1〜25日目!

今日も今日とて、スナック『スマイル』はそこそこ平和に繁盛していた。
時たま、暴力沙汰や備品破壊沙汰はあれど、大概は平和なお店なのである。
しかし、平和は続かない。ある男が来店してきたことで、スナック『スマイル』は小さな波紋が広がったのである。

「お妙さーーーん!!助けてくださいっ!!」
平和を乱す男、近藤は入店すぐに、お気に入りのキャバ嬢の名前を大声で叫んだ。これはいつものことなので、周りのスタッフも客も気にも留めていない。
「はいはい、大声出さなくてもすぐに行きますよ」
と、奥から出てきたのは、近藤のお気に入りのキャバ嬢であるお妙だった。しなやかに歩く姿は美しく、男は誰でもお妙にうっとりするだろう。近藤も例外ではないのだが、今回は違った。必死な形相で、お妙が来るのを待っていたのだ。
お妙はいつもと違う近藤に、内心首を傾げたが、いつも通りに席へ案内した。
「で、どうしたんですか?」
「そうなんです!お妙さん!助けてください!」
「分かりましたから、助けるってなんですか?お金ならありませんよ?わたしからお金を根こそぎ取る気なら、命かけてください」
「いや、俺がお妙さんにそんなことするわけないでしょ!!違うんです。最近、困ってることがあって、相談にのってほしいんです」
意外や意外。悩み相談だとは思ってもいなくて、お妙は目を丸くしてしまう。よくよく近藤を見ると、眉も肩も下げて、本当に困っているのであろうことが分かった。
お妙は薄く微笑み、声をかける。
「近藤さん、お力になれるかは分かりませんが、お話は聞きますよ。話してください」
「お妙さん!」
目をキラキラさせて、近藤はお妙を見る。お妙は優しくニコッと笑いかけてから、ボーイに合図した。
「シャンパン2本入れてくださーい!」
「ですよね!」
お妙の相談料はそんじゃそこらのお悩み相談室とは、値段が違った。



「本当にお力になれるかは分かりませんけど、お仕事で何かあったんですか?」
「いや、仕事というか、仕事仲間というか」
シャンパンが届き、二人のグラスに注がれてボーイが立ち去った後、お妙は真剣に聞く体勢で声をかけた。しかし、肝心の近藤は少し歯切れが悪い返事をする。
お妙は答えを急かさず、じっと近藤が言い出すのを待った。そして、近藤はようやく重たい口を開く。
「あの、トシのことなんですけど」
「え?土方さん?土方さんがどうかしたんですか?」
土方十四郎、近藤の頼れる同僚であり、真選組鬼の副長と名高い男である。昔馴染みであるふたりは、側から見ても良好な関係を築いていると、お妙は思っていた。
「トシがどうかしたとか、俺が悪いのかは分かんないんですけど、なんか最近小言が多くて……」
「いつもでは?」
お妙は思わず拍子抜けをした。土方の小言が多いのはいつものことである。近藤が酔い潰れたり、殴り潰れたりした後に、土方がよく回収しにくる。その時も、ほとんど意識がない近藤に、とやかくなんとか言ってる姿をお妙は何度も見ている。そんな今更なことと、思ったのだが、どうも違うようで、近藤が慌てて弁解する。
「その、ちょっと違うというか、そういう小言じゃないというか」
弁解してることにも、歯切れの悪い返事にも、お妙はイラッとして語気を強めに、そして、指をぼきぼきと鳴らして、「はっきり言ってください。わたし、そういう噛みきれないホルモンみたいな解答嫌いなんです」と、冷静に言い放った。
さすがの近藤も口を引き攣らせて、決意を固めたかのように話をし出した。
「この前、非番でトシと出かけようとしたときのことなんですけど……」



その日、近藤と土方はお互いの非番が重なったこともあって、どこか飯を食べに行こうという話になった。土方はそれに了承し、ふたりでどこの飯屋に行こうかと相談している時、土方はいきなり眉をしかめて、近藤に声をかけた。
「近藤さん。前から気になってたことがあったんだがいいか?」
「ん?なに?」
「着流しの前、開きすぎじゃないか?」
「え?」
近藤はびっくりして、自分の胸元を見る。
別にいつもくらいの着崩しだった。そこまで胸元が見えるわけではないが、確かに少し前に屈めば、だらんとしてしまうかなとは思う程度である。
「そ、そうか?いつも通りじゃ……」
「そのいつも通りが良くないって言ってんだよ」
「え、えぇ〜」
土方は怪訝そうな顔をして、俺の着物の友衿を掴み、ぐっと締める。締めすぎではというくらい衿を合わされた。
「これくらいは締めたほうがいい。他の奴になめられるぞ」
「う、うん。気をつける」
「あと、それと」
「あとそれと?!」
「近藤さん、考える時に唇触る癖あるだろ?」
「え、あるっけ?」
自分の無意識の行動を指摘され、近藤は首を傾げてしまう。記憶がないし、だからどうしたというのが本音だ。土方はため息を吐き、やれやれという感じで首を振った。
「ある。それもやめた方がいい」
「え、でも……」
「でもじゃない。他の奴らに誘ってるのかと思われるぞ?」
「えェェェェェ!!それはねェって!!」
土方の発言に近藤は驚いたが、冗談だと思い、トシ心配しすぎだと笑った。しかし、土方は笑ってなかった。真剣な顔で近藤を見ている。笑っていた近藤だったが、だんだんと笑い声が小さくなり、最後には口をつぐんでしまった。
「その、誘うとかないと思うし、誰を誘うんだって話だし」
「近藤さん、世の中は広い。それだけの仕草で誘ってると思うやつはいる。それに近藤さんは、そんじゃそこらの奴に喧嘩で負けるとは思わねェが、押しに弱ェからその辺につけ込まれる可能性がある」
「そんなことねーよ?」
「そのはてなが何よりの証拠だろ」
土方は煙草を取り出し、火を付ける。煙を空に吐き出してから、近藤の方に顔を向けた。
「俺と二人の時はいいが、他ではするな。俺が言いたいのはそれだけだ」
「わ、わかった。気をつける?」
納得はしてないが、トシの言うことだしと近藤は了承の言葉を述べた。



「ということがありまして。まあ、こういうことが最近多いんですよね」
「土方さんと近藤さんは付き合ってるんですか?」
「え!?どうしてそうなるんですか!付き合ってませんよ!!俺が好きなのはお妙さんだけです!」
近藤がお妙の発言に驚き、力強く否定と好意を示した。最後の発言をお妙は聞かなかったことにし、ふむと目を瞑り考える。
付き合ってもない人にマナー以外の行動を注意する発言。
誘ってもないのに誘ってると決めつけている発言。
自分の考えを押し付ける発言。
なるほどなるほど。お妙は目を開いて、パンと手を叩く。近藤はそれまでお妙に愛を語っていたが、ビクッとして言葉が止まった。
「近藤さん分かりました」
「え、何がですか?」
「近藤さんが土方さんに言う言葉です。土方さんと付き合ってないのであれば、土方さんにこう言いましょう。『なに彼氏気取りしてるの?きもっ』と」
「えェェェェ!!そ、それは、言い過ぎでは?」
「言い過ぎ?それは向こうじゃないですか?なにどうでもいいことまで指示されなきゃならないんですか?」
「え、それは……」
「人の自由を奪ってまで行動を制限するなんて、犯罪者以外されることではないんですよ」
「でも、トシは俺のことを思って言ってくれて……」
「それは近藤さんのことじゃなくて、土方さんの理想の近藤さんのことを思って言ってるだけですよ」
「…………」
近藤は何も言い返せずに押し黙ってしまう。眉を八の字にして、うーんと悩んでいる。土方の言うことを守ろうとしてるのか、手は膝の上に置いてぎゅっと握っている。
お妙はそれを見て、ため息を吐いた。
それだけで近藤はびくっとして、窺うようにお妙をそろりそろりと見る。
「別にこれはわたしの考えですし、その通りにしろとは言ってません。けど、それで近藤さんが悩んでいるのであれば、ガツンと一回言った方がいいと思います。きもいと」
「そっちなんですね……」と、顔を引き攣らせる近藤だったが、お妙の言うことも一理ある。今回は少し流されるままに了承してしまったが、いろいろと撤回したいこともあった。今度、キモいとは言わないが、納得いってないことは言おうと近藤は思った。
「お妙さん、ありがとうございました。スッキリしたというか、考えがまとまった気がします!やっぱお妙さんは流石だな〜〜女神様です!!」
「ふふふ、わたしは言葉より行動が欲しいです。ドンペリ一本お願いしまーす!」
「え、お妙さん!!」
お妙は近藤に了承を取る前に、相談料の追加としてボーイを呼ぶ。そこからはいつものワイワイガヤガヤと、いつも通りの楽しく騒がしくふたりは話をしていた。近藤は愛を語っていたが。
ふたりは知らない。そのふたりの発言に、客たちが思い当たる節があるな?やそんな奴いるのか(嘲笑)と思っていることを、キャバ嬢たちが複数の思い当たる客たちを思い出していることを。
そして、これは始まり。
これから、スナック『スマイル』が近藤の周りにいるめんどくさい男たち、いわゆる地雷男たちについての相談所になり、周りの客、キャバ嬢たちまで巻き込んで、騒ぎになることを今は誰も知らない。

「お妙さーーん!助けて!!総悟が!」

つづく?
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