優しい味
そこからどう帰ったかはひどく曖昧で、それでふとキラキラとした外装のケーキ屋で足が止まった。
「みんな、の…喜ぶ顔が、見たくて……」
ぽろぽろと泣きながら話す主。
謂れのない暴言を浴びせられ、ひどく傷付きながらも男士達を想い、悟られまいと明るく接していたかと思うと胸が締め付けられる。
「つらい思いをしたね、傍にいてやれずにすまない。」
抱き寄せた背中をさする。胸の中で主が、首を小さく横に振る。
「ううん、今こうして慰めてくれるだけで私、すごく救われてるよ…ありがとう、歌仙」
ぐすんと鼻をすすり、しばらく泣いた後パッと顔を上げて、涙で濡れた顔を袖で乱暴に拭う。
「あー、歌仙に話聞いてもらったおかげですっきりした!」
そう言って笑う表情には、言葉通りいつもの明るさが伺えた。
この打たれてもすぐ起き上がる強さこそが、彼女の魅力と改めて感じた。
「それなら良かった、じゃあ今日一日とても頑張った主が好きな料理を振る舞わせてもらおうかな」
主の笑顔に応えるように微笑むと、嬉しそうに目を輝かせる。
「やったー!歌仙が作ってくれるご飯は全部好きだけど何かな?」
うーんと考える主の頭を優しく撫でる。
「それは出来てからのお楽しみだよ、さぁ服を着替えてそのくしゃくしゃになった顔も洗っておいで」
「くしゃくしゃって!ひど…!いやでも、確かに泣いてすごい顔になってる気はする…」
慌てて両手で顔を覆いながらすくっと立ち上がり、「じゃあ歌仙あとでね!楽しみにしてるね!」と厨房からそそくさと出て行った。
「転ばなければ良いが…」
素早い動きについ、ふっと笑ってしまう。
「さぁ、では主の期待に応えるとしよう」
そう言って再び袖が垂れないように括り、包丁を手に取った。
食材を切りながら主を想う。
審神者同士の問題に、本丸の男士が口を挟むことは許されていない。
いっそ叩き斬ってしまえれば良いのだが、主がそれを望むような人間ではないことは承知していた。
そうなれば自分に出来る事は主を支え、尽くすのみ。
そうすることしか出来ないが、そうすることが一番必要だということを初期刀として何よりも理解している。
無力な自分を誤魔化すように、主に喜んでもらえるように調理に没頭した。