俺らのどこかに

「しんすけくんのうそつき!」
「うそじゃないもん!」
ガキの頃の話だ。俺はある出来事からオカルトを信じていた。周りのガキたちも信じていたはずだが、年齢が上がるにつれ、大人たちが否定するにつれ、信じなくなった。
それでも俺は信じていた。だが、友達だと思っていたやつに否定された。俺の信じる”あのこと”までも。俺はその頃ガキだったこともあって、それが我慢できずに、喧嘩になった。悪いのはどう考えても俺。大人たちはこぞって俺を否定した。
オカルトなんて非科学的。
俺はそれに反論ができなかった。何も知らないからだ。全て聞いたことでしかない。大人が言うことに否定する説がない。俺はそれに従うしかなかった。
それでも、俺がガキの頃に見た”あのこと”だけは今でも信じている。
それだけは、誰にも否定させない。されたくない。
”あの人”だけは誰にも汚されたくない。
だから俺は、自分が見たことしか信じない。
“あのこと”以外は、信じない。

〇〇〇

学校がつまらない。とはまで言わないが、どうでもいいと思う時がある。今日がそんな日だった。
暦上はもう春になってから、十数日も経つ。しかし、冬がまだ名残惜しく居座っているかのように、日陰は少し肌寒い。そんな日は、教室なかにいるより、屋上そとのほうが暖かく居心地がいいだろう。
何故屋上かというと、どこの学校にもくだらない七不思議というものがある。夜中に演奏しだす誰もいない音楽室のピアノ、学校を徘徊する人体模型、異世界に通じる踊り場の鏡、その他もろもろ。そのひとつに、舞台が屋上の話がある。なんだったか、この学校で自殺した幽霊が一緒に飛び降りようと誘ってくる話だったか、そんな話だ。だから、屋上は大概人気がない。サボりにはうってつけってことだ。
もともと、1時間目の授業はサボるつもりだった。朝起きた時点で、遅刻は確定していたからだ。新学年になったばかりで、授業途中の教室に入っても嫌な注目と説教しかないのは分かり切っている。だから、サボる。なんてどうでもいい言い訳を自分の中でしつつ、屋上への階段を上っていた。
嫌な音が鳴る錆びついた扉を押し開くと、爽やかな風が流れ込む。冷たすぎない良い風だ。思わず口角が上がる。来て正解だったな。これで誰もいなかったら良いんだが、そうはいかなかった。すぐに俺の口角は下がった。ついでにため息も吐きそうになったが、それは押し込んだ。
先客がいた。ただの他人や顔見知りの先客ならまだいい。そいつは屋上の真ん中でこちらに頭を向けて寝転がっていた。日差しは確かに柔らかく、日向でも気持ちがいいだろうが、こんな堂々と、それもど真ん中で寝転がっているなんて頭がおかしい。俺は一応誰か確認しようと、そいつに近づいた。
そいつは横向きになって気持ちよさそうに寝入っていた。ここが屋上だと忘れているかと言わんばかりにぐっすりとアホ面を晒しながら。
このアホ面、近藤は最近やたらと絡んでくる男だ。それもこの男、風紀委員長という大層ご立派な肩書きをもっていて、その権力を最大限に生かして、やけに俺の前に現れる。委員長の真っ当な仕事としてなら別に構わないが、こいつは違う。
その権力を利用して「宇宙人はいると思うか」だの「学校の七不思議、どれが信ぴょう性あるか」だの「前世は信じているか」だのえとせとら、くだらないオカルト話をしようとしてくる。風紀のことなんて1mmも関係ない。『俺はオカルトを信じてねェ』と、突き放しても、こいつは笑うだけで聞きやしねェ。最近では、逃げるのを諦めて近藤に話すだけ話させて、聞き流すようにしている。
きっと目の前の近藤は、俺を探しにきてここにいるのだろう。1時間目からご苦労なこった。それでこいつ自身がサボっていることになっているが、それこそ風紀を乱しているのはどっちだという話だ。それでいいのか、風紀委員長さん。
先客がいるとすると、これからどうするか。
どこか別の場所に移動するか、それとも近藤を起こして追い出すか。
一時悩んだが、このままでいいかと俺は近藤が背を向けている側に座る。どっちも面倒なら、後回しになる方を取る。もしかしたら、1時間目が終わるまで起きないかもしれない。その可能性にかけるのもいい。
俺は自身のポケットを探る。しかし、目的のものがなかった。イヤホンを家に忘れたらしい。そうなると、早速手持ち無沙汰になってしまった。何をするわけでもなく、ここに来たから当然と言えば当然だが。
青空を見上げようと後ろに手をついた時、指先に何かが触れた。振り向くと、一冊の本。どことなくおどろおどろしく怪しい。それは異様な一つ目がこちらを真っ直ぐにのぞき込んでいるような錯覚をもたらす不気味なデザインの表紙。そして、その本のタイトルであろう文字は、表紙に似つかわしくない色と特殊なフォントで主張してくる。
『ムー』と。
こいつの愛読書か。オカルト好きだとは思っていたが、こういうのを読むのか。文章を一行でも読んだら、即寝しそうな奴だと思ったが。近藤の隣に置かれたそれ、月刊ムーは、オカルトの類でどこかしら一度は聞いたことがあるだろう有名なオカルト系雑誌だ。だからこそ、近藤の愛読書だとしてもさほど驚きはしない。
俺はそれを手に取り、パラパラと捲る。意外と文字だらけではなく、写真も散りばめられていて、色とりどりにページを飾っていた。UFO目撃ファイル、名画に隠された秘密結社の暗号、地底人を徹底解剖……。胡散臭いことこの上ない文字の羅列。
今、手持ち無沙汰で特に何かすることはない。だから、だ。だから、そのまま俺はそれを読み進めることにした。気づいたときには、いつの間にか結構なページ数を読みふけっていた。
ひと段落ついたところで、横、いや後ろから視線を感じる。俺は舌打ちが出ないよう、奥歯を噛みしめた。
不覚だ。こいつのことを一時でも忘れて、警戒を怠るなんて。俺は視線を感じる先に目を向ける。想像した通りの、いや、この屋上にいるのは、俺とこいつしかいないから、当たり前と言えば当たり前だが、視線の先には、先ほどまでアホ面を晒していた近藤が、今はニヤケ面でこちらを見ていた。今度は飲み込まず、舌打ちをする。それをものともせずに、近藤は俺が持っている雑誌を指さして、「やっぱ高杉、オカルト好きじゃん」と勝ち誇ったかのように言ってきた。
「好きじゃねェ」
「えー、なら、俺が起きて結構な時間経つけど、ずっと読んでたぜ」
「……」
別にやましいことはない。手持ち無沙汰だったから読んでただけ、と言えば良かったのだが……言葉がつまってしまった。そんな自身に腹が立つ。これでは図星と思われる。それは的中して、近藤はよほど嬉しかったのか、俺に近づいてきて、開いていた地底人徹底解剖のページを我が物顔で解説してきた。頼んでも(俺が)まだ読んでもいないのに。
近藤は楽しそうに指差しながら解説していたが、俺は構いなく、雑誌をバンっと音が鳴る勢いで閉じて、突き返した。別に近藤は気にもしてないようで、それを受け取りパラパラと捲る。
「で、高杉はどれが好きだった?俺はこの前世の~」
「だから、好きじゃねェって言ってんだろ。俺はオカルトを信じねェって決めてんだよ」
「だったら、何を信じてんだ?」
「俺は自分が見たものしか信じねェ」
「例えば?」
俺は口を開きかけたが、閉じた。喋りすぎた。こいつにここまで話すつもりは全くなかったのに。目だけで隣を見ると、近藤は雑誌から顔をあげて、俺を真っ直ぐに見ていた。
このまま黙っていても居心地が悪い。俺が立ち去ろうと腰を上げようとしたが、近藤は俺の腕を掴んで阻止してきた。それだけして、何も言わない。ただ俺の腕を掴んで、じっと俺を見ているだけ。簡単に振り払えるくらいの力だったが、俺は出来ないでいた。
耐えきれなくなったのは俺の方で、ため息を吐きながら腰を下ろす。近藤の方を真っ直ぐに見えず、屋上の床を見ながら答えた。
「ゆうれい、とか」
「幽霊?」
「……チッ。そうだ、笑いたきゃ笑え」
ここに来るんじゃなかった。あの時に、別の場所に移動しておけば良かった。しても仕方ない後悔で苛立ちがさらに募る。こいつのことだから、バカ笑いしながら仲間だと決めつけてきて、オカルトの話を語り出してくるに違いない。いや、それだけならまだいい。あの時みたいに言われたら……。
俺は掴まれていない手を握りしめ、次の言葉を待った。しかし、嘲笑も否定も聞こえてこない。その代わりに「笑わねェよ」と、どこか柔らかい含みを持った声が聞こえた。俺は近藤の方へ向く。近藤は穏やかな表情で俺を見ていた。そして、もう一度はっきりと言った。
「笑わねェよ、笑うわけないだろ」
と、真っ直ぐに俺の目を見て。
それはつかの間で、すぐにニカっと笑い「それに俺も信じてるしな!幽霊!」と、言いいつものバカ笑いをする近藤。
何かがこみ上げてきそうだった。俺はとっさに顔を反らすことと、口元を手で覆うことでそれを抑える。危なかった。何かは分からないが、とんでもないことを言いそうだった。
そんな俺のことを気にもしないで、近藤は掴んでいた俺の腕をこれでもかと揺さぶり「ということは、高杉は幽霊に会ったことがあるってことだよな!!」と嬉しそうに聞く。腕が痛ェし、うるせェ。
「で、幽霊さんと会ってどうだったんだ?どんな人だった?何か話したのか?」
「……覚えてねェ」
「いや、絶対に嘘じゃん」
「てめェに教える義理はない」
「なんだそれ!ひでェ!」
近藤は俺の腕を開放して、不貞腐れたように俺に背を向けて寝転がる。一瞬、近藤の顔が曇ったように見えたのは、厚い雲が俺たちに影を落としたからだろうか。背を向けているから、確認するすべはない。きっと気のせいだろう。俺がそんなことを思っていると、なにかぶつぶつと呟く声が隣からする。
「つまり、高杉には素質が……調査に……うってつけ……とすると……一緒に?……」
不穏な言葉が聞こえてきて、俺は眉間に皺が寄った。心配して損をするとはこのことだろう。なにか分からないが先手必勝で断ろうと声をかける前に、近藤が飛び起きて俺の方へ向いた。あ、これは声をかける前に逃げた方が良かったな。近藤は手元にあるあの雑誌で、口元を隠しながら(隠していても笑っているのは分かる)、はっきりとあたかも決定事項かのように俺に告げる。

「今日、夜の10時に学校正門前に集合な!」
「は?」

俺の声と重なるように、1時間目終了のチャイムが鳴る。「あ」と近藤はチャイムを聞くや否やすぐさま立ち上がる。そして、「じゃあ、絶対に来いよ!」と俺の返事を待たずにその場を駆け足で去って行った。俺は唖然として、近藤が去って行った方を見ることしか出来なかった。
「あー、くそっ」
苛立ちのままに言葉を青空にぶつける。してやられたような気分だ。そして、そのままその場で寝転がる。俺はこのまま2時間目もサボることにした。

〇〇〇

「本当に来た」
「……」
「待って待って!!うそうそ!!来てくれて嬉しいんだって!!」
夜が深まる前の22:00。練習に明け暮れ部活動をする生徒も、残業をする先生もいないだろう時間。校内には今誰もいないはずだ。それを物語るかのように、学校は昼間と違って、暗く重苦しい雰囲気を漂わせている。その正門前に、ひとりの男が立っていた。一方的に約束を取り付けてきた近藤だ。
こいつは俺の姿に気付くと、驚いたような顔をして、先ほどの言葉をぬかしやがった。だから、俺は何も言わず、即きびすを返して立ち去ろうとした。失礼な奴だ。俺だって、何で来てしまったんだと思っている。来るつもりは1時間前までは全くなかったはずなのに、時間が近づくにつれて、自身でもそわそわしているのが分かって、気付いたらここまで来てしまった。
「嬉しいのは本当だって、来てくれなかったら寂しいなって思ってたからさ!」
そう言う近藤は本当に嬉しいのだろう、遠くから見えた正門前で待っていた時よりは明るく笑っているように思う。それにしても、半そでのTシャツに7分丈のズボンと近藤は随分とラフな格好をしている。夜は日中と違って、ずっと肌寒いはずなんだが。自分の体感温度がおかしいのかと自身を疑いそうになる。長袖のシャツに黒のジーンズで来たが、上物を羽織るか少し悩んだくらいだ。
そこに、一台の自転車が通り過ぎた。自転車の運転手は、俺たちを怪訝そうな顔で見ていた。その人物が厚手の上物を着ているのを見て、自分がおかしくないことを確信させた。こいつの体感温度はどうなってるんだ。
それと運転手のあの怪訝な顔は、未成年がこんな時間にうろついているからか、はたまた近藤の恰好にドン引きしたかどっちだろうか。そんなことを考えていると、夜風が通り抜けてぞくりと背筋が震える。上物持ってこれば良かったな。いや、その前に帰れば良かった。
俺が自身の腕を軽くさすっていると、近藤が「とりあえず中に入ろうぜ!高杉の恰好黒ずくめすぎて、不審者と間違われそうだし!それにさっきのひともびっくりしてたしな」と言って、正門を乗り越えようと、門に足をかけていた。
この突き出された尻を蹴とばすか。無視して帰るか。
俺はこの二択を本気で悩んだ。

〇〇〇

「蹴り飛ばさなくてもいいだろ?最近、本当にこの辺で不審者情報多いんだって」
腰をさすりながら近藤はぶつぶつと文句を言いながら、前を歩く。その言葉を無視して、俺は近藤の後をついていく。帰らないだけマシと思え。
今俺たちは正門を乗り越えて、校舎の方へ進んでいる。今日は満月。だからか、夜だというのに月明りが眩しい。光源がなくとも薄っすらと周りが見えるくらいだ。懐中電灯が無くとも前にいる近藤を見失わずにいられるのも、この灯のおかげだろう。
そういえば言われるがままについてきてしまったが、俺は近藤が何をするためにここへ来たのか知らない。こいつのことだから、危険なことをしにきたわけじゃないと思うが。
そして、俺たちは校舎の渡り廊下に着いた。ここまで進んできて、ようやく電灯がついている場所だった。どうせ校舎の中に入るのだろうと思っていたが、近藤はそのまま通り過ぎて校庭に行こうとしていた。
校庭には何もないはずだ。何もないというのは、七不思議のことも含まれる。
「おい」
「ん?」
「てめェ、ここに何しに来たんだ。校舎なかじゃないのか」
近藤は立ち止まって振り返った。そして、あーとかんーと意味のない言葉を発しながら、周りを見渡す。そして、「ここでもいっか。明かりあるし」と言って、背負っていたリュックを下ろし、中を漁る。そこから取り出したのは、L字型の銀の棒2本。思考が止まった。が、すぐに頭を振って思考働かす。こいつは何をするつもりなんだ。そんな俺に構いなく、近藤は自信満々にはっきりと言った。
「これから地底人に会いに行く!!」
と。何を言ってるんだこいつは。俺の戸惑った表情に気付いたのか、近藤は首を傾げて、不思議そうな顔で俺を見る。違う、おかしいのはてめェだ。俺じゃない。
「高杉、もしかして地底人知らねーのか?」
「知らねーわけじゃねェが、いるわけねェだろ、地底人は」
「はァァァァァァ!?」
校舎に響くほどの大声で叫ぶ近藤。誰もいないだろうが、もし誰かがいて咎められる、または最悪通報でもされたら堪ったものではない。
「おい、声がでけェ!」
「いやだってよォ!あ、そうだ。高杉見てたじゃん!今月のムー!俺の解説付きで!」
「あの特集読む前にてめェが起きたし、てめェの話は半分も聞いてない」
「ひでェ!!だとしても、今までもムーで何回か特集は組まれてたし!」
「あれは昨日初めて見た」
その言葉を聞いて近藤はあんぐりと口を開けて、わずかに首を横に振る。信じられないとでも言うように。そして、おもむろに頭を抑えてから、銀の棒をリュックに戻して、代わりに今朝見た表紙のあの雑誌を取り出した。持ち歩いているのか。
「いいか、高杉。地底人っていうのはな」
と、近藤は今朝意気揚々と解説していたページを開いて、話し出した。
地底人。
言葉のまま、地中に住む人々あるいは知的生命体のことだ。SF作品で一度は聞いたことがあるかもしれないが、メジャーではないだろう。人類のなれの果てだったり、宇宙人だったりと言われている。
何故、地底に生命体がいると言われているか。
地球の奥の奥までは、深さ約6000kmと言われている。しかし、人間が堀り進めることができたのは、精々12km。マントルでさえ、届いてやしない。それも奥に行けば行くほど高温高圧という生命体には厳しい環境になる。それでも生命体はいる。まだまだ知られていない地球の内部。そこにオカルト好きはロマンを感じたのか。地底人がいるという説を一定数の人間は今でも支持している。俺からしたら、バカらしいとしか言えないが。
その支持派のひとりであろう近藤曰く、先ほど持っていた銀の棒、正しくはロッド・ダウジングで、地底人の気配とシェルターを探すらしいが、本気で思っているのか。占いや地下水脈を掘り当てるものだろ、それは。気配を探るものじゃないし、ましてや人間の無意識に働きかけてとかいう科学的根拠のない道具なはずだ。
思うところはいろいろあるが、こいつに何を言っても聞きやしないだろう。呆れ半分で聞いていたのが、近藤にも分かったのか、語っている最中は得意げだった顔が、俺の方を見た途端、口を尖らして不満げな顔した。
「まだ信じてねェの?」
「まだとか言う前に、俺は自分で見たものしか信じねェつってんだろ。今朝も言っただろうが」
「ムーの写真でもダメか?」
「ダメに決まってんだろ」
不鮮明で本当かどうか分かりづらい写真を指さして首を傾げる近藤に、問答無用で却下した。不満げな顔をしつつも、反論はせずに近藤は潔く、月刊ムーをリュックに戻す。
「まァ、今信じてなくてもこれから会いに行くから、否が応でも、高杉は地底人のことを信じるようになると思うけど」
どこからそんな自信が出てくるのか。鼻歌交じりに、近藤はリュックから先ほどのロッド・ダウジングと懐中電灯を1本取り出して、後者を俺の方に投げる。思わず受け取った俺に、にんまりと笑ってから校庭の方へ近藤は歩き出した。ここまで来てしまったのだから仕方ないと、半ば諦めの境地で、俺は懐中電灯の電源をつけて、後を追った。

〇〇〇

「それにしてもなんで学校なんだ」
「なにが?」
「お前のいう地底人がいる場所」
「ああ!……高杉はさ、学校の七不思議とか怪談ってなんであると思う?」
「は?それ今関係あるか?」
「いいからいいから。高杉の意見が聞きてェ」
「……ガキ特有の勝手な思い込みの暴走」
「ハハハ!なるほどな。でもそこまで言う?」
「事実だろうが」
ガキは何も知らない。それが何故起きるのか、どうしたらそれが違うと証明できるかということを知らない。だから、恐い。知らないものは怖い。いつもと違う現象。こんなこと起きるはずがないという思い込み。閉鎖空間何てそんなものだ。
大人でも一緒と言われたらそれまでだがな。
「まァ、でも半分当たってんのかな」
「半分?」
「うん。大半、その場にいるのが子供だから。子供ってさ、人一倍恐怖を感じるんだよ。自分たちと違うモノ。異質なモノ。それをとてつもなく怖いって思う。本質を理解できれば、恐くないはずなんだけどさ。でも、自分で理解できないものとか、それ以上のものって怖いじゃん。大人でもさ。子供ならなおさらってこと。その恐怖を覚える一番初めの場所が学校なんだよ。だから、みーんな学校に恐怖を覚えて、怖い話、怪談があるんだ」
「それは学校の怪談の説明であって、地底人と関係ないだろ」
「関係ある!怪談は絶好の隠れ蓑になるから!」
こちらに向いて近藤は力強く肯定する。意志の強い目で、絶対に合っているという目で。それこそ、何か決定的なものを知っているから、自信があるというような意思が伝わる。近藤はニカっと笑い、またロッド・ダウジングに視線を戻す。
「話の続きだけど、結局怪談なんて子供の言うことだからって、大人もそれこそ同じ子供だって信じてねェんだよ。ほら、恐怖でみせた幻覚とか思い込みみたいな?って感じで信じるやつがいない。だからこそ、異様なものは住みやすい……いや、居やすいっていうのかなァ?見つけられたとしても、子供のいうことだからって本気にされないしさ」
一理はあるだろう。しかし、それが全てだと思わない。
もしかしたら、近藤は何か知っているのではないか。だから、遠回しな曖昧な言い方をして誤魔化しているのか。それともただの馬鹿か。
「それに、この学校って妙に怪談話多いんだよな。俺が聞いた限りじゃ、七不思議に収まってないからね!九不思議くらいは確実にある!そんなの絶対に何かあるだろ。地底人の出入り口くらいにはなってるって!」
これは後者な気がしてきた。こいつは喋れば喋るほど馬鹿が露呈する。
「よくそんな話できるな」
「なにが?」
「怪談。地底人。ありもしないことを、つらつらと。それとも、会ったことがあるとかか?」
「いや、ないけどさ。だから、楽しみなんだよ」
「楽しみって」
「会えたらラッキーだし、会えなかったらタイミング悪かっただけ。だって、いないって証明されてないもん。夢みたっていいじゃねーか」
「……」
「昔では考えられないことが、今ではできることだってあるのに、今の考えが絶対に正しいとは考えられないだろ。考えるのはいつだって自由なんだって、言ってたっけな……」
ロッド・ダウンジングを見つめているはずだが、どこか遠くを見ているような近藤。その横顔がどこか儚く、このまま夜に溶けてしまいそうで……俺の網膜に焼き付く。俺はすぐさま目を反らす。これ以上、見てしまうと夢にまで出そうだ。冗談じゃねェ。先ほどまで、寒いと感じていたはずが、熱くなった気がしたのは気のせいであって欲しい。
「なァ、高杉はさ、前世って信じる?」
こいつの話題はいつも唐突だ。俺が必要以上に上がっているだろう熱を冷まそうとしている間に、こいつの中で何があったのか。前世ってなんだ?さっきまでそんな話題一つもなかっただろ……。また、独自理論の話をしたいのか、と呆れながらも近藤の方を向いた。
近藤はいつの間にか立ち止まっていたから、俺が振り向く形になった。目が合う。あいつは俺を真っ直ぐに見つめていた。何かにすがりつきたいような必死な目で。俺は何も言葉が出なかった。しかし、何か返事をしなければいけない。そう思っていたが、それは中断される。

ガサッ

俺たちの進行先だった木々が植えられた校庭の片隅。そこから音が聞こえた気がして、俺たちはそこに視線をやる。今は何も動いていない。気のせいか? いや、確かに聞こえたはずだ。俺たちは息をのんで、その音の正体を見極めようとその場を動けずにいた。
すると、またガサッと音がした。そして、のそっと“何か”が出てきた。黒い物体。周りが暗いからではなく、そのものが黒いペンキを浴びたかのように真っ黒いモノ。そこにギョロギョロとした目が2つ付いている。
化物。その名称がしっくりくる。
俺たちはさっきと別の意味で動けずにいたが、近藤の手元にあるロッド・ダウジングだけは何かに反応して、棒の先を激しく左右に揺らしていた。そいつは目だけでキョロキョロと辺りを見渡した後、目の前の俺たちを真っ直ぐ見てきた。そして、黒い物体だったそいつから、短い手のようなものが生えて、俺たちに向ける。次にその伸ばした手を自身の、人で言うなら胸だろう辺りに持っていった。
「え、何?クレイバーにお前を抱いてやるってこと?」
「んなわけねェだろ!走るぞ!」
俺は近藤の的外れな言動で、硬直が解けたかのようにすぐ体が動いた。俺たちは来た方向へ走り出して、そいつから離れることを選んだ。近藤は後ろ髪をひかれるように化物を見ていたが。
そいつは、俺たちが逃げようとしたことが分かったのか、今度は短い足を生やして、のろのろと追いかけてきた。スピードは速くない。
「そういやさっき、このクレイバーダンシングちゃんが反応してたよな。それってつまり、あいつは地底人ってことだろ?あ、挨拶した方が良かったかな!?」
「あれはどうみても化物の類だろ」
「化物かー」
「なんでがっかりしてんだよ」
センスも何もない名前は無視して(ダウジングをダンシングと間違えていることも含め)、走るスピードを速めた。このまま化物を巻いてしまおうと思ったのだが、その前に化物に異変が生じた。それは化物の体がボコボコと膨れてきたからだ。何かが中から飛び出してきて、破裂しそうな不規則な膨張。さすがに近藤もその異様さには息をのんだ。危険信号が脳内で鳴り響いていると、俺たちの前に白い塊が飛び出してきて、思わず立ち止まってしまった。
「わんっ!」
「定春!!」
それは、何故かこの学校に住み着いている野良犬の定春だった。学校側が容認しているのかなんなのか、誰も追い出そうともしないので、この犬は我が物顔で学校内を日中、闊歩している。そのためか、学校を自分のテリトリーと思っているのだろう。侵入してきた異質に立ち向かうかのように、定春は俺たちの横を通りすぎて、化物の方へ走って行った。
いや、尻尾を振っている?まさか、遊び相手だと思っているのか?
度胸がある犬だとは思っていたが、どちらにしても危険に変わりはない。その化物から離れるよう定春に声をかけようとした時。

化物が定春を食べた。

俺たちは言葉を失った。食べるというより、あの黒い体を広げて、定春の全身を包み込んだという表現が正しいだろう。どちらにしても、俺たちは助けられなかった。定春は化物に取り込まれた。
もしかして、俺たちはとんでもないモノと対峙しているんじゃないか。
定春を取り込んだ化物は、だんだんと萎んでいき小さくなる。そして、小さくなった黒い塊がもぞもぞと動き、中からでてきたのは、定春だった。
ホッとしたのもつかの間。すぐに俺たちは分からされる。定春じゃない。目が、雰囲気が……なにか違う。ぞくっとした。
あの化物だ。
間違いねェ。寄生した、ってことか。そうなると、次は自分たちの番かもしれない。
その結論に近藤も辿り着いたのだろう。俺たちは何も言わず、走り出した。ワンテンポ遅れて、定春に寄生した化物も走り出す。化物だった時とは、比べ物にならない速さ。寄生先の身体能力に左右されるようだ。舌打ちがこぼれる。犬に速さでは勝てない。いずれは追いつかれてしまう。
何か打開策はないか辺りを見渡すと、いつの間にか、校舎付近まで走ってきていた。ふと校舎を見ると、ひとつ窓が開いているのを見つけた。なりふり構ってられない。近藤に「おい」と声をかけて、開いた窓の方に目を遣る。なんとなくわかったのだろう、ちらっと俺を見て近藤は軽く頷いた。あとはほとんど運次第ではあるんだが、賭けるしかない。
少し申し訳なさはあるが、俺は振り向いて立ち止まる。突進してくる化物に懐中電灯を向けると、そいつは一瞬怯み、足が止まった。俺はそのまま懐中電灯を校舎と反対側に投げ捨てる。化物が光の方に走り出しすのと同時に、俺は校舎の方へ向かった。近藤はもう中に入っていて、「高杉」と、こちらに手招きをしていた。そこから何事もなく校舎内に入り、近藤が辺りを見回してから、窓を閉めて鍵をかけた。そのまま窓の下の壁に、俺たちはもたれかかり息をひそめる。
先ほどからうるさいほど鳴り響く鼓動。それを落ち着けるためにゆっくり呼吸をするが、それでさえ廊下に響きそうなほどに静かだ。
どのくらい時間が経ったのか。時間を確認する気にもならないが、少し落ち着きを取り戻し、肩の力を抜くように大きく息を吐いた。近藤は身を隠すことに飽きたのか、床に置いてあるロッド・ダウンジグを触り出した。一応、音を出さないよう気を使っているようだ。そこに「なァ、高杉」と、小声で話しかけてくる。
「……なんだ」
「俺さ、こんな状況ですっげェピンチで、すっげェ怖いのにさ」
そう言って、近藤は少し震えている手を口元に持っていき、目線だけを俺へ向ける。そして、
「すっげェドキドキしてる」
と、頬を染めて笑っていた。月明りで多少は明るい廊下だが、俺たちは窓際で影の中にいるから、はっきりと相手の顔が見えないはずだ。それでも”分かる”のだ。……何故? 考えれば考えるほど、脳の奥が、目の奥がチカチカする。なんだこれは。
『すっげェドキドキする』
頭の中に響く誰かの声。俺は知っている……?何を?
俺はこの“言葉”を知って……

バンッ!!

頭上から突如音がした。思考は中断され、頭の中が急激に冷める。先ほどまで廊下全体に月明りが降り注いでいたはずが、俺たちの前だけ影が落ちている。それも異様な形をして。唾を飲み込み、恐る恐る上を向く。そこには、最初に出会った姿の化物が窓に張り付いてこちらを見ていた。
呼吸が一瞬止まった。そこから俺たちに出来たことは、急いで窓の反対側である教室側の壁に移動することだけだった。そこから、化物は俺たちから目を離さずに、横へ横へ移動していた。俺たちはそれをただ見ているだけで精一杯だった。絶叫しなかったのが不思議なくらいだ。そして、俺たちが侵入してきた窓の隣に張り付くと、その窓が開いた。鍵がかかっていなかったのだ。「なんでェ……」と、近藤から小さく声が零れた。ゆっくりと化物は校舎内に侵入し、真正面という訳ではないが、俺たちは化物とほぼ対峙する形になった。寄生する前より、膨れ方の異様さが目立ち、大きくなっていた。それはもう見上げるほどに。このまま俺たちは、この化物に食われるのだろうか。いや、寄生されて精神が死ぬのだろうか。
食われるくらいなら、食われてしまうくらいなら。
俺は、隣にいる近藤の手だろうものに手を重ねた。何故、手を重ねたのか分からない。本当にそれが近藤の手だったのかも確認してはいない。ただ、無意識に近藤の存在を探していたのだと思う。より一層膨らんだ化物が、俺たちに覆いかぶさるように襲い掛かってくる。目の前が暗くなる。思わず、俺は顔を反らして目を瞑った。その瞬間。
ガンッ!!と何か殴る音が聞こえた。
自身に衝撃が来ていない。ゆっくりと目を開けると、俺を庇うように目の前にいる近藤と……
「さっきからギャーギャーうるせェんだよ、真夜中に。発情期ですか?コノヤロー」
「銀八っ!!」
俺たちの担任である男、坂田銀八がいた。
無造作に飛び跳ねる銀髪の後ろ頭を掻きながら欠伸をし、なんともやる気がないのが分かる。俺たちの目の前に、化物がいない。どこに行ったのか、銀八の視線の先を見やると、わずかに動く黒い塊が廊下の先で蹲っていた。
近藤は俺から離れて、銀八の方へ近づいた。
「なんで銀八がここにいんの?」
「あ?それはこっちの台詞だ。良い子は寝る時間だし、フホウシンニューだぞ」
「それは銀八もだろ?」
「俺はいいの。あと、先生つけろ」
会話の途中だったが、銀八はおもむろに化物に近づいて行った。「銀八……」と近藤が心配そうに声をかけるが、銀八は返事をせずに化物の傍にしゃがみ込む。そして、ジッと観察するようにその場から動かない。化物の動きは緩慢で、ほとんど動いてない状態だった。観察し終えたのか、銀八は立ち上がり、隣の教室に入っていき、すぐさま戻ってきたが、手には人体模型の頭を持っていた。俺たちが背にしていた教室は理科室だったらしい。
銀八はその人体模型の頭を化物の方に放り投げた。化物はそれに勢いよく飛びついて、食べた。あの定春のときのように。ごくりと唾を飲み込む。萎んでしまった化物は廊下に伏せたまま動かなくなった。それを確認して、銀八は動かない化物から人体模型の頭を取り出して、「よし」と言った。
「え、何もよくないんだけど!」
「俺が良いって言ったらいいんだよ」
「いや、そういうことじゃ……というか、銀八はそいつのこと知ってんの?」
「まァな」
「そいつって何?」
「は?そんなの“地底人”に決まってんだろ」
銀八の言葉が飲み込めずに、俺は唖然とした。顔は見えないが、近藤も同じだろう。言葉を発さずに固まっている。いや、こいつのことだから、目は輝かせているかもしれない。そして、銀八は人体模型の頭を上に放り投げては、キャッチする手遊びを繰り返しながら、そいつの説明をした。
「こいつと、こいつの仲間たちは、地中の奥の奥深くに住んでんだよ」
「地中奥深くって?」
「そりゃあ、人間様でも届かない深いふかーいところだな。あれだ、マントル付近だと思え」
「マントル……」
「中学の理科でやっただろうが」
「やったかもしれないし、やってないかもしれない」
「もういい。話戻すぞ。とにかくこいつらはマントル近くの高温高圧の極悪環境で生息している。そして、自分たちの生息域を増やしたくて、徐々に地上に近づいてきたのはいいが、こいつらにとってここは寒すぎるし、無重力まではいかないがふわふわするし、明るすぎる。逆に地上が劣悪なんだよ。それでもこいつらの好奇心は抑えきれなかった。どうしても地上が気になって気になって仕方なかったんだろうな。だから、このどんな劣悪環境に耐えれるスーツを開発したんだ」
「え?それスーツなの?」
銀八が元々化物だった黒い塊を持ち上げた。確かに布のような何か柔らかいモノに見える。
「ま、欠点はあるがな」
「どういうこと?」
「内側からの圧力に耐えれねェんだ。外側からの圧力には耐えられる。ずっとそういう環境だったからな。けど、地上に上がるほどに圧力がなくなっていく。人間だったら、重い枷みたいなのが外れる感覚だな。力の加減ができない。だから、めちゃくちゃな動きになる」
「あ、あのなんか爆発しそうなボコボコしてたのって」
「そういうことだな。スーツの中で近い現象が起きてる。地上に長く居すぎると、こいつらの場合、制御が難しくなんだよ」
「そんな……そんなになるまで地上にでてこなくても」
「それくらいこいつらにとっては、地上がロマンだってことだろ。人間の宇宙とか深海に感じるロマンと一緒だ」
銀八が近藤に人体模型の頭を差し出す。何も言わず近藤は人体模型の頭を受け取り、見つめ合うように眺めていた。「ロマンか……」と、近藤がボソッと呟くと、人体模型の頭がそれに肯定するかのように頷いたのだ。
「エエエエエエ!!う、動いた!?」
「地底人だからな」
「地底人関係なくない?それより、待って、この中に地底人いるの?」
近藤はぎこちなく、銀八を見る。銀八は何とはなしに頷く。頬が引きつりそうだ。
「地底人つっても、こいつらは人の形はしてねェ。どっちかというと微生物に近いから、知的生命体っていうやつだな」
「知的生命体……!!やっぱ人以外にもいたんだな」
「当たり前だろ。人間サマだけの特権と思うなよ」
「そ、そうだけど」
「で、その知的生命体には、人間と違った能力がある」
「能力?」
「寄生だ」
「きせい……あ!定春!!」
近藤は振り返り、泣き出しそうな顔で俺を見る。俺は奥歯を噛みしめた。あの苦々しい光景を思い出したからだ。俺たちは、あの時自分たちに必死だった。だから、定春を助けられなかった。いや、見捨てたと言ってもいい。定春はもう……。
「あー、心配しなくていいぞ。生きてるからな」
「へ?」
その時、わんっ!という鳴き声が聞こえた。俺たちはすぐさま窓に近づき、外を見る。すると、窓の外で何事もなかったかのように、定春が尻尾を振ってこちらを見上げていた。
「い、生きてるー!良かった!!」
「こいつらは寄生するからといって、寄生先を殺すことはしない。主導権を一時的に奪うって感じだな」
「え?それはそれで怖くない?」
「寄生先は寄生されてる時の記憶はないから、何も問題ないだろ?」
「えーそれでもなァ……」
俺たちはいぶしかげに近藤の手元にある人体模型の頭…もとい地底人(仮)を見る。地底人(仮)は小刻みに揺れた。失礼だろと言わんばかりに。
「動植物はお手の物だし、最近ではそういった無機物にも寄生できるようになったからな」
俺たちに、というよりは窓に近づいて、白衣のポケットに入っていたビーフジャーキのようなものを定春に向けて投げた。定春はそれを上手に口でキャッチし、そのままどこかに行ってしまった。手懐けてやがる。この教師。
「ま、全部俺のおかげってことだな」
「んー、銀八は一体何者なんだ?」
「銀八先生」
「そうだけど……てか、何でここにいんの?」
「あ?そんなのここに住んでいるからに決まってんだろ」
「「はァーーーーー!?」」
俺たちは今日一番の大声を出した。銀八は鬱陶しそうに顔をしかめ、左耳を抑える。
「仕方ねーだろ。住むとこねーんだから」
「住むところないからって住んでいいわけないだろ!」
「理事長から許可もらってんだよ」
「何で!?」
「あー、詳しくは面倒くせェから聞くな。まァ、俺も広く言えば地底人ってことだ」
銀八は、これ以上の自身についての質問は受け付けないという態度で、窓枠にもたれて天井を見上げていた。
頭が痛くなってきた。俺はくらくらする頭を抑えて、今までのことも含めて考えを整理しようとしたが……出来る気がしない。誰かこれを夢だと言ってくれ……。そんな俺の思考とは真反対の男、近藤は口を抑えて目を輝かせていた。それはそれは、あの地底人を語っていたとき……いや、あの時以上に。
「高杉!高杉!俺、今日で地底人に2人も会っちゃった!!これは何かしらの記念日にしたくない?」
「どういう発想だ」
「ま、そういうこった。面倒になるから誰にも言うなよ。特に近藤」
「い、言わねェよ!」
「どうだか。お前、ポロリと言いそうだからな」
「そんなことねェって!……たぶん」
「おいおい、本当に勘弁しろよ。俺が怒られるんだからな」
「なんで?」
「住んでいい条件のひとつとして、夜の学校の治安維持があんだよ。てめェらみたいなバカが侵入してくるからな」
こいつと一緒にはされたくないが、実際侵入している手前、反論ができなかった。
「だから、そいつを使って、追い出したりしてんの」と、銀八はさらっと問題発言をした。俺たちは思わず顔を見合わせてしまう。
「え、そいつって、地底人くん?」
「まァ、そうだな。人体模型だと人みたいに動けるからってそいつのお気に入りになんだよ。だから、夜は駆けまわっていいようにさせてる。俺の見回りも減るしな。で、夜になったら定春に寄生させて、ここまで来りゃァ、いちいち人体模型とか運ぶ苦労もしなくていいから、楽になったもんだ。それにしても、理科室の方の窓から来いって行ってんのに、時々廊下の方から来るんだよなァ。めんどくせェからどっちも開けてるけど」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうな。点と点が繋がった、いや、十中八九こいつらのせいで、この学校の怪談はあるし、増えているんだろう。それは確信した。ため息が自然と出た。その時、俺の腕をこずくやつがいた。ひとりしかいないが。
「高杉、高杉」
「……なんだ」
「”地底人”いただろ?」
「……」
近藤は地底人(仮)を俺に突き出す。地底人(仮)は横に揺れた。
「高杉、信じるよな?」
俺は舌打ちして、顔を反らす。こんなことしても、肯定と受け取られるだけだと分かっていても、認めるのは腹立たしい。近藤も分かっているのか、得意げに笑うだけでそれ以上何も言ってこない。
「いや、それにしても本当に地底人に会えるなんて……俺、今すっげェ感動してる」
「近藤はオカルト好きなんだな」
「そうだな」
「お前は?」
「は?」
「高杉も好きなのか、オカルト」
「俺は信じてない」
「……ふーん」
と、銀八はどこか含みのある相槌をうってきやがった。俺はそれに対して、突っかかりそうになったが、その前に近藤がある提案してきた。
「なぁなぁ!俺たちで秘密結社、結成しようぜ!」
「は?」
また、こいつは唐突に変なことを言いだした。俺と銀八は眉をしかめて、近藤を見る。
「秘密結社ってなんだ」
「ハァ。高杉は秘密結社も知らねェのか」
「……」
「睨むなよォ……秘密結社っていうのは、秘密の結社なんだよ」
「答えになってねーだろうが」
「具体的になにすんだ」
「うーん、この世のオカルトを探し出すとか?」
「壮大すぎるだろ」
「じゃあ、身近のオカルトを証明する秘密結社とか!銀八、顧問してくれよ」
「は?めんどくせェ」
「いいだろ?どうせ暇そうだし」
「失礼だな。暇じゃねェよ。毎週のジャンプチェッ……分かった。部費でジャンプ買っていいんだったら、いいぜ」
「いや、そこはムーにしようぜ」
「その前に秘密結社を部活にしようとするな」
「えー、地底人くんも入りたいよな」
近藤は手に持っていた地底人(仮)に話しかけた。地底人(仮)もどことなく嬉しそうに頷いている……ように見えた。大分、俺もこの空間に毒されてきているのかもしれない。
「そういや最近、そいつ言葉覚えたくて、人間に寄生したりしてるから、気をつけろよ」
「え!?も、もしかして最近の不審者って……」
と、近藤は地底人(仮)を見る。さっきまで感情豊かに動いていたが、今はぴたっと動かなくなった。こいつ、図星か?
地底人(仮)を持っていた近藤は、無言で銀八に押し付けようとするが、銀八は受け取ろうともせず、理科室に向かう。
「てか、お前ら早く帰れ。俺は今、夜のパフェ作りで忙しいから、お前らに構ってる暇はねーの」
「いやだって、それ聞いたらなにも安心できなくなるって。地底人くん自体、喋れないってこと?」
「音っていう概念がないからな」
「そういう……え、でも今俺らの言葉分かってるよな……大体の言葉は覚え……お前、今まで何人寄生した食った?」
なんて茶番しながら、あいつらは理科室に入っていた。
疲れた。まさかこんなことになるなんて。
俺は、窓枠にもたれかかり、天井に向かってため息を吐く。
結局あいつには言わなかったが、地底人を信じてもいい。
地底人はいた。それもふたり。
今日あった出来事を思い浮かべる。今朝から散々だったはずが、不思議と今は悪い気はしない。
そういえば、近藤があの時なにか言ってたな。”前世を信じるか”とかなんとか。
「地底人くん……名前欲しいよな……ステファンとかどう」
「ステファンってなんだ」
「前に新八くんと見たSF映画に出てきた地底人の名前」
「そのまんまか」
と、理科室の中から声がする。それに少し口角が上がったのが自分でも分かる。
”前世の話”は信じていない。俺にそんな記憶はないからだ。今の生きている記憶しかない……多分。あの時の、脳の奥が弾けるような感覚は、きっと関係ない……と思う。
何故、近藤はそんなことを言いだしたのか。ただの気まぐれかもしれないが、聞いてみるのも一興だろう。
「高杉ー?入ってこないのか?」
と、丁度よく近藤が理科室の扉から顔を出して、俺を見る。それは前世の話をしたときとは対称的に楽しそうで、晴れやかだった。
今はいいか。いつか、聞く機会も聞かれる機会もあるだろう。今、じゃなくていい。
俺は聞くのを止めて、近藤の方へ歩き出した。後で思うと、次もあると、また近藤のオカルト話に付き合う気が自分の中であることにも驚いた。俺も大概懲りないバカだ。

それでも、今はこのままでいい。
おわり
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