マグダレーナさんの妄想書架:ばんがい

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久しぶりに、嫌な夢をみた。

ありがちな、いきなりガバッと上半身を起こすような寝覚めではなかったけれど、目を開いた時、無意識に握りしめた手には冷たい汗が張り付いていた。

一応、身体を起こしてから…その手をゆっくりひらいて、また閉じる。
握りしめたのが、最近は使っていない隠し短剣の類でも、酷い匂いのする血糊でもないことは、わかってはいるけれど。

小さく息を吐くと、そういえば「嫌な夢」の具体的な内容を覚えていないことに気づく。

ただ漠然と、嫌悪感を伴った夢…きっと、夢の中では、それなりに苦悩したのだろう。
窓の外を見れば、まだ月が高い。たったの数時間で、目を覚ましてしまったようだ

アイデンティティとか、気障ったらしい正義感とか、自己嫌悪とか。
そんなものは、とっくの昔にクリアにしたはずなのに。
覚えていないような半端な夢をみる…その程度には、僕の中に残されているのかもしれない。

…いや、本当は違う。
乗り越えたふりをして、脇目も振らずに通り過ぎただけだ。
何事もなかったように、飄々と振る舞って。
それが当たり前だって顔をして。
表にも裏にも、そんなものは子どものうちに振り捨てた、大人なんだって思い込んで。

どれが真実かもわからないうちに、その葛藤すら忘れて。
そのくせ、極稀にこんな夢をみる。

…そう考えると、なんだかおかしく思えて。思わず、声に出して笑ってしまった。


「ん…あれ、もう朝ですか?」

あぁ、いけない…こんな自問自答のせいで、彼女を起こしてしまった。
こちらを向いてはいるけれど、目は半開きだし、明らかに寝ぼけている。

「まだ夜だよ。ごめん、起こして」

「そう…ですか…ちゃんと、寝て下さい、ね…。見張りとか、いいです…から…」

「…わかってるよ、ありがとう」


そう、彼女の顔にかかった髪をそっと払って、僕も改めて横になった。

元々、半分眠っていたのだろう。
程なくして、彼女はまた静かな寝息をたてはじめた。

やっとたどり着いた村で、なんとか滑り込んだ宿には、1人部屋しか空きがなかった。
僕は床でも椅子でも良いって言ったのに、彼女が「ちゃんとベッドで休んで下さい」と、聞かなかったのだ。

仕方がないから、狭いベッドに2人で寄り添いあって、眠りについた。

「恋人同士みたいだね」と冗談めかして言う僕に、「からかわないで下さい」と顔を赤くしたのは、ただの照れなんだろうけど…まったく、変に期待してる単純な僕がここにいる。

…君は、知らなくていい。
こんな単調で、浅はかで、そのくせ出口の見つからない堂々巡りに捕らわれてる僕のことなんか。

過去に僕がなにをしていたかより、今こうして吐き出せない膿をため込んでいることの方が、僕にとっては見せたくないもので。
他の誰に全てを吐き出しても、君にだけは…なにもない大人の僕だけを見てほしいんだ。


…それなのに、「恋人同士」とか。
随分と身勝手な理想…いや、妄想じゃないか。

その客観的な事実は、やっぱりとても滑稽なはずなのに。
  
今度は、何故だろう…まったく、笑えなかった。



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