好き、だけじゃ

時々、本当にミクが存在しているか不安になる
それで触っていると、不思議そうに見てくる
大丈夫、ミクはここにいる、温かい

「あ、彰人…?どうしたの?」
「別に」
「…なんか、変な夢でも見た?」
「なんでそう思ったんだよ」
「だって…彰人が泣くから…」

ミクに言われて頬を拭うと、確かに濡れていた
自分でも無意識に泣いてしまうなんて、相当参っていたらしい
ミクの体温をもっと感じたい
そう思って抱きしめると、ミクも抱きしめ返してくれた

「ミク、ずっと一緒にいてくれるか?」
「…うん」
「絶対だからな。約束破ったら許さねぇから」
「大丈夫、絶対破らないよ」
「信じるからな」

そう言って、ミクを抱きしめる腕に力を込めた
ミクがいなくなるのが怖い
ずっとここにいてほしい
でも、ミクはいつかいなくなってしまうだろう
それがいつかは分からないけど、その時が来たらオレはどうするだろうか
ミクがいなくなるなんて想像したくないし、考えたくない
でも、必ずその日は来る
その時オレは…

「彰人」
「…なんだよ?」
「私はずっとここにいるから、大丈夫だよ」
「…そうかよ…」

なんでこいつはオレの考えてることが分かるんだよ
エスパーかよ
いや、でもミクはバーチャルシンガーだし、そういうものなのか?なんて考えたところでこの先の事なんて分かるはずもない
いつかミクがいなくなったら、オレはどうなるんだろうか…考えたって仕方がない
今は、今だけはこの温もりが、抱きしめた時に聞こえてくる鼓動がミクがここにいることを教えてくれるから
だから、今だけは何も考えずこの幸せを噛み締めていようと思う

「もうちょいこのままでもいいか?」
「もちろん。私も彰人とこうしてるのは好きだし」
「…そっかよ」
「照れてる?顔赤くなってるよ?」
「うっせぇ。ほっとけ」

顔を見られないよう、ミクの肩に顔を埋めた
もちろん耳は真っ赤で隠しきれてなんていないと思うが

「ミク」
「なに?」
「今こうして居るオレを情けないって思うか?」
「全然。むしろ可愛いと思う」
「お前なぁ…」
「だって、普段の彰人は生意気で、でも周りに気を配って、でも1人で背負うところは良くないなぁっていつも思ってるし…けど、私にとって彰人は誰より素敵な人だと思ってるし、こんな姿を見せてくれるって事は凄く信頼されてるんだなって思えたから、今こうして過ごせることが嬉しいよ」
「…ん」
「ふふっ…照れ屋さんだね」
「うっせぇな…もう喋んな」

本当に敵わないと思う
だけど、そんな所も含めてやっぱりミクに惚れているのだから、できるだけこの先もこうしていたいと思うし、まだ恥ずかしさや躊躇いがあるから強がって恥ずかしくて素直じゃない返事をしてしまうけれど、こうして抱き合うとミクと過ごしてきた積み重ねてきた時間を感じたり、もっともっと一緒にいたいという欲求が溢れ出てくる
ミクの手を強く握り返すと、それ以上の強さでミクも握り返してくれた
今なら、オレは口にできる気がする
ミクのためだけじゃない自分のためでもあるオレだけの言葉をミクに伝えることが

「…ありがとな。ミクがオレの側にいてくれて。いつも世話かけさせて悪いな、でも、これからもよろしく頼む」
「うん。こちらこそ、これからもよろしくね」
「あぁ」

そう言って、また強く抱きしめ合う
この温もりをずっと感じていられるように願いを込めて、オレはミクに口付けをした

「ミク、好きだ」
「私も、大好きだよ。彰人」
「…おう」
「ふふっ…」
「…んだよ?」
「ううん、幸せだなって」
「そうだな…オレもだ」
「うん」

そう言って微笑むミクはやっぱり綺麗で可愛いと思う

「ねぇ、彰人」
「ん?」
「キス、して?」
「…目、閉じろ」

ミクの頬に手を添えて言うと素直に従ってくれる
そのままミクに口付ける
するとミクはオレの首に腕を回してきた

「ん…もっと…」
「はいはい」何度も角度を変えて、ミクの柔らかい唇に触れる
唇を離せばまた抱きしめ合う
お互いの温もりが心地よくて離れることができなかった
その心地よさに身をゆだね、静かにオレは目を閉じたのだった



♬♪♬♪




「彰人…寝ちゃった?」

私の言葉に、彰人は反応しなかったどうやら本当に眠ってしまったらしい
私はそっと彰人の腕の中から抜け出ると、膝枕をしてあげた
彰人の寝顔は幼くて、とても可愛らしい
私は彰人の頭を撫でながら、彼の寝顔を見つめていた
すると突然「ミク…」と名前を呼ばれた
起きたのかと思って顔を覗き込んだが、どうやら寝言だったようだ

「夢の中でも私と一緒にいてくれるんだね」

私がいなくなる夢を見たのかもしれない
それで不安になったのだろうかあんな事を言ってくるなんて彰人らしくない

「大丈夫だよ、彰人。私はここにいるから」

眠っている彰人を起こさないようにそっと囁いてみるが、反応はない
でもそれで良かった
もし起きていて反応されたらきっと気まずくなるだろう
だから今はこれでいいのだ

「彰人、好きだよ」

そう言って私は彰人の額にキスをした
しばらく寝かせてあげようと思い、私は彰人から抜け出ようとした

「ミク…」
「っ!?」

しかし、それは叶わなかった
突然彰人に腕を引っ張られたかと思うと、そのまま抱きしめられた

「ちょっ…彰人…?」
「どこにも…行くな…」

どうやら寝ぼけているらしい
しかし、今の状態は中々まずいのではないだろうか
目の前には彰人の顔があるし、先程よりも距離が近くなってしまって心臓がうるさいぐらいに鳴っていて

「彰人、離して」
「嫌だ」
「もう…しょうがないなぁ…」

私は諦めてそのまま彰人に抱きしめられることにした
すると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた

「…寝ちゃった?」

私はそっと彰人の頬に手を当てる

「しょうがないなぁ…もう…」

正直、寝ている彰人を見るのは初めてだ
普段の生意気そうな姿からは想像も出来ない彰人のギャップに思わず笑みがこぼれてしまう
こうして見ると子供みたいだ
いや高校生だから子供なんて言ったら怒られちゃうか
そう思いながら、私は彰人の頭を優しく撫でてみる
そうすると少しだけ口元が緩んだように見えた

「可愛い…」

思わず声に出してしまった
でもそれも仕方がないと思う
こんなに無防備で幼い表情を見せられたら誰だってそう思うはずだ

「…ミク…」

不意に名前を呼ばれてドキッとする
しかし、どうやら寝言のようだ
でもまさか寝てしまうとは思わなかった
今日は練習した後だったし、普段もそんなに寝れてなかったのかな?きっと沢山頑張って来たんだね

「偉いね」

そう言って頭を撫でてあげる
すると寝ているはずなのに嬉しそうな表情を浮かべていた
あぁ、なんて愛おしいんだろう
私は彰人の頭をゆっくり撫でる
ふわふわした髪質がとても気持ちよくていつまでも触っていたくなる
寝ている彰人を見ると本当に疲れていたんだなというのが分かる
ふと彰人の顔をジッと見た
まだあどけなさが残る寝顔を見ていると いつの間にか、私の胸に熱いものが込み上げてくる

「ねぇ…彰人…」

私はそっと彰人の頬に触れる
すると頬に伝わる冷たい感触
あれ?もしかしてこれって涙…?
私は慌てて自分の頬に触れる
あぁ…やっぱり泣いていたんだ…
どうして泣いているのか自分でもよく分からない
でも、きっとこれは悲しいからじゃないと思う

「私、彰人のことが本当に好きなんだな」

その事実を改めて実感すると同時に、胸の奥が熱くなるのを感じた
彰人にはいつも救われている気がする
私が誰かに必要とされていること
傍に居てもいいということを行動で示してくれたのは彰人が初めてだった
だから私は彰人を失いたくないと思っているんだと思う

「いつか別れが来るかもしれなくても、その時が来るまでは一緒に居たい」

涙は止まらないけど、それでも私は彰人に微笑みかける


「好きだよ、彰人」

そう言って私は再び彰人の頬に手を伸ばした
その時だった

「ミク」
「へ?」

私の声が部屋に響く
今、彰人はなんて言った…?
聞き間違いじゃなければ確かにミクと…

「え、あ、彰人…?」

どうやら起こしてしまったらしい
彰人は私を見据えると

「なんで泣いてんだよ?」

と聞いてきた

「あ、これは…その…」

まさか寝ていると思っていた彰人が起きてしまったなんて思わなかったからどう言い訳しようかと迷っていると

「お前が泣くなんて余程のことがあったんだな?」

そう言って彰人は私の目元を優しく拭った

「何があったんだ?」
「…それは…」

言えるわけない
彰人の事が好きで、失いたくないから泣いていたなんて…

「言えないのか?」
「…ごめん」
「別に謝らなくて良い。ただ、お前が泣くなんてよっぽどの事だと思うから心配になっただけだ」

彰人はそう言ってモゾモゾ動くと私の頭を撫でてくれた
その優しさが離れたくないって思う理由の1つなんだと思った

「ミク?」
「ん…?」
「お前は少し甘える事を覚えろ」
「へ…?」

突然の事にびっくりしてしまった

「お前は遠慮しすぎなんだよ」
「そう、かな?」
「あぁ。いつも『大丈夫』とか『迷惑はかけないから』とか言って全然頼ろうとしないだろ」
「それは…」
「オレはもっとミクに頼って欲しいし甘えて欲しいと思ってる。そう言う存在だからとかそんなことは知らねぇ。オレたちと変わらねぇんだから遠慮する意味が分からねぇ。」
「そんなこと言っても…」

彰人の気持ちは嬉しいけど、いざ自分が遠慮無く甘えると言っても何をすればいいのか分からない
歌以外は出来ない事が多いけど、それも全部自分でなんとかするから大丈夫って、なんとかしてきた
それに彰人たちを支える立場なのに私が甘えるなんて、そんなの許されない

「ミク」
「なに…?」
「お前はもう少し自分の事を大切にしろ」
「え?」
「お前はいつもそうだ、自分が辛い時でも大丈夫って無理して笑う」
「だって…それは…」
「それは?」
「私は、彰人たちを支える立場だから…」
「それがどうした」
「え…?」
「確かにミクはバーチャルシンガーで、オレたちとは違う存在だ。だけどそれがどうした、オレたちと同じように笑って、怒って、泣いて、それがオレたちと違うって誰が決めた?」
「それは…」
「オレはお前がどんな存在だろうと関係ない」
「彰人…」
「オレはお前が好きだから、お前の傍に居たいからこうしてる」
「っ…!」

彰人の言葉に思わず涙が出そうになる
でもここで泣いたらダメだと思い必死に堪える

「だから、オレの前では我慢するな。泣きたい時は泣けばいいし、笑いたい時は笑えばいい」
「…でも…」
「でもじゃない」
「っ、ぁ…!」

彰人に抱きしめられる
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れてきた
泣くなんてみっともない
そう思っていても止められなかった
彰人は何も言わずにただ抱きしめてくれた
それがとても心地よくて、安心できて、余計に涙が止まらなかった
こんな私を彰人は幻滅するかもしれない
格好いい私を好きで居るなら申し訳なくて、でも彰人の優しさが嬉しくて、私はしばらく泣き続けた

「落ち着いたか?」
「うん…ごめんね…」
「別に謝ることじゃねぇよ」
「ありがとう…」
「…おう」
「彰人は優しいね」
「…優しくなんかねぇよ」
「優しいよ、こんな人間でもない存在に気持ち悪がらずに、むしろ好きだって言ってくれるし、助けてくれる」
「気持ち悪いなんて思ってねぇし助けてるつもりもない。オレはただやりたい事をしてるだけだ」
「それでも私は嬉しかったから…」
「なら素直に受け取っとけ」

そう言って彰人は私の頭を優しく撫でてくれた
その手つきはやっぱり優しいものだった

「…彰人」
「ん?」
「好き…」
「おう、オレも好きだぜ」
「うん…」

そう言って彰人の手を握ると、彼はそれに応えるように強く握り返してくれた
それだけで胸がいっぱいになる
彰人は私を必要としてくれる
それだけで私は幸せだ

「ねぇ、彰人」
「なんだ?」
「…キスして?」
「なら、目閉じろ」

そう言って彰人は私の頬に手を添えた
そしてそのまま唇を重ねる
触れるだけの優しいキスだったけど、それだけで幸せだった

「彰人」
「なんだよ」
「今度、時間あったらまた抱いて欲しいな」
「っ…!?」

彰人は顔を真っ赤にすると私を見た
そして少し間を置いてから「…考えとく」と言った

「ふふっ、楽しみにしてるね」
「ったく…お前な…」

彰人は呆れたように言うが、その表情にはどこか嬉しさが見え隠れしていた

「ふふっ」

私はそんな彰人を見て思わず笑みがこぼれてしまう
彰人はそんな私を見て「なんだよ?」と少し不機嫌そうに言った

「なんでもないよ」

私はそう言って彰人に抱きつき、彼の胸に顔を埋めた
彰人の体温を感じていられるこの時間が何よりも幸せだった

「ねぇ、彰人」
「ん?」
「これからもよろしくね」
「…おう」

そう言って、彰人は私の頭を撫でてくれる
その優しい手つきに身を委ねながら私は目を閉じたのだった
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