『アバロンの祭(冬)に向けて』
※※※
「あなたはヒドイ人です」
急に、そんなことを言われた。
職業柄、おくびにも出さないものの、内心は穏やかではない。
ここまで、大した前振りもないのに、いきなりそんなことを言われれば、誰だってそうだろう。
それも、(本人は否定するだろうが)実に可愛らしい女の子に、突然「ヒドイ人です」とか言われれば、誰だってそれなりのショックを受けるに違いない。
それも、なんだか機嫌が悪そうだから、「どうかしたの?」と訊いただけなのに。
「…何をどうもって、僕がヒドイ人なのか、説明を求めてもいい?」
僕が訊くと、彼女はムッツリと黙ってしまった。
随分と怒らせてしまったようだ。
心なしか赤くなってる頬に、何をした覚えもなくても、妙な罪悪感を掻き立てられてしまう。
彼女と出会ってから、そう長い時間が経ってるわけじゃない。
でも、それなりに親しくしてきたし、彼女としても、やたらと大きな肉体系男[×]2や、年下とはいえ皇帝陛下であるクワワなんかに比べれば、一応同性の僕には信頼を寄せてくれてただろう。
それがなんでまた…裏を返せば、嫌われるくらいには好かれてたんだろうけど。
…ま、こういう時は、下手になんか言って地雷を踏まない方がいい。
黙って部屋を出た僕は、給湯室で適当に紅茶を淹れると、中途半端に時間を空けてから、執務室に戻った。
彼女は気まずそうな雰囲気を漂わせながらも、黙々と書類に目を通している。
「…はい、ストレートで良かった?」
「…ありがとうございます」
あぁ、やっぱり。喧嘩とか、しなれてないんだろうな。
噛み付いてはみたものの、それからどうして良いか分からない小犬みたいになっている。
僕はほんのり保護者気分に浸りながら、紅茶を啜りつつ彼女を見守っていた。
…たっぷり、10分ほど過ぎた頃。
書類を読み終わってしまったのか、彼女は小さく溜息を吐いた。
「あの…ごめんなさい」
「なにが?」
「その…ひどいことを言ってしまって」
「別にいいよ、理由さえ聞かせてくれれば」
なんの修飾も無しに、どストレートに「ヒドイ人」じゃ、それが何を指してるのか、流石にイメージしにくい。
色々とやってきた僕だから、何を言われても仕方ないとは思う。が…こんな風に、女の子に面と向かって「ヒドイ」と言われるようなことはした覚えがない。(というか、ヒドイという形容で収まるほど、僕の前職は生易しい仕事でもない。)
彼女は逡巡した後、小さな声で「貴女は、誰にでも優しいんですね」と呟いた。
「誰にでもって…それは、もちろんお茶くらい持ってくるよ。そのくらいは誰でも気がきくよ?」
「いえ、そうじゃなくて!貴女は優しいから、きっとたくさんの女性を傷つけてます。貴女がどんなに素敵で、紳士的に気がきく人でも、女性なんですよ?!どれだけの女の子を勘違いさせたところで、結婚したり出来ないんですよ?!そんなの、ヒドイじゃないですか…」
彼女の言葉は、僕の価値観の中では、取るに足らないことだった。
でも、まるでパズルのピースが埋まっていくように、彼女の心の中が見えてくる。
「僕が罪作りだって、言いたいんだね、君は」
「いえ…でも…。その、ごめんなさい。私、見てしまって。あの、貴女が女の子を抱きしめてるところを…」
「女の子?」
そんなこと、あったっけ?
どちらかと言わずとも、基本的には野郎に厳しく女性に甘い僕ではあるが、そんな無作為に抱きしめたりするようなセクハラまがいをするわけもない。
僕が不機嫌に見えたのか、彼女はますます恐縮してしまった。
「はい、その…本当にごめんなさい。夕方、街中で貴女を見かけたものだから、声を掛けようと追いかけたら、その…路地裏で、女の子と一緒にいて、それで私、ビックリして…」
「今日の夕方?」
「はい…」
夕方、街中…恐らくは彼女が通りがかる術研の周辺辺り…諸々の条件を加味して検索した結果、ようやく彼女の言いたいことにヒットした。
そして、それが盛大な勘違いであることも。
それが、久しぶりに「面白い」と感じられることだったせいで、僕は思わず声を上げて笑った。
そんな僕らしくないモーションに、彼女はキョトンとしている。
「あの、何がおかしいんですか?私は、女の子に無条件に優しくするのは良くないって言いたいだけで、いたって真面目…」
「わかってる、君が真面目で本気なのはよくわかってるよ。ただ、ふたつほど、君は思い違いをしている」
「思い違い…?」
「そう。前に、僕は双子だって言ったよね?」
「ええ、言われましたけど…」
そういえば、話にはしたけど、実物には会わせた事がないんだった。
別段、態々注釈を付けることもないと思っているから、説明しなかっただけで。
「夕方僕が会ったあの『女の子』が、僕の片割れ。双子のもうひとりだよ」
「…えぇっ!?でも、確か『双子の弟がいる』って」
「そう。あれはウィーゼル…正真正銘、僕の弟だよ。詳しくは言えないけど、ちょっと面倒な聞き込みの仕事があってね。『もう疲れた』って愚痴るから、こう『よしよし、よく頑張ったね』と」
抱きかかえて頭を撫でるようなポーズをすると、彼女は自分の思い違いが恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして俯いた。
疑いは晴れたのに、なんだかさっき以上の罪悪感。別に誰も悪くないけど。
ちなみに。二卵性の双子だけど、顔は似てるから、素っぴんの状態で見れば彼女だって理解した筈だ。
ウィーゼルが、たまたま仕事の関係で、可愛い系の化けるメイクをしてたのが、大きな原因だろう。
「すみません、私…とんでもない勘違いを…」
「いいよいいよ、気にしないで、いつものことだから。
それと、ふたつ目の勘違いだけど…僕はね、人に優しくしても、そう簡単に愛したりしない。
ただ、本気で愛するなら、死ぬ気で愛し抜く気でいる。男だろうが女だろうが、それだけの価値があると僕が思えば、ね。
だから、結婚できないから残酷だって概念は、少なくとも僕の中には存在しないし、下手に気を持たせるようなことは絶対に言わない。そう決めてるから、安心して」
そう、僕は俯く彼女の髪をそっと撫でた。
柔らか指通りが、冷えた指先にも心地いい。
「あの…本当にごめんなさい。私、貴女のことをよく知りもしないで…」
「いいよ、これからまだゆっくり、お互いを知っていく時間はあるさ。
あぁ、ひとつ付け加えておくと。後腐れのないライトな関係なら、来るもの拒まず去るもの追わずのスタンスでいるから。取り敢えずの恋愛経験値を積みたければ、僕の隣はいつでも空いてるよ」
「わ、私ですかぁっ?!」
「そう。まぁ、絶対に男じゃなきゃと思うなら、あの3人の中ならテリー辺りかな、オススメは…」
「わ、私は、遊撃隊にいる間は、そういう経験は必要なありませんので!どなたもご遠慮させていただきます!」
そうやって、両手を振って否定する姿が、なんか可愛くて。
僕は笑いながら、「冗談だよ」と言った。
何年か後に、冗談じゃなくなるとも知らずに…。
「あなたはヒドイ人です」
急に、そんなことを言われた。
職業柄、おくびにも出さないものの、内心は穏やかではない。
ここまで、大した前振りもないのに、いきなりそんなことを言われれば、誰だってそうだろう。
それも、(本人は否定するだろうが)実に可愛らしい女の子に、突然「ヒドイ人です」とか言われれば、誰だってそれなりのショックを受けるに違いない。
それも、なんだか機嫌が悪そうだから、「どうかしたの?」と訊いただけなのに。
「…何をどうもって、僕がヒドイ人なのか、説明を求めてもいい?」
僕が訊くと、彼女はムッツリと黙ってしまった。
随分と怒らせてしまったようだ。
心なしか赤くなってる頬に、何をした覚えもなくても、妙な罪悪感を掻き立てられてしまう。
彼女と出会ってから、そう長い時間が経ってるわけじゃない。
でも、それなりに親しくしてきたし、彼女としても、やたらと大きな肉体系男[×]2や、年下とはいえ皇帝陛下であるクワワなんかに比べれば、一応同性の僕には信頼を寄せてくれてただろう。
それがなんでまた…裏を返せば、嫌われるくらいには好かれてたんだろうけど。
…ま、こういう時は、下手になんか言って地雷を踏まない方がいい。
黙って部屋を出た僕は、給湯室で適当に紅茶を淹れると、中途半端に時間を空けてから、執務室に戻った。
彼女は気まずそうな雰囲気を漂わせながらも、黙々と書類に目を通している。
「…はい、ストレートで良かった?」
「…ありがとうございます」
あぁ、やっぱり。喧嘩とか、しなれてないんだろうな。
噛み付いてはみたものの、それからどうして良いか分からない小犬みたいになっている。
僕はほんのり保護者気分に浸りながら、紅茶を啜りつつ彼女を見守っていた。
…たっぷり、10分ほど過ぎた頃。
書類を読み終わってしまったのか、彼女は小さく溜息を吐いた。
「あの…ごめんなさい」
「なにが?」
「その…ひどいことを言ってしまって」
「別にいいよ、理由さえ聞かせてくれれば」
なんの修飾も無しに、どストレートに「ヒドイ人」じゃ、それが何を指してるのか、流石にイメージしにくい。
色々とやってきた僕だから、何を言われても仕方ないとは思う。が…こんな風に、女の子に面と向かって「ヒドイ」と言われるようなことはした覚えがない。(というか、ヒドイという形容で収まるほど、僕の前職は生易しい仕事でもない。)
彼女は逡巡した後、小さな声で「貴女は、誰にでも優しいんですね」と呟いた。
「誰にでもって…それは、もちろんお茶くらい持ってくるよ。そのくらいは誰でも気がきくよ?」
「いえ、そうじゃなくて!貴女は優しいから、きっとたくさんの女性を傷つけてます。貴女がどんなに素敵で、紳士的に気がきく人でも、女性なんですよ?!どれだけの女の子を勘違いさせたところで、結婚したり出来ないんですよ?!そんなの、ヒドイじゃないですか…」
彼女の言葉は、僕の価値観の中では、取るに足らないことだった。
でも、まるでパズルのピースが埋まっていくように、彼女の心の中が見えてくる。
「僕が罪作りだって、言いたいんだね、君は」
「いえ…でも…。その、ごめんなさい。私、見てしまって。あの、貴女が女の子を抱きしめてるところを…」
「女の子?」
そんなこと、あったっけ?
どちらかと言わずとも、基本的には野郎に厳しく女性に甘い僕ではあるが、そんな無作為に抱きしめたりするようなセクハラまがいをするわけもない。
僕が不機嫌に見えたのか、彼女はますます恐縮してしまった。
「はい、その…本当にごめんなさい。夕方、街中で貴女を見かけたものだから、声を掛けようと追いかけたら、その…路地裏で、女の子と一緒にいて、それで私、ビックリして…」
「今日の夕方?」
「はい…」
夕方、街中…恐らくは彼女が通りがかる術研の周辺辺り…諸々の条件を加味して検索した結果、ようやく彼女の言いたいことにヒットした。
そして、それが盛大な勘違いであることも。
それが、久しぶりに「面白い」と感じられることだったせいで、僕は思わず声を上げて笑った。
そんな僕らしくないモーションに、彼女はキョトンとしている。
「あの、何がおかしいんですか?私は、女の子に無条件に優しくするのは良くないって言いたいだけで、いたって真面目…」
「わかってる、君が真面目で本気なのはよくわかってるよ。ただ、ふたつほど、君は思い違いをしている」
「思い違い…?」
「そう。前に、僕は双子だって言ったよね?」
「ええ、言われましたけど…」
そういえば、話にはしたけど、実物には会わせた事がないんだった。
別段、態々注釈を付けることもないと思っているから、説明しなかっただけで。
「夕方僕が会ったあの『女の子』が、僕の片割れ。双子のもうひとりだよ」
「…えぇっ!?でも、確か『双子の弟がいる』って」
「そう。あれはウィーゼル…正真正銘、僕の弟だよ。詳しくは言えないけど、ちょっと面倒な聞き込みの仕事があってね。『もう疲れた』って愚痴るから、こう『よしよし、よく頑張ったね』と」
抱きかかえて頭を撫でるようなポーズをすると、彼女は自分の思い違いが恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして俯いた。
疑いは晴れたのに、なんだかさっき以上の罪悪感。別に誰も悪くないけど。
ちなみに。二卵性の双子だけど、顔は似てるから、素っぴんの状態で見れば彼女だって理解した筈だ。
ウィーゼルが、たまたま仕事の関係で、可愛い系の化けるメイクをしてたのが、大きな原因だろう。
「すみません、私…とんでもない勘違いを…」
「いいよいいよ、気にしないで、いつものことだから。
それと、ふたつ目の勘違いだけど…僕はね、人に優しくしても、そう簡単に愛したりしない。
ただ、本気で愛するなら、死ぬ気で愛し抜く気でいる。男だろうが女だろうが、それだけの価値があると僕が思えば、ね。
だから、結婚できないから残酷だって概念は、少なくとも僕の中には存在しないし、下手に気を持たせるようなことは絶対に言わない。そう決めてるから、安心して」
そう、僕は俯く彼女の髪をそっと撫でた。
柔らか指通りが、冷えた指先にも心地いい。
「あの…本当にごめんなさい。私、貴女のことをよく知りもしないで…」
「いいよ、これからまだゆっくり、お互いを知っていく時間はあるさ。
あぁ、ひとつ付け加えておくと。後腐れのないライトな関係なら、来るもの拒まず去るもの追わずのスタンスでいるから。取り敢えずの恋愛経験値を積みたければ、僕の隣はいつでも空いてるよ」
「わ、私ですかぁっ?!」
「そう。まぁ、絶対に男じゃなきゃと思うなら、あの3人の中ならテリー辺りかな、オススメは…」
「わ、私は、遊撃隊にいる間は、そういう経験は必要なありませんので!どなたもご遠慮させていただきます!」
そうやって、両手を振って否定する姿が、なんか可愛くて。
僕は笑いながら、「冗談だよ」と言った。
何年か後に、冗談じゃなくなるとも知らずに…。