高近アドベントカレンダー2024(未遂)

「晋助、あんた日差しに弱いんだから、これ被ってんなさい。それに、知らん人と目を合わせんでよ」

そう言って母さんは、俺にでかい麦わら帽子を頭に乗っけてきた。
俺はこれが嫌いだ。
周りが半分くらい見えなくなって、歩きづらいから。
下ばかり見なきゃいけなくなる。
だから、嫌いだ。
それでも、母さんはこれを夏の間は被せてくる。
そう、夏の間だけ。絶対に。
「"あれ"と目を合わせちゃいけんけ」
大人は口酸っぱくそう言う。何とは言わずに。
俺はそれが嫌いだ。
曖昧にはぐらかされて、何も分からない。もやもやする。
だから、嫌いだ。
それでも、俺はその約束を守る。約束は大切だから。

立ってるだけで汗が流れる今日。早く早くと、友達の家に歩いて行く。俯いているはずなのに、白の砂利が照り返して、眩しい。いつになったら、着くのだろうかと思っていたら、白の砂利に黒い影が落ちる。
顔を上げようと思ったが、何かおかしくて、途中で止まった。

「高杉」

名前を呼ばれた。その響きが懐かしくて、悲しくて。それでも顔が、上げれなかった。
ごくりと唾を飲む。
じんわりと暑さと違う汗をかく。
心臓が嫌な速度で鳴っている。
だって、きっと"こいつ"は人ではない。
影が人の形をしていないのだ。

「高杉?」

また名前を呼ばれた。それはどこか愛おしくて、寂しくて。俺は思わず、顔を上げてしまった。
そこには、"ひと"がいた。
右目で見えた"その人"は俺が顔を上げたと分かると、驚いたのも束の間、嬉しそうにニッコリと笑った。
俺はその目が、今まで会ってきた人の中でいちばんきれいだと思った。

「なァ、一緒に行こ、高杉」

俺は目の前に伸ばしてきた手を、何のためらいもなく取った。
取らなくちゃいけないと思ったのだ。
約束したのだから。
いつかは分からないけど。


「晋助、お願いやからな。
"怪異"と目を合わせちゃいけんよ。
連れて行かれるさかいな。
お願いよ、目を見ちゃいけんからな」
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