800字100日チャレンジ!?

「あああ!!描けないーー助けてトシーー!!」
「手動かなさきゃ、そりゃ描けねェよ」
「そうじゃねェ!!」
近藤さんが天を仰ぎながら、泣き言を洩らす。目の前の真っ白なキャンバスから逃れるように。
「今月の絵画コースの課題なんなんですかィ?」
「あ、総悟。それが好きなものなんだけど、うーん思い浮かばねェ!!」
「好きなものねェんですか?」
「反対!ありすぎて困ってる!!」
「らしいですねィ〜」
自慢するかのように近藤さんは胸を張って言う。俺はそれに肩をすくめて、土方さんを見る。
土方さんはその視線を受けて「〆切一週間きったけどな」って付け加えた。
「トシ〜〜!!」と、頬を膨らませる近藤さんに、土方さんはため息を吐いて「夕飯買ってきてやるよ。総悟もいるだろ?」と席を立った。
チラリと覗いた土方さんのキャンバスはほとんど完成間近まで整っていた。本当に〆切まで時間がないんだなと、専攻してない俺でも分かった。
「俺、ロールキャベツがいい」
「じゃあ、俺も」
「コンビニにあるものにしろ」
「もうおでん終わっちゃったかなー」
「春ですからねィ」
「はァ、適当に買ってくるから、総悟は近藤さんが脱走しないよう見張っとけ」
そう言って、財布とタバコを持って土方さんは部屋から消えた。タバコ休憩もあれは兼ねてるな。俺からしたら、夕飯代が浮くからラッキーだし、なにより。
「トシめェ……俺だってやべーこと分かってるから、逃げ出さねーよ!でも、描けないのは変わりないんだよ!」
近藤さんと2人っきりなのが嬉しい。最近、この課題のせいだろうで、中々に会えなかった。
多分、きっと、認めたくないけど、土方さんがほんの少し配慮してくれたと思う。認めたくないけど。
近藤さんは、うーんうーん悩んで真っ白なキャンバスを睨んでいる。それにしてもこんな姿初めて見た。
直感で描くタイプの近藤さんだから、いつもなら下書きをあまりせずに、直接色を乗せて乗せて、筆を途切れささず、油絵特有の厚みのある絵を描いているイメージがある。
それが色を一切乗せてない真っ白なキャンバスと向き合ってるなんて。
本当に悩んでるんだな、と思う。
「何そんな悩んでるんですかィ。好きなもののテーマひとつに絞ればいいでしょうが」
欲張りはいいことだが、テーマはブレてはいけない。
軸がしっかりしてないと、どんな作品でも折れしてしまう。響かない。
これは俺が専攻してる立体コースでも言われるし、顕著に出やすい。
俺に言われるまでもなく、近藤さんならそんなこと知ってるだろうに。
近藤さんはうんうん言うのをやめて、ぽそりと溢れるように言った。「嫌だ」と。
「なんでですかィ」
「……テーマは決まってんだ。モチーフがあとからあとから思い浮かぶから……」
「それこそそこから一番良いやつ二つ三つ絞りこめば」
「絞れないし、それが嫌なんだよ!総悟との思い出に順位つけたくねーもん。どれも描きたい」
俺は目を見開いた。人生でこんなに開くことあるかってくらい。
近藤さんはなにか呻き声をあげてから、席を立った。
「やっぱなんか思いつかないから、一回外に行かせて。逃げないから」
と、この場から逃げ出そうとしていたが、俺は咄嗟に近藤さんの肩を掴んで、もう一度座らせた。
「え、なに?総悟?」
俺の方を向く近藤さん。いつもより視線が低くて、上目遣いになっている。俺は少しばかりの優越感でにんまりと笑う。意地の悪い笑みだっただろうか。近藤さんはすぐ目を逸らして、「外の空気吸うだけなんだよ、ここにいてもアイデア思い浮かばないし、気分転換というか」とぶつぶつと言い訳をし出した。
俺は近藤さんの隣にあった油絵のチューブを手に取る。そして、遠慮なく俺はその赤色を自身の右手の上に乗せる。
「ぎゃああああ!!総悟何してんの?!早く手洗って!!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ近藤さんの後ろから手を伸ばし、真っ白なキャンバスに赤色を塗りたくる。ぐるぐると真ん中を。ぐるぐると手のひら全体で。
一通り満足した俺は、手を下ろして後ろから眺める。それはただ真ん中に赤色を乗せただけの絵画。
先ほどまで騒いでた近藤さんは、何も言わずにその赤色をじっと眺めていた。
「描けねーっていうならこれで十分ですぜ」
「え?」
「真っ白なキャンバスは俺だけの愛。それだけでもう十分ですぜ。俺も愛してます」
「え、え、あっ」
近藤さんは言葉が出ないようで、顔を真っ赤にさせて口をぱくぱくさせている。
それを唇で塞いで、落ち着かせる。名残り惜しくも離れたら、慌ててぎゅっと口を結ぶ。俺の普段は動かない表情筋が緩むのが分かった。
「これで出しやしょうよ」
「ダメだろ、総悟の作品になっちゃう」
「じゃあ、共同ってことにします?」
「共同って、俺何もしてない」
「ずっと俺との思い出をこのキャンバスに描いてたんでしょ。だから真っ白なんですぜ」
「ええ〜〜そうだけど、それじゃあ、絶対にとっつあんに怒られる〜〜」
「で、近藤さん」
「ん?」
「返事はどうなんですかィ?」
「え?あー、ちょっと待って」
そう言って近藤さんは黄色のチューブを持って、自身の手に乗せた。そして、それを先ほどのキャンバスに塗る。いや、乾き切ってない赤色とキャンバスで混ざり合わせている。ぐるぐるとしていると中心はすっかりオレンジ色になっていた。
そして、近藤さんは俺の方へ向き直って、赤く染まった俺の手に今度は黄色を乗せて、キャンバスで混ざり合わせたようにオレンジの手で俺の手を擦り合わせる。
すっかり混ざり合って、俺たちの手はオレンジになっていた。
「これが答え。愛してるよ、総悟」
あー、敵わねェや。

おわり
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