やさしいてのひら

不安なことがあって、眠れない
もどかしくて布団の中で動いていたら、それに気がついた彰人が寝ぼけ眼のまま手を繋いでくれた

「ミク」
「…うん?」
「大丈夫だ。オレが、ついてる」
「……」

彰人は優しい

「うん」

と頷いたら、彰人が笑った

「…彰人」
「ん?」
「…私さ、ちょっとだけ怖いんだ。彰人が、どこか行っちゃうんじゃないかって」
「…オレが?」
「うん」
「なんで」
「…なんとなく。でも、彰人は自分で乗り越えて、どんどん前に進んでいくから私は必要なくなるんじゃないかって、思うんだ…。彰人は、私を置いていくんじゃないか、って」
「……」
「でもそれを受け入れないといけないのも、わかってる。なのに、それがすごく嫌で…。我儘だよね」
「……」
「ごめんね。変な話しちゃって」

彰人が、繋いでいた手に少し力を込めたのがわかった

「ミク」
「……?」
「オレは、お前を置いていったりしない」
「…うん」
「お前が、必要なくなることなんてない。オレだって、お前に置いていかれないように必死なんだ」
「…置いていかれることなんて、ないよ」
「いや。ある。お前が気づいてないだけだ」

彰人が、少し寂しそうな顔をした

「オレはさ、お前のこと尊敬してるんだ」
「え?」

いきなりそんなことを言われて私は思わず聞き返した
それでも彰人は続ける

「オレは、お前みたいに歌えない。お前は、オレより何歩も先を歩いている。だから、その背中が見えなくなるんじゃないかって、不安になる」
「そんな…」
「でも、お前がオレのことを好きだって言ってくれたから、オレだって頑張らないとって、お前に追いつきたいって、思えるんだ」
「彰人…」
「オレだって不安なことがある。お前、いつもオレのことばっかりで自分のことなんて後回しにするだろ」
「…それは」
「オレだって、お前のことを大事にしたいんだ。お前が不安に思ってること、全部話してほしい。だから、バーチャルシンガーとか、そんな事どうでもいいんだ」
「……」
「お前が、辛い思いをしてる方が、オレは嫌だ」
「……」
「……って、なんか恥ずかしいな。オレらしくねぇ」

彰人が、恥ずかしそうに顔を背けた

「ううん」

私は首を振った

「そんなことないよ…ありがとう、彰人」
「おう」

私がそう言うと、彰人は優しい顔で笑った
私もそれを見て笑う
そしてそのままどちらからともなく唇を重ねた

「…でも、ミク」
「?」
「オレは、お前が思ってるほどできた人間じゃない。…だから、もしオレがお前を傷つけることがあったら、ちゃんと言ってくれ」
「うん…」
「オレも、お前のことを大事にしたい。…だから」
「…わかった」

私は彰人の目をまっすぐに見た
そして言う

「私も、彰人が辛い思いをしてたらちゃんと言ってほしい。…だから、約束」
「ああ」

そう言って、もう一度キスをした
今度は長く、深いキスだった

「ん…、んぅ」

息が続かなくなって私が彰人の胸を叩くと、彰人は名残惜しそうに唇を離した
そしてまた、私を抱きしめた
私はそれに応えるように、彰人の背中に腕を回した
すると彰人も強く抱きしめ返してくれて、それがとても嬉しかった

「…ミク」
「なに?」
「…愛してる」

彰人が、耳元で囁いた
私はそれに答えるように、彼の胸に顔をうずめた
そして小さな声で呟く

「…私も、愛してるよ」

彰人は私の頭を撫でてくれた
私はそれが心地よくて目を閉じた

「寝れそうか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。なら良かった」

彰人はそう言って、私の背中をポンポンと叩いた

「おやすみ」
「おやすみ、彰人」

そう言って私達は眠りについた
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