花心中

扉を開けると、そこは白の花で埋め尽くされた部屋だった。
どことなく甘い匂いが、体にまとわりつくように漂い、適度な倦怠感が襲う。
「すげぇ……よくこんだけ集めたな」
隣にいる近藤が、辺りを見回しながら、部屋に入る。そして、部屋の真ん中で、ふと足を止め、足元にある花をひとつ拾い上げ、クルクルと回した。ふいに、花の中心に顔を近づける。
「うーん、なんかクラクラする」
「おい、あまり嗅ぎすぎるなよ」
俺は、近藤から花を奪い、横に投げ捨てる。
「あ」と、近藤が花を目で追っている隙に、腕を取って敷き詰めた花の上に押し倒した。
ぽすん。
衝撃に備えて目を瞑っていただろう近藤は、思ったような痛みがなかったからか、恐る恐る目を開ける。そして、背中に感じる柔らかさに合点がいったようで、頬を膨らませた。
俺は思った通りの反応に、笑う。
「笑い事じゃねーんだけど。びっくりした。まァ、なんてよーいしゅーとーなことだか」
「お気に召さなかったか」
「お気に召しちまったから、腹が立ってんの」
そこで、どちらともなく笑ってしまい、俺は手を離して、近藤の隣に寝転んだ。
深呼吸をする。
ああ、甘い甘い匂いが、肺を満たして、脳を侵してるようだ。
それが、不快ではない。
「本当にさ、これで死ねんのかな?」
近藤がぽつりと呟いた。横目で見てみたが、それだけじゃこいつが何を思ってるか分かりやしない。だからと言って、いちいち確認するつもりは全くない。
そっと、隣の手を握る。近藤はこちらを見て、目を丸くした。
「てめぇが心配することはねェよ。この部屋で一日過ごしたら、眠るように死ねるだけ。裏では、お墨付きだ」
「ははは、なんだそれ!すげぇ話すぎて、それこそ夢みたいじゃねぇか!」
近藤は腹を抱えて、笑い出す。瞼はほとんど閉じかけていて、どこか目は虚ろに笑っている。
「てめぇが言ったんだろうが。来世で一緒になろうってよ」
「へへへ、そう。来世でね。来世で一緒になる。幸せになろうな」
近藤は目を瞑って、息を吸い、吐く。
「だから、離さないでいてくれる?」
どこか夢心地のように。
どこか懇願するように。
どこか懺悔するように。
近藤は呟いた。
正直、バカだと思う。来世なんてあるはずがない。あったとしても、来世で幸せになれるとは限らない。
こいつの頭ん中はお花畑だなと、思った。
それなのに。それなのにだ。
俺は、夢心地のように死ねる花を探して、用意して。
こうして、一緒に花に囲まれて過ごしている。
ああ、こいつの脳内花畑がうつったのだろうか。
俺も大概バカだな。
気怠い体を起こして、近藤の鼻に自身の鼻が触れるほどに近づく。まだ目を瞑っている近藤。口は硬く閉ざされていた。俺は口を開ける。
「じゃあ、離れねぇように溶け合うか」
近藤は薄く目を、そして口を開けて、笑う。
それが合図かのように、口と口が触れ合い、深く深く、混ざり合う。
このまま混ざり合って、溶けあって、ひとつになれたなら。

きっと、来世ではひとつになれるだろうな。
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