第一話『銀雪姫』

 おとぎ話は時代により人により変わる。
そう、おとぎ話の住人は生きているのだから。

「しょうちゃん!これよんで!」
「ん?銀雪姫か、いいだろう。みんな、そこに座ってくれ」

銀雪姫という絵本を持った子供に将ちゃんと呼ばれた男、徳川茂々は、部屋の中にいた子供たちに呼びかけました。子供たちはわくわくとした表情で、茂々の周りに集まりました。
子供たちが集まったことを確認すると、茂々は本にノックをしました。
「なんで、しょうちゃんはえほんにこんこんするの?」
「これはな、今から銀雪姫たちのところへ遊びにいくよって合図してるんだ」
子供たちは首を傾げたり、隣の子と目を合わせたりしました。
「いつか君たちにも分かるだろう、おとぎ話は生きているってことが」
茂々は、“銀雪姫”の絵本を開きました。

「むかしむかしあるところに、銀雪姫というそれはそれは綺麗な銀髪の男の子がいました。少々天然パーマが目立ち、死んだ魚のような目をしていますが、芯のある立派な男の子でした。
そんなある日、銀雪姫のお母さまがしんでしまって、代わりに新しいおきさき様がおうちに来ました。
おきさき様は、自分の容姿とお肌が気になるお年頃なので、大体毎晩、魔法の鏡に尋ねました。
『鏡よ、鏡、世界でいちばん美しいのだぁれ?』
『世界でいちばん美しいゴリラは、まちがいなく貴方ですよ』
『……たまさん、そこまで言わなくていいから』
『そうですか?失礼しました。では、貴方はゴリラです』
『え、そっち!?』
……ゴホン。おきさき様は混乱しながらも、世界でいちばん美しいのは自分、ということを聞いてにっこりしました。
それから、何年か経ち、おきさき様がいつものように、魔法の鏡に尋ねました。
『この世でいちばん美しいのだぁれ?』
『そうですね、ゴリラではないとなると、銀雪姫様です』
なんてことでしょうか。おきさき様は、自分がいちばんでないと知ると、家来に命令しました。
『銀雪姫を殺してきなさい』

家来はあまりにも銀雪姫がかわいそうだと思い、森に逃がしました。
『おきさき様の命令で、あなたの命は危なくなりました。今すぐ遠くに逃げてください』
『分かった。まあ、晩飯までには頭が冷えるだろ、あのゴリラも』
『いや、だから!あんたに抹殺命令下ってんだって!帰ってくるなって言ってんでしょうが!』
『はァ?俺に野宿しろって言ってのんか?勘弁しろよ、ジミー』
『誰がジミーだ!!』
……家来と別れた銀雪姫は、森の中で、七人…いや、ふたりの小人と一匹の犬に出会いました。
『なにしてるアルか?こんなとこで』
『迷子にしては……堂々としているというか』
『わんっ!』
『あー、何ていうかちょい事情があってよ』
銀雪姫は小人たちにわけを話しました。小人たちは銀雪姫をかわいそうに思い、自分たちの家に招待しました。
『よし、野宿は免れたな』
『ここで野宿してたら、死んでるアルよ』
『熊いるもんね』
『え!?』
銀雪姫は、小人たちの家の大家にもわけを話し、しばらくここで暮らしてもいいと言われました。
『ちゃんと家賃払うんだよ、銀雪姫』
『俺が払うの!?』
それからしばらく経ったある日、おきさき様は偶然、銀雪姫が生きていることを知りました。
今度こそ、殺さないと……と、おきさき様は、老婆に化けて、銀雪姫のもとに訪ねていきました。毒リンゴを持って。

『お嬢さん、リンゴおひとついかが?』
『あ?リンゴ?』
『そう、真っ赤に熟れた美味しいリンゴだよ……』
『若くして子供を産んで、子供が高校生くらいになって時間に余裕が出来てきた人妻並みくらいの熟れ具合か?』
『いや、子供が中学生になって少し手がかからなくな……って違う!』
ごほんごほん!!んん!
さっきのは聞かなかったことにしよう。銀雪姫は、老婆から真っ赤なりんごを受け取りました。その美味しそうなリンゴを、銀雪姫はひとくち齧り、
『確かに、うめェなこのリンゴ。おい、ゴリラ。もうひとつくれ』
『え?なんで倒れないの!?』
……銀雪姫は、真っ赤なリンゴを食べきりました。」
「しょうちゃん!しょうちゃん!」

 一番前で座っていた男の子が茂々に声をかけました。茂々は、絵本から顔をあげて、男の子を見ます。平常心を装っていますが、内心はだらだらと冷や汗をかいています。

「どうした」
「ぼくのしってる白雪姫じゃない」
「それはそうだ。これは銀雪姫だからな」
「え、でもわたしのしってるぎんゆきひめじゃないよ!だって、わたしがしってるぎんゆきひめは、こびとがごにんいたもん!」
「しらゆきひめのこびとはしちにんだぞ」
「ぎんゆきひめは、ごにんだもん!」
「でも、ふたりだったよ。しょうちゃんのぎんゆきひめ」
「それより、ぎんゆきひめいきてるねー」
「ぎんゆきひめ、つよいー」
「でも、ぜんぜんすすまないよ」

口々に、子供たちは話を広げていきます。自分たちが知っている話が本当だと言わんばかりに、どんどんと言い合いがエスカレートしていきました。
茂々は、一旦、子供たちを落ち着かせるために、本を閉じました。
閉じた本を膝に置いた茂々に、怪訝な顔を向ける子供たち。言い合いはひとまず止まりました。その様子を確認した茂々は、本の表紙を撫でながら、にっこりと子供たちに笑いかけます。

「みんな、落ち着いてくれ。みんなが知っている銀雪姫も、今私が読んでいる銀雪姫も同じおとぎ話だ」
「おなじおはなしなのに、なんでちがうの?」
「それはおとぎ話にいる銀雪姫たちが“生きている“からだ」

子供たちは一層、顔をむすっとさせました。茂々の話をいまいち信用していないかのようです。そんな子供たちの反応に、茂々は動じず、表紙をもう一度撫でました。

「大丈夫、おとぎ話はいつだってハッピーエンドなんだ」

茂々は、本を開きます。子供たちは先ほどの騒ぎはどこへやら、大人しく座って茂々が、話出すのを待っています。

「『えー、どっからだ?いきなり本閉じるから、わかんねェわ。え、もうお前倒していい?』
『そういう話じゃねェけど!?分かった。分かったから、今から俺がアップルパイ焼いてやる』
『え、ラッキー!奥の台所使え。神楽や新八が帰って来る前に作るぞ』
『私たちが帰ってくる前ってどういうことアルか?』
『決まってんだろ。そうじゃねェと、あいつらにアップルパイ分けなきゃなんねェだろ?そうしたら俺の取り分が減、る』
銀雪姫が振り返ると、ジト目をした小人ふたりと一匹の犬。そして、顔に手を当ててため息を吐く老婆がいました。
『銀さんの言いたいことはよくー分かりましたよ』
『いや、待て、お前ら!これには深いわけがあって!』
『もんどーむよーアル!定春!』
『わんっ!!』
小人の犬は、銀雪姫の頭にかじりつき、銀雪姫はその場に倒れました。
『ふぅ、銀ちゃんは少しそこで反省するアル。ゴリは早く私たちにアップルパイ作るヨロシ』
『え?この展開で?まあ、いいけどさ。てか、老婆の姿疲れるから、戻るね』
『あ、僕アップルパイ作るの手伝いますよ』
『ありがとう、じゃあ、まずリンゴの毒を抜こうかな』
老婆はおきさき様の姿の戻り、かごに入っている毒のリンゴをひとつ手に取りキスをしました。
『何してるアルか?』
『ん?呪いってのは、キスすると解けるっていうのがお約束だろ?』(要約)
みんな、それから美味しいアップルパイを食べて、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし」

子供たちはポカーンとして、茂々を見上げていました。
パタン。
静かな部屋には、本が閉じる音だけが響きました。
そして、茂々は穏やかに笑い、子供たちに少しお茶目に言いました。

「言っただろ?おとぎ話は生きているんだ」

途端、子供たちは顔を見合わせ、次は自分たちのお気に入りの本を読んでと言わんばかりに、わいわいと騒ぎ始めました。それに茂々は笑って、順番ずつ本を受け取ります。

おとぎ話は生きている。
厳密に言うと、おとぎ話の住人は生きている。
だからこそ、おとぎ話は
語る人により、時代により、話が変わっていく。
ここはそんなおとぎ話の住人のお話が聞ける場所。
ここ“カブキチョウ”で、
次はどんな物語に出会えるだろうか。

おわり
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