マグダレーナさんの大暴走

「お前、案外寂しがりなのな」



自分でそう言っておきながら、自分で吃驚した。
寂しがり?こいつが?

「寂しがり?俺が?」

自分で思ったものと大して変わらない言葉が返ってくる。
言いながら此方を振り返る顔は、いつもの、悪童じみた表情をしていた。

「何をどうもって俺が寂しがりだと?お前に何か言った覚えは無いぞ」

お前だけじゃなく他にもだがな。
無い無い、と肩を揺らしている。



言動が常ならず、とか、そういう訳ではないのだ。
強いて形容するなれば"覇気が無い"。
薄ぼんやりとではあるが、そんな気がした。
長い付き合いが無ければ気付く事など無かったであろう、ほんの些細なもの。
事実、他の誰もそんな事は思っていないと見えて、周囲も何ら変わらない。

ただ―――アキリーズからすると、そうやって"何も"変わらないからこそ、些細に過ぎて誰も気付かないような事が、目立って見える気がした。






それに気付いたのは、ひと月程前になるだろうか。

伴侶として同所で生活しているガートルードを除けば、アキリーズは間違いなく、このアバロンで最も長くを共にした相手という事になるだろう。
そもそもが結構古い付き合いになる訳だし(単純に『付き合い』という意味ではガートルードより長いのは確定事項だ)、ガルタンが皇帝に"なってしまった"時には半ば無理矢理部隊に組み込まれたのもあって、単純に一緒に居た時間が長い。
またそれなりに馬が合うので、プライベートとしてもそれなりにつるんでいる。
故にか、ごくごく軽い風邪程度の体調の変化だとか、そういった本人が気にしだす前の段階であろう些細な事も、先んじてアキリーズが気付いてしまうようなシチュエーションも何度かあった。

冗談めかして保護者だなんだと形容される事もあるが、自分としても、そういう類の視点でもって相手を見ているというのは否定しない。
男に対する形容としてどうなんだ、と思わなくもないが、アキリーズは基本的にガルタンの事を『じゃじゃ馬』だと思っているので、目付けが要るだろうとなんとなくそうしていたら、いつの間にかそれが板に付きすぎて自然になってしまっただけである。



故に、だ。

今回もまた、本人よりも先に『気付いてしまった』のだと、無意識に言葉を発し、それそのものに疑問を抱いたその直後、理解した。
あの時感じた『何か』とは『寂しさ』の裏返しだったのではないか…と。






ひと月前に何があったかと言えば、言うなれば『暗殺未遂』。
厳密には、未遂どころかそれ以前、計画段階での発覚だったが、皇帝、それも”伝承皇帝”を対象としていた事もあり、歴史上に幾つか見えるそれよりも遥かに重い処分が、迅速に下されたのだった。
狙われた側のガルタン自身が、果断に、いっそ早急に過ぎるくらい、関係者全員の処刑を決定、即日実行した。

今にして思えば、それよりも以前から対立だの策略だのにさらされて(さらされまくって、と言ってもいいかもしれない)いたのだし、そういった恨みつらみが溜まりに溜まって爆発したような状態だったのかもしれない。
そういったものをあまり深くは気にしないタイプであるといえども、彼の即位からこっち、殆ど途切れなくそんな状態が続いているのだから、いい加減そうなって然るべき、とも言える。



それ以来、ガルタンがアキリーズを必要以上に呼びつけて公私問わずに引っ張り回す事が増えた気がする。
何故か、という事には、ほんの少し思案してから、気付いた。






「ガートルードが向こうに行って、そろそろ1年だろ」

目を合わせる事になんとなく気が引けたので少しだけ顔を背けながら、そう指摘する。
カンバーランド王家の中で色々あって彼女までそれに巻き込まれ、結局国に戻らなければならなくなったのが、丁度去年の今頃だ。
何度か帰ってきてはいるものの、アキリーズ自身は顔を合わせていないし、夫であるガルタンとの時間も碌に作れてはいない。

「お前もあいつも、なんだかんだでお互いの事、大好きだろ?」

二人の結婚は、紛う事無く政略結婚そのものである。
ただ、そんな話が出る以前から気が合っていて、結婚してからは相応の愛情でもって接してきたのは、二人ともに近しいアキリーズにはわかっている。
恋愛だの夫婦愛だのと形容してしまうとなんだが違うような気がしないでもないから、『理解しあって』『支え合って』…言い方を変えれば、お互いに『寄りかかりあって』いるというのが、正解かもしれない。

それが、欠けてしまったから。

「あいつが俺等に顔見せないのは、単純に時間が無いからだと思ってたけど。今気付いた。多分違うな。本当は”顔そのもの”を見せたくないんだろ。”疲れてる”表情を、さ」

『時間が無い』と言いながらも時偶帰ってはくるのは、『寄りかかりたい』から…そんなところだろうか。
だからこそ、素直に寄りかかれる相手であるガルタンにだけ、態々会いに来る。

「…お前も、そうなんだろ?」

逸らしていた視線を戻す。
相手の表情は変わっていない。

「………。」

いつもと同じような薄ら笑いに近いそれの中、それでもいつもと違うのは、少しだけ目尻の辺りが柔らかく緩んだところ。

「俺を、あいつの代わりにしてねえよな?」

図星だな、と思った。

「そういうのを、寂しがり、ってんだよ」

そこまで言ったら、今度こそいつも通り、話し始めたさっきと同じように、笑われた。






迷惑だな、と思わないでもない。
手前勝手に振り回されている事には違いないのだから。
しかしそれ以上に、『保護者』が板に付き過ぎてしまったアキリーズにとっては、最早子守をしているような心持ちに変化していた。
迷惑なのは気付いちまった自分自身だよ…とも思う。

気になるような事があったら、気にしてしまう。
つい世話を焼いてしまう。
そういう性分なのをわかっていたから、自嘲も込みで笑うしかなかった。

「(無意識って怖いな…)」

それこそ"無意識"に後頭部を搔きながら、またひとつ、気付いてしまった。



「………。」



無意識ながら世話を焼く…言い換えてしまえば『甘やかして』『捌け口になって』いた筈なのに、根本的なところでストレスの解消になっておらず、事が事とはいえど『キレさせて』しまったのは、その『世話焼き』では足りなかったからではなかろうか。



「……………。」



我ながら面倒くさい思考回路だな、と思った。

軽く頭を抱える。
性分は最早どうしようもない。






「………俺じゃ駄目なのかよ」






"無意識"に発した小声に、再び、自分で吃驚する羽目になった。

何が『駄目』だよ。

外しかけていた手で、もう一度頭を抱える。

これじゃまるっきり嫉妬じゃねえか。
何考えてるんだよ俺。
別に嫉妬してる訳じゃない…筈、なのに。






訳もわからず狼狽していたら、笑われた。

「なにをひとりでぶつぶつと」

お前のそういうところが面白いというんだ…と、いつだかに言われたのを思い出す。
勝手に気をもんで、ああだこうだと考えて、面倒がるようにしながらも結局手を出し、世話を焼く。

今もまた、面白がられている。



「………。」



振り回されていたつもりだったのに、『”勝手に”振り回って』いたのかもしれない。

アキリーズはそれから随分長い事、頭を抱えていた。
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