは逃げなくちゃいけないから」
「みぃつけた」
突然、男の声が聞こえた。同時に周りの気温が下がる。
なんだ?私のスキャンに全く引っかからなかったぞ?いつの間に側に?
「困りますよ怪鳥さん。貴女はあのお方の大事な女性なのですから」
カツカツカツ、と硬質な足音が響く。
暗闇から姿を現したのは背の高い、白装束の男だった。
スキャンがようやく正常作動する。
『役職コード:寒霜』
見慣れないコードだが、恐らくは冷却作業員だろう。『怪鳥』と違って予想がつく。この程度の表記揺れは良くある事だ。
このメトロポリスは人造人間しかいない。我々は熱に弱い為冷却作業員は必須である……が、この男、ただの作業員にしては豪華な身なりだ。しかも、纏っている空気が只者じゃない。
嘘の匂いがする。
「い、いや。籠の中の鳥はもう嫌なの」
「……貴女があの籠を嫌がってるのはわかっています。ですが、もう少し待ってくだされば」
「嫌なの!1秒でも長くあそこに居たくないの!」
「怪鳥さん……」
震えて拒否するエマの代わりに、私は男の前に出た。
「えっ」
「なんです貴方?邪魔をしないで頂きたい」
「嫌がる女性を無理矢理連れて行こうとする男の現場を目撃しておいて、邪魔をしない方がおかしいだろう?」
「紳士なのは結構ですが、今は引っ込んでいなさい。スクラップにされたくないのならね」
男は持っている傘を構える。冷気が更に強くなる。
どう考えてもまずい。
私は戦闘型ではない。頭脳型なのだ。
この白い男は戦闘もこなせる機体のようだ。
戦って勝てる相手ではない。
けれど
「っ……!」
私の後ろで泣きそうな顔で震えているエマを見て、やはり自分だけ逃げるのは駄目だと思いを固めた。
「君も一緒に逃げるぞ!エマ!!」
「えっ!?」
「させませんよ!」
バチィ!
「くっ!?」
私は戦闘型では無いが、一瞬だけ放電が出来る。
対象を一瞬だけ足止め出来る程度のものであるが今は充分だ。
白い男が怯んでる隙に私はエマの手を掴んで灯りのない路地裏に逃げた。
「待ちなさい!!」
「そう言われて待つ馬鹿はいないよ!」
白い男がなかなかエマを見つけれなかったのはきっと私ほど目の性能は良くないからだ。彼の役職コードは寒霜。冷却作業員なら当然だろう。そこに勝機がある。
「エマ、なるべく音を立てずに私について来てくれ。わかったね?」
「わかったなの。けれど、どうしてエマを助けてくれるの?貴方は一体?」
得体の知れない男について行くのも不安なのだろう。仕方ない。私は小声で自分の事を伝えた。
「私は役職コード:映写室、識別コード:ルカ・バルサー。そして、嘘を暴く者だ」
「ルカさん……」
「詳しくは追手を撒いてからだ。いいね?」
エマは音を立てないよう小さく頷いた。
良い子だ。
私たち二人は暗闇に溶ける様に静かに移動をしていき、白い男を撒く事に成功したのであった。
暗闇に紛れ込まれ、怪鳥を見失ってしまった『寒霜』、識別コード:謝必安はイラだっていた。
「くそっ!あの男!!私達の邪魔をするなんて!」
『落ち着け必安。とりあえず今宵は引こう。暗闇では我等が不利だ』
必安の持っている傘から彼とは違う男の声がした。必安は悔しそうに傘に話しかける。
「ですが無咎、貴女も見たでしょう?あの男、馴れ馴れしく怪鳥さんを名前呼びしてその上手を掴んで逃げていったのですよ?」
『ああ。許さない。あの男はいずれ壊す。絶対だ。それを確実にする為に今は引くぞ』
「………そうですね。わかりました」
『あの方はまだ我等を忠実な僕と思っている。目を暗視できるようアップデートしてもらおう』
「そうですね。ついでに他のパーツも良いものに替えてもらいましょう。裏切るのはそれからで」
『あと数日待てば、チャンスはあったのに』
「仕方ないですよ。怪鳥さんは私達が逃す計画を企てているなんて知りもしないのですから」
『やはり言うべきであったか……いや、怪鳥は嘘が下手だ。あの方を騙し通せない。必安の言う通り、仕方なかったのだな』
「ええ。でも口惜しい。やっと怪鳥さんを私達のモノに出来ると思ったのに」
『本当に口惜しい。あの男は許さない。帰ったら画像からあの男の素性を洗うぞ、必安』
「ええ、無咎。行きましょうか」
そうして必安と喋る傘は突然消えたのであった。
続く
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