高近アドベントカレンダー2024(未遂)
「昨日さ、海に行ったんだ」
寒い寒い冬だというのに、風が塩っぱくて冷たい海に行ったという。
物好きだなと、俺は返した。
「そうかもしんねェ。俺な、かもめが見たかったんだよ」
たかが鳥を見たいがために、ひんやりと暗い場所に行ったのか、こいつは。
話を促すために、俺は何も言わなかった。
「かもめって渡り鳥でさ、冬でもまだあったかいここに寒い時は過ごして、春になって暖かくなったら元のとこに戻るんだって」
説明されなくても渡り鳥のことは知っている。俺が教えたんじゃねーか。
呆れも含みつつ、俺はため息を吐いた。
「知ってるって言いたいんだろ。それはそうだけどさ……あの時も思ってたけど、かもめって都合が良いなって」
それは習性であり、生存戦略なのだから、都合も何もねェだろ。
そういうのは頭が良いって言うんだろと、俺は鼻で笑った。
「でも、かもめの中でも、ウミネコはずっと日本にいるんだぜ?」
どこで仕入れた知識なのか。それこそかもめ種の生存戦略だろうに。
俺はまだ火種が燻ぶる煙管を、手に取った。
「俺な、ウミネコになりたかった」
急に何か言い出した。
俺はいつもの戯言だろうと、煙管を吸った。
「同じところにずっといるウミネコに」
留鳥だったか。カモメと思ったら、ウミネコだったというのはザラらしいな。
だからなんだというのだ、同じだろうと、俺は煙を吐いた。
「だから、もう渡り鳥はやめるわ」
息が止まった。
「ウミネコになるから」
何言ってんだと、言いかかった俺は、止まった。
近藤を見ると、とまらさぜるを得なかった。
「ありがとうな、高杉。もうここには来ないから」
分かっていたはずなのに。いつかこういうことになることくらい。
俺は火種が萎んだ煙管を、手放すことができなかった。
おわり