1〜25日目!

刀と刀のぶつかり合う音。
人を斬る音。
断末魔。雄叫び。
いろいろな音がぶつかり合う今夜。
沖田はそんな心地良い音に埋もれる中、ひとつの呟きを聞き逃さなかった。
立ち止まり振り向く。
そこには、立ち尽くした近藤がいた。
「近藤さん?」
「……」
反応がない近藤に、沖田は焦りながら駆け寄る。目の前に立ち、俯く近藤の顔を覗き込む。そこでようやく沖田に気付いたのか
ハッと近藤は顔を上げる。困惑してるような表情に、沖田は心の中で冷や汗をかく。
「どうしたんですかィ?どこかやられたんですか?」
震える手で近藤の腕を取る。見える範囲で確認したが、どこにも傷はなさそうに見える。もっと違うところかと、沖田は焦りが増大する。それを止めたのは、近藤の手ぶりだった。
沖田が添わした手を掴み、下ろさせてから、近藤は自身の耳を指さす。沖田は分からず、眉を寄せる。「耳がどうかしたんですかィ?」と聞くと、近藤は天を仰ぎ、空いてる片手で顔を覆う。そして、真正面にいる沖田に向かって、
「耳が聞こえない」
そう近藤は言った。



「突発性のもんだね。お薬飲んで安静にしてたら治るよって、聞こえてないよね。ちょっと待ってね」
医師がノートの切れ端のようなものに、先ほど言った言葉を書いて、近藤に渡した。そのノートを見た後、近藤は首を縦に振り理解したことを告げる。
「いつまでですか?」
「うーん、それは分かんないね。明日かもしれないし、一週間後かもしれない。あ、そのメモちょうだい」
医師は、近藤が持っているノートの切れ端を指差して、こちらに寄越すよう指示する。慌ててそれを医師に差し出して、医師は分からないと端的に書いて、また近藤に差し出した。そこに書かれた事実に落胆したのか、近藤は肩を落として、くしゃりと音が鳴るほどノートの切れ端を強く握った。
「ゆっくり治していきましょう」
と、にっこり笑う医師に、近藤は力無くも笑って返した。



「近藤さん、どうでしてたかィ!?」
沖田は帰ってきた近藤のもとにいちばん速く駆け寄った。ひどく怯えたような顔をする沖田に、近藤はニカっと笑い、拳を顔の横に持っていき、元気だぞというアピールをする。
しかし、沖田は真一文字に口を結び、悲痛な顔をした。それを見て、近藤はバツが悪そうに拳を後ろ頭に持っていき、沖田から目を逸らしたのだった。

このことはすぐに、上にも下にも伝えられて、近藤は屯所療養……いわゆる内勤のみとなった。ありがたい話だが、内勤のみは近藤にとっては暇で仕方ない。
暇を持て余す内勤のはずだったが、近藤を心配した隊士達が彼の部屋を幾多も訪れるので、暇などほとんどなかった。ノートを部屋に常備して、書き込んでいく近藤と隊士達。わいわいしながら、何日も過ぎた。
しかし、回復傾向は一向に見えず、近藤は内心焦り出していた。
このままずっと聞こえないのだろうか。
医師は唐突に聞こえることもあるから、焦らずにいきましょうとは言っていたが。
近藤は報告書に目を通しながら、唇を噛み締めた。少し手が震えていた気がする。
その時、すっと近藤の前に紙が置かれた。
『眉間にシワが寄ってますぜ』
と、報告書でよく見る文字がそこにあった。
顔を上げると、机を挟んだ向こう側に沖田がいて、自身の眉間をとんとんと叩いていた。それに近藤は慌てて、眉間を揉んで伸ばして、シワを無くそうと両手で引っ張った。
それに沖田はにんまりと笑う。気づいた近藤はなにかしてやられたような気分になって、額を抑えたまま唇を尖らせた。
喋らない近藤に、沖田は少し目を細めて伏せる。あれから、近藤は日に日に口数が少なくなった。
聞こえないから、喋るというより筆談や身振り手振りで伝えようとしてしまうらしい。他の隊士達も同じように感じていたようで、沖田に相談したのだった。
沖田自身がそのことを身をもって知っている。あの日から欠かさず、どんなに忙しくても近藤のもとに通う沖田からすれば、それは知っていたことだった。
それでも近藤は笑っていた。
みんなを不安にさせないように。
優しい近藤さん。
無理なんてしなくていいのに。
自分が一番不安だろうに。
前より笑顔が引き攣っているのだから。
不安だろうけど、俺が傍にいやすから。
だって、俺は。
笑う近藤を見つめて、沖田はぽつりと呟く。
「好きです、近藤さん」
と。
聞こえやしないのに。
いや、聞こえないからこそだ。普段、心の奥の奥に閉まっていた気持ちが出てしまった。出してあげたかった。
ふっとため息のように笑って、その場を去ろうとする沖田を引き止めるかのように、引っ張られる力があった。正面の近藤を見ると、真っ赤な顔をして沖田の裾を掴んでいる。
「え、近藤さん……」
「あのさ、たぶん今治ったみたいんなんだけど」
沖田は息が止まったかのように心臓が跳ねた。聞こえていた。
聞かれていない、届かないはずの閉まっていた告白が伝わってしまった。引き止められているということは、返事があるってことだろう。本当は聞きたくない。いや、嘘だ。知りたい。いやでも、とぐるぐる思考が回りながらも沖田は、続きの言葉を待った。
近藤は一回深呼吸をしてから、沖田をまっすぐ見つめた。
「その、俺のさ、都合のいい幻聴だったかもしれないからさ、もう一回言って欲しいんだけど……」
「え、さっきの」
「そう、さっきの」
沖田は少し口を開けて、近藤を見つめ返す。
俺は今都合のいい幻影を見ているのだろうか。少し赤らめた顔で、どこかなにか期待しているような目で沖田を見る近藤。
そして、いつもは大きく開いて笑う口を少しだけ動かして呟くのだ。
「なァ、さっきの言葉は本当?」
ああ、どうしよう。

おわり
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