800字100日チャレンジ!?
『俺、この前結婚した』
人は一文だけで人を壊せることをその時知った。
そのメールの一文を見ただけで、頭の中が真っ白になったんだ。感情も考えも現実に追いつかない。
それでも、無感情のおめでとうとその他適当な言葉を並べて、返信はしていた。
ありがとう、という相手の返信と共に、今度飲みに行こうとの誘い文句。
相手、近藤は知らないのだ。
俺が、お前にどういう気持ちを抱いているのか。
真っ白だった思考がぐちゃぐちゃといろんな色が混じっていく。思考を潰していく。
俺は奥歯を噛み締めて、その約束に了承してしまった。
ブルーファーストマリッジ
「久しぶりだな、銀時!」
「久しぶり」
近藤がカウンターから自身の位置を示すかのように手を振る。俺は少し重い足取りでそっちに向かった。ニコニコとしている近藤の左隣に座り、店員にはとりあえずビール2つを頼んだ。
近藤(ゴリラ)が選んだくせに、多少洒落た居酒屋だった。落ち着いた照明に、適度に隣の空間が空いている席。どちらかというとバーに近い雰囲気のお店だった。
「よく見つけたな、ここ」
「そ、いいだろここ。俺のお気に入りのお店なんだ」
予約したお店を褒められて嬉しいのか、うきうきと音が出そうなほど近藤は上機嫌であった。そして、軽いアテを何個か頼もうってことになり、近藤はメニューをパラパラとめくっていた。その左薬指がきらりと光る。そこには先日まで会っていた時にはなかったものがあった。
俺はそれを見ていられなくて、別添えのおすすめと書いてあるメニュー表に視線を落とした。
あれやこれやと言いながら、アテを数点頼んだ後、ビールとお通しが届いたことで、軽く乾杯をする。
「仕事終わりには、ビールだよな」
「おっさんかよ」
「そりゃ、おっさんにもなるだろ。あれから何年?」
「5、6年だろ」
「もうそんなに経つのか〜」
そう、あれから、俺らが高校生だった時からもうそんなに経っている。社会人になって、仕事も慣れてきて、そんなに時間が経っている。
それなのに、俺は、まだ。
あの時の思いを引きずっている。
ちらりとあいつの左手を見てしまう。堂々と存在するそれが嫌でも目に入る。
その視線に気付いたのか、近藤は笑って左手をヒラヒラさせた。
「さっきからチラチラ見過ぎだって、じっくり見るか?」
「いらねーよ」
それは本心。誰が他人の幸福の証なんかを見たいんだ。俺は露骨に目線をそらし、ビールを煽る。それでさえ、近藤には面白かったらしく、声を出して笑っていた。
そして、愛おしそうにそれを眺めてから、顔の横に待っていき、得意げな顔をする。
「ま、僻むなよ!俺が一番乗りしちゃったからって」
その顔がまた腹立つことで。俺は隠しもせずに顔を歪めた。近藤は悪びれもせず、言葉だけ悪い悪いと言って、残り一つのアテを俺の前に差し出した。
詫びのつもりかよ。俺はジト目であいつを見ながら、一口で食べる。濃い味が俺の口の中を満たすはずなのに、少し味が薄い気がするのはなんでだろうな。それを考えないように、アルコールをまた摂取する。考えたらダメなんだよ。
「まァ、お前みたいなゴリラを旦那にする女がいて良かったな」
「……」
さっきまで騒いでいた近藤だったが、いきなり口をつぐんだ。俺がそっちを向くと、近藤は拳を握りしめて、何か言い淀んでいた。俺の鼓動が速く鳴る。まさか。
「そのさァ、女の子じゃ、ないんだよな」
「……」
「男なんだ。職場の先輩」
「え、お前、ホモなの、か?」
「うーん、どうなんだろ。結果的にはそうなるんだろうけど、アイツだけが俺のことを見てくれたから……」
さっきアルコールを摂取したはずなのに、全て吹き飛んだかのような衝撃。飲んでいたはずなのに、一瞬で口の中が乾いた気がして、言葉が出なかった。
それを拒絶と取ったのか、近藤は悲しい顔をして、苦笑いをする。
「びっくり、するよな?メールでも良かったけど、こういうのは直接会ってみんなに言いたかったんだ」
「あ、ああ。でも、まァ、いいんじゃねーか。個人の自由というか。俺は別に偏見はねーよ」
いい言葉が全然思いつかなくて、言葉を彷徨わせてしまう。俺の探るような言葉に、近藤がどう思ったのかは分からない。
でも、少し安堵したかのような表情になった気がする。俺も肩の力を抜いた。
そして、事実が俺の心に囁く。
『近藤が男と結婚した』
男でも良かった。恋愛対象だった。
その事実に、俺の心が浮くような感じがした。
もしかしたらのことがあったかもしれない。
もし、俺がお前に告白したら、指環(それ)は俺との幸せの証になった?
よせばいいものを、そこはアルコールが背を押してきた。さっきは酔わせてくれなかったくせに。
「なァ」
「ん?」
「その、もし俺がお前のこと好きだって言ったら、どうす」
最後まで言葉が出なかった。近藤の方をちらりと見た時に、凍りついてしまったからだ。あいつは眉を寄せて、不快な顔をしていた。
「銀時もなんだな」
「な、なにが?」
「そういうこと言うの」
「は?」と思わず声が出た。近藤は呆れた顔になり、ため息まで吐いた。冷や汗が背中を流れる。さっきまで背中を押していたアルコールも一斉にどこかいく。今こそ酔わせてくれよ。嫌な考えを放棄させてくれ。
「トシも総悟も高杉も、あー、桂も言ってたっけ?みんなさ、なんで今言うの?」
手のひらが湿っている気がして、近くの手拭きで拭いたくなった。しかし、それさえ許さないように、あいつは真剣な目でこちらを見ていた。
「銀時たちがさ、なんとなく俺に好意を持ってくれてるのは分かってたよ。たぶん。でも、はっきりとしたことはわかんなかった。
男同士だったしさ。どうしたらいいか俺には分からなかった。だから、俺は気づかないようにしようとした」
近藤は目を伏せて、左薬指を摩っていた。それがまるで懺悔のように俺は思えた。
「俺さ、そういうの察しないほどバカじゃないけどさ、言ってくれないとわからないバカだから」
暫しの沈黙が俺らの中で広がる。俺は何も言えなかった。近藤も黙っていた。
沈黙が俺を刺している気がした。ちくちくと。
後悔が俺を締めている気がした。ぎゅっと。
心臓が痛い。さっきから早鐘のように鳴り出して、これ以上ないくらいの速さだ。
「でも、アイツは違った」
近藤は顔を上げて、左の手の甲を自身の目の前に持っていき、軽く角度を変える。そして、それ見て微笑んだ。暗い照明でも鈍く光る銀色が薬指で反射する。
「アイツだけは、ちゃんと言葉でくれたんだ。好きだって。愛してるって。」
左手を右手で包み、抱き込むように胸の辺りに近藤は引き寄せる。それはとても愛おしそうに、嬉しそうに。
それほど大事な銀色のそれ。
俺ではない奴からもらったそれ。
奥歯を噛み締めてないと、自分が自分でいられないように思った。
近藤は俺の方を見て、にっこりと笑って絶望の言葉を放った。
「ま、そういうことだから銀時も"今度は"ちゃんと言葉で伝えた方がいいぞ」
ああ、なんて奴だ。
泣きそうなんだぞ。こちとら。
「うるせー」と返すだけで精一杯だった。
お前はその遠回しに諦めろって言いたいんだろうが、それが地味に辛いんだぞ。知らねーと思うけど。
俺はどうしたら良かったんだろうな。
いや、そんなの一択だ。
あの時、好きだと思った時に、告白すれば良かったんだ。
ただそれだけなのに、俺はできなかった。
あの時の、今の、関係を崩すことが怖かった。
拒絶されることが怖かった。
だから、あいつに甘えていた。
何も言わなくても分かるだろう関係に。
分かるだろうという思いに。
ただただ甘えていたのだ。
今、気づいたって遅いのにな。
俺は肩の力を抜くように大きく深呼吸をする。
「お前、ここは奢れよ」
「え!なんでだよ!普通ここは俺、奢られる方じゃないの?」
「うるせェ、そのシアワセ寄越しやがれ。シアワセ料だ、シアワセ料!」
「なんだそれ!ま、いいけど。幸せだし」
「腹立つな」
「はっはっは!」
腹立つよ。
幸せそうに笑うお前にも。
勇気が出なかった俺にも。
腹が立つ。腹が立つ。
馬鹿みたいにな。
呆れるほどにな。
それでも、ああ、お前が心にいるんだよ。ちきしょう。
「あー!結婚してェ!」
「銀時はなんだかんだでできそうだけどな」
お前とだよ、という言葉はアルコールと共に飲み込むことにした。
おわり
人は一文だけで人を壊せることをその時知った。
そのメールの一文を見ただけで、頭の中が真っ白になったんだ。感情も考えも現実に追いつかない。
それでも、無感情のおめでとうとその他適当な言葉を並べて、返信はしていた。
ありがとう、という相手の返信と共に、今度飲みに行こうとの誘い文句。
相手、近藤は知らないのだ。
俺が、お前にどういう気持ちを抱いているのか。
真っ白だった思考がぐちゃぐちゃといろんな色が混じっていく。思考を潰していく。
俺は奥歯を噛み締めて、その約束に了承してしまった。
ブルーファーストマリッジ
「久しぶりだな、銀時!」
「久しぶり」
近藤がカウンターから自身の位置を示すかのように手を振る。俺は少し重い足取りでそっちに向かった。ニコニコとしている近藤の左隣に座り、店員にはとりあえずビール2つを頼んだ。
近藤(ゴリラ)が選んだくせに、多少洒落た居酒屋だった。落ち着いた照明に、適度に隣の空間が空いている席。どちらかというとバーに近い雰囲気のお店だった。
「よく見つけたな、ここ」
「そ、いいだろここ。俺のお気に入りのお店なんだ」
予約したお店を褒められて嬉しいのか、うきうきと音が出そうなほど近藤は上機嫌であった。そして、軽いアテを何個か頼もうってことになり、近藤はメニューをパラパラとめくっていた。その左薬指がきらりと光る。そこには先日まで会っていた時にはなかったものがあった。
俺はそれを見ていられなくて、別添えのおすすめと書いてあるメニュー表に視線を落とした。
あれやこれやと言いながら、アテを数点頼んだ後、ビールとお通しが届いたことで、軽く乾杯をする。
「仕事終わりには、ビールだよな」
「おっさんかよ」
「そりゃ、おっさんにもなるだろ。あれから何年?」
「5、6年だろ」
「もうそんなに経つのか〜」
そう、あれから、俺らが高校生だった時からもうそんなに経っている。社会人になって、仕事も慣れてきて、そんなに時間が経っている。
それなのに、俺は、まだ。
あの時の思いを引きずっている。
ちらりとあいつの左手を見てしまう。堂々と存在するそれが嫌でも目に入る。
その視線に気付いたのか、近藤は笑って左手をヒラヒラさせた。
「さっきからチラチラ見過ぎだって、じっくり見るか?」
「いらねーよ」
それは本心。誰が他人の幸福の証なんかを見たいんだ。俺は露骨に目線をそらし、ビールを煽る。それでさえ、近藤には面白かったらしく、声を出して笑っていた。
そして、愛おしそうにそれを眺めてから、顔の横に待っていき、得意げな顔をする。
「ま、僻むなよ!俺が一番乗りしちゃったからって」
その顔がまた腹立つことで。俺は隠しもせずに顔を歪めた。近藤は悪びれもせず、言葉だけ悪い悪いと言って、残り一つのアテを俺の前に差し出した。
詫びのつもりかよ。俺はジト目であいつを見ながら、一口で食べる。濃い味が俺の口の中を満たすはずなのに、少し味が薄い気がするのはなんでだろうな。それを考えないように、アルコールをまた摂取する。考えたらダメなんだよ。
「まァ、お前みたいなゴリラを旦那にする女がいて良かったな」
「……」
さっきまで騒いでいた近藤だったが、いきなり口をつぐんだ。俺がそっちを向くと、近藤は拳を握りしめて、何か言い淀んでいた。俺の鼓動が速く鳴る。まさか。
「そのさァ、女の子じゃ、ないんだよな」
「……」
「男なんだ。職場の先輩」
「え、お前、ホモなの、か?」
「うーん、どうなんだろ。結果的にはそうなるんだろうけど、アイツだけが俺のことを見てくれたから……」
さっきアルコールを摂取したはずなのに、全て吹き飛んだかのような衝撃。飲んでいたはずなのに、一瞬で口の中が乾いた気がして、言葉が出なかった。
それを拒絶と取ったのか、近藤は悲しい顔をして、苦笑いをする。
「びっくり、するよな?メールでも良かったけど、こういうのは直接会ってみんなに言いたかったんだ」
「あ、ああ。でも、まァ、いいんじゃねーか。個人の自由というか。俺は別に偏見はねーよ」
いい言葉が全然思いつかなくて、言葉を彷徨わせてしまう。俺の探るような言葉に、近藤がどう思ったのかは分からない。
でも、少し安堵したかのような表情になった気がする。俺も肩の力を抜いた。
そして、事実が俺の心に囁く。
『近藤が男と結婚した』
男でも良かった。恋愛対象だった。
その事実に、俺の心が浮くような感じがした。
もしかしたらのことがあったかもしれない。
もし、俺がお前に告白したら、指環(それ)は俺との幸せの証になった?
よせばいいものを、そこはアルコールが背を押してきた。さっきは酔わせてくれなかったくせに。
「なァ」
「ん?」
「その、もし俺がお前のこと好きだって言ったら、どうす」
最後まで言葉が出なかった。近藤の方をちらりと見た時に、凍りついてしまったからだ。あいつは眉を寄せて、不快な顔をしていた。
「銀時もなんだな」
「な、なにが?」
「そういうこと言うの」
「は?」と思わず声が出た。近藤は呆れた顔になり、ため息まで吐いた。冷や汗が背中を流れる。さっきまで背中を押していたアルコールも一斉にどこかいく。今こそ酔わせてくれよ。嫌な考えを放棄させてくれ。
「トシも総悟も高杉も、あー、桂も言ってたっけ?みんなさ、なんで今言うの?」
手のひらが湿っている気がして、近くの手拭きで拭いたくなった。しかし、それさえ許さないように、あいつは真剣な目でこちらを見ていた。
「銀時たちがさ、なんとなく俺に好意を持ってくれてるのは分かってたよ。たぶん。でも、はっきりとしたことはわかんなかった。
男同士だったしさ。どうしたらいいか俺には分からなかった。だから、俺は気づかないようにしようとした」
近藤は目を伏せて、左薬指を摩っていた。それがまるで懺悔のように俺は思えた。
「俺さ、そういうの察しないほどバカじゃないけどさ、言ってくれないとわからないバカだから」
暫しの沈黙が俺らの中で広がる。俺は何も言えなかった。近藤も黙っていた。
沈黙が俺を刺している気がした。ちくちくと。
後悔が俺を締めている気がした。ぎゅっと。
心臓が痛い。さっきから早鐘のように鳴り出して、これ以上ないくらいの速さだ。
「でも、アイツは違った」
近藤は顔を上げて、左の手の甲を自身の目の前に持っていき、軽く角度を変える。そして、それ見て微笑んだ。暗い照明でも鈍く光る銀色が薬指で反射する。
「アイツだけは、ちゃんと言葉でくれたんだ。好きだって。愛してるって。」
左手を右手で包み、抱き込むように胸の辺りに近藤は引き寄せる。それはとても愛おしそうに、嬉しそうに。
それほど大事な銀色のそれ。
俺ではない奴からもらったそれ。
奥歯を噛み締めてないと、自分が自分でいられないように思った。
近藤は俺の方を見て、にっこりと笑って絶望の言葉を放った。
「ま、そういうことだから銀時も"今度は"ちゃんと言葉で伝えた方がいいぞ」
ああ、なんて奴だ。
泣きそうなんだぞ。こちとら。
「うるせー」と返すだけで精一杯だった。
お前はその遠回しに諦めろって言いたいんだろうが、それが地味に辛いんだぞ。知らねーと思うけど。
俺はどうしたら良かったんだろうな。
いや、そんなの一択だ。
あの時、好きだと思った時に、告白すれば良かったんだ。
ただそれだけなのに、俺はできなかった。
あの時の、今の、関係を崩すことが怖かった。
拒絶されることが怖かった。
だから、あいつに甘えていた。
何も言わなくても分かるだろう関係に。
分かるだろうという思いに。
ただただ甘えていたのだ。
今、気づいたって遅いのにな。
俺は肩の力を抜くように大きく深呼吸をする。
「お前、ここは奢れよ」
「え!なんでだよ!普通ここは俺、奢られる方じゃないの?」
「うるせェ、そのシアワセ寄越しやがれ。シアワセ料だ、シアワセ料!」
「なんだそれ!ま、いいけど。幸せだし」
「腹立つな」
「はっはっは!」
腹立つよ。
幸せそうに笑うお前にも。
勇気が出なかった俺にも。
腹が立つ。腹が立つ。
馬鹿みたいにな。
呆れるほどにな。
それでも、ああ、お前が心にいるんだよ。ちきしょう。
「あー!結婚してェ!」
「銀時はなんだかんだでできそうだけどな」
お前とだよ、という言葉はアルコールと共に飲み込むことにした。
おわり