800字100日チャレンジ!?
濃紫色の髪で包帯をした左目を隠す男が、煙管を吹かしながら語る。
「あれは、遊女に聞いた話だ」
◯◯◯
いつの夜だったか、相手の遊女がこんな話をした。
「晋助様、今度は××に行きはるんだったら、死人に会える家には気をつけるでありんす」
どういうことかと尋ねると、××の住宅街のど真ん中に廃墟があるらしい。そこは死人に会える家と評判なんだが、行ったら行ったで、帰ってこれないという噂がある。いわゆる、心霊スポットになってる場所だ。
それもタチが悪いことに、その噂を知っていても知らなくても、ふらっと立ち寄ってしまう人もいるようだ。それこそ吸い寄せられるように。
それで、そこから運良く帰ってこれた人達の中には、死人に会ったというなんとも嘘みたいな話があるそうだ。
その忠告を俺は聞いていたから、行かなければいいんだが、死人に会えるという噂が気になって、つい立ち寄った。
夜の散歩がてらにそこらを歩いていると、前方にやいやい言い合うふたりのガキがいた。
「まじで入るのか?」
「はいるに決まってんだろ!度胸出せよ!」
見た感じ、肝試しだろうということが分かった。ということは、ここが例の死人に会える家かと、俺はその家を見た。
廃墟といってもそこまで荒れ果てた様子はなく、定期的な手入れはされているのだろう。庭の草は伸び放題ってほどではないくらいだが、明らかに人は住んでないだろうことが見て取れる。
「よし、入るぞ!」
「いけェ!たっちゃん!」
そう言っていつのまにかガキふたりは家に入っていった。鍵は掛かっていない様子で、そのままどんどんとガキ達は入っていく。
鍵が掛かってないことに、俺はいささか疑問を感じたが、どこか罰当たりの奴が壊したかもしれないなと思った。
そして、俺も罰当たりなのかもしれないが、そのガキどもの行く末が気になった。本当に帰ってこれるのかってことだ。
俺は、その家の斜め迎えの壁にもたれかかって、ガキが出てくるまで待つことにした。
何十分くらいか経った頃、ドタドタと急いでいるかのような足音がした。その足音はどう聞いてもひとつで、すぐに扉から片方のガキだけが出てきた。確かたっちゃんと呼んでいた方だ。ぜぇぜぇと息を切らせて、ガタガタと震えていた。
俺は、ゆっくり近寄って「おい」と声をかける。ガキは俺を見ると、藁をもすがる思いなのか、俺の着物を掴んで叫んだ。
「たっちゃんを助けて!!たっちゃんが!!たっちゃんがおかしくなった!!あそこにいるって!!おかしくなったんだよ!!」
同じ言葉の繰り返しで、何言ってるかもわからない。とにかくたっちゃんというガキがまだこの家の中にいることが分かる。
俺は、開けっぱなしの扉の先を見た。真っ暗で先が見えない。
「おい、ガキ。そのたっちゃんはどこにいるんだ」
「うえっ、助けてくれるの?」
「状況による」
「ううっ、一番奥の部屋にいる。動こうとしないんだよ」
俺はその言葉を聞いて、中に入った。ガキは外で待つようで、お願いします!と声だけは聞こえた。それほど怖い体験だったのだろう。
中に入ると、少し埃っぽいがそこまで苦ではない。何回か人の手が加えられてるのが分かる。土足のまま、どんどんと中に入り、廊下を進む。ギシッと軋む音がする。朽ち果ててる部分は多少あるようだ。さすが廃墟といったところか。
突き当たりに部屋があった。そこから子供の声がする。俺は勢いよくその襖を開けた。
そこには、なにか布団のようなものに縋り付く子供がいた。たっちゃんだろう。
そいつは布団に縋り付きながら、会いたかった、会いたかったお母さんと言っていた。
俺は合点がいった。真偽は分からないが、このガキには布団が亡くなっただろう母親に見えるのだろう。それか、布団に母親が寝ているのか。どちらにしろありもしない幻覚だ。
「おい、ガキ。そこにはなにもねェ。もうひとりのほうが心配してるぞ」
「嫌だ!!お母さんといる!!お母さんがここにいるんだ!!離れない!!」
そう喚き散らして、よく見るとボロボロの布団を更に抱きかかえ込むように丸くなった。
とてつもなくめんどくせェ。
俺はそのガキを見下ろして、どうするか悩んだ。知り合いでもなんでもないガキだ。助けても助けなくても何の影響もないだろう。
ただ俺はこの家に入る理由が欲しかっただけだ。死人に会える家に。
もしかしたら、もしかして、会えるのかもしれないとな。死人に。
まあ、それはただの幻覚が見えるだけの話だったみたいだが。
そう思っていたんだが、なにやら布団が動いている気配がする。なんだ虫か?と思って、よく見てみると、先ほどまではなかった、なにかがいる気配がした。
ゾワっとする。
もう一度ガキを見たら、幸せそうに笑っていた。なにやら布団が動いて、見えはしないがなにかガキの頭を撫でてるような感じがした。これは危ないと本能が告げる。
俺は咄嗟にガキを布団から無理やり剥がして、小脇に抱える。
「やめろ!!離せ!!お母さん!!」
「現実を見ろ、クソガキ!こんなとこにてめェの母親がいるか!」
で、暴れるガキと俺は言い合いをしていたが、俺は布団の方をちらりと見た。そして、言葉を失った。俺に続き、ガキもそちらを見たのだろう。さっきまで暴れていたのが嘘かのように、静まった。
そこには、髪の長い女がいたのだ。顔が髪に覆われてよく見えない。さっきまでは絶対にいなかった。そして、ガキの反応から母親でもなさそうだ。
そいつは、がくっと首を落としてこちらに向く。正確にはこちらを向いているだろうってことだが。
そして、なんとも嗄れた声で言ったのだ。
「おかあさんといっしょにいこう!」
と。その言葉を聞いた途端に、俺はガキを抱えたまま、一目散に廊下を走り、家を飛び出る。
家を出てすぐに、俺は扉を閉めた。勢いよくバンバンと向こう側から叩く音が聞こえたが、音だけでそこから開けられることもなく、次第に音はなくなった。
辺りはしんと静まり返った。
いつのまにか、俺が抱えていたガキは手を離れて、待っていた奴と、抱き合っておいおいと泣いていた。俺はそれを放置して、その場を後にした。
死人に会えるっていうから俺は興味が湧いただけで、会えないなら別にどうでもいい。無駄な労力だったな。
つまり、俺が分かったことは、死人に会えるなんてのはありえねェってことだ。
ふっ
おわり
「あれは、遊女に聞いた話だ」
◯◯◯
いつの夜だったか、相手の遊女がこんな話をした。
「晋助様、今度は××に行きはるんだったら、死人に会える家には気をつけるでありんす」
どういうことかと尋ねると、××の住宅街のど真ん中に廃墟があるらしい。そこは死人に会える家と評判なんだが、行ったら行ったで、帰ってこれないという噂がある。いわゆる、心霊スポットになってる場所だ。
それもタチが悪いことに、その噂を知っていても知らなくても、ふらっと立ち寄ってしまう人もいるようだ。それこそ吸い寄せられるように。
それで、そこから運良く帰ってこれた人達の中には、死人に会ったというなんとも嘘みたいな話があるそうだ。
その忠告を俺は聞いていたから、行かなければいいんだが、死人に会えるという噂が気になって、つい立ち寄った。
夜の散歩がてらにそこらを歩いていると、前方にやいやい言い合うふたりのガキがいた。
「まじで入るのか?」
「はいるに決まってんだろ!度胸出せよ!」
見た感じ、肝試しだろうということが分かった。ということは、ここが例の死人に会える家かと、俺はその家を見た。
廃墟といってもそこまで荒れ果てた様子はなく、定期的な手入れはされているのだろう。庭の草は伸び放題ってほどではないくらいだが、明らかに人は住んでないだろうことが見て取れる。
「よし、入るぞ!」
「いけェ!たっちゃん!」
そう言っていつのまにかガキふたりは家に入っていった。鍵は掛かっていない様子で、そのままどんどんとガキ達は入っていく。
鍵が掛かってないことに、俺はいささか疑問を感じたが、どこか罰当たりの奴が壊したかもしれないなと思った。
そして、俺も罰当たりなのかもしれないが、そのガキどもの行く末が気になった。本当に帰ってこれるのかってことだ。
俺は、その家の斜め迎えの壁にもたれかかって、ガキが出てくるまで待つことにした。
何十分くらいか経った頃、ドタドタと急いでいるかのような足音がした。その足音はどう聞いてもひとつで、すぐに扉から片方のガキだけが出てきた。確かたっちゃんと呼んでいた方だ。ぜぇぜぇと息を切らせて、ガタガタと震えていた。
俺は、ゆっくり近寄って「おい」と声をかける。ガキは俺を見ると、藁をもすがる思いなのか、俺の着物を掴んで叫んだ。
「たっちゃんを助けて!!たっちゃんが!!たっちゃんがおかしくなった!!あそこにいるって!!おかしくなったんだよ!!」
同じ言葉の繰り返しで、何言ってるかもわからない。とにかくたっちゃんというガキがまだこの家の中にいることが分かる。
俺は、開けっぱなしの扉の先を見た。真っ暗で先が見えない。
「おい、ガキ。そのたっちゃんはどこにいるんだ」
「うえっ、助けてくれるの?」
「状況による」
「ううっ、一番奥の部屋にいる。動こうとしないんだよ」
俺はその言葉を聞いて、中に入った。ガキは外で待つようで、お願いします!と声だけは聞こえた。それほど怖い体験だったのだろう。
中に入ると、少し埃っぽいがそこまで苦ではない。何回か人の手が加えられてるのが分かる。土足のまま、どんどんと中に入り、廊下を進む。ギシッと軋む音がする。朽ち果ててる部分は多少あるようだ。さすが廃墟といったところか。
突き当たりに部屋があった。そこから子供の声がする。俺は勢いよくその襖を開けた。
そこには、なにか布団のようなものに縋り付く子供がいた。たっちゃんだろう。
そいつは布団に縋り付きながら、会いたかった、会いたかったお母さんと言っていた。
俺は合点がいった。真偽は分からないが、このガキには布団が亡くなっただろう母親に見えるのだろう。それか、布団に母親が寝ているのか。どちらにしろありもしない幻覚だ。
「おい、ガキ。そこにはなにもねェ。もうひとりのほうが心配してるぞ」
「嫌だ!!お母さんといる!!お母さんがここにいるんだ!!離れない!!」
そう喚き散らして、よく見るとボロボロの布団を更に抱きかかえ込むように丸くなった。
とてつもなくめんどくせェ。
俺はそのガキを見下ろして、どうするか悩んだ。知り合いでもなんでもないガキだ。助けても助けなくても何の影響もないだろう。
ただ俺はこの家に入る理由が欲しかっただけだ。死人に会える家に。
もしかしたら、もしかして、会えるのかもしれないとな。死人に。
まあ、それはただの幻覚が見えるだけの話だったみたいだが。
そう思っていたんだが、なにやら布団が動いている気配がする。なんだ虫か?と思って、よく見てみると、先ほどまではなかった、なにかがいる気配がした。
ゾワっとする。
もう一度ガキを見たら、幸せそうに笑っていた。なにやら布団が動いて、見えはしないがなにかガキの頭を撫でてるような感じがした。これは危ないと本能が告げる。
俺は咄嗟にガキを布団から無理やり剥がして、小脇に抱える。
「やめろ!!離せ!!お母さん!!」
「現実を見ろ、クソガキ!こんなとこにてめェの母親がいるか!」
で、暴れるガキと俺は言い合いをしていたが、俺は布団の方をちらりと見た。そして、言葉を失った。俺に続き、ガキもそちらを見たのだろう。さっきまで暴れていたのが嘘かのように、静まった。
そこには、髪の長い女がいたのだ。顔が髪に覆われてよく見えない。さっきまでは絶対にいなかった。そして、ガキの反応から母親でもなさそうだ。
そいつは、がくっと首を落としてこちらに向く。正確にはこちらを向いているだろうってことだが。
そして、なんとも嗄れた声で言ったのだ。
「おかあさんといっしょにいこう!」
と。その言葉を聞いた途端に、俺はガキを抱えたまま、一目散に廊下を走り、家を飛び出る。
家を出てすぐに、俺は扉を閉めた。勢いよくバンバンと向こう側から叩く音が聞こえたが、音だけでそこから開けられることもなく、次第に音はなくなった。
辺りはしんと静まり返った。
いつのまにか、俺が抱えていたガキは手を離れて、待っていた奴と、抱き合っておいおいと泣いていた。俺はそれを放置して、その場を後にした。
死人に会えるっていうから俺は興味が湧いただけで、会えないなら別にどうでもいい。無駄な労力だったな。
つまり、俺が分かったことは、死人に会えるなんてのはありえねェってことだ。
ふっ
おわり