かりかちゅあ(ベネディクト代)

【速報!!先帝陛下ご婚約!!】



3年前に退位された、先代伝承皇帝ベネディクト陛下。
カンバーランドにて清廉なる聖騎士の職に復帰している事は有名だが、遠く離れた帝都民にはそれ以上のご様子を窺い知る事は難しく、皆に慕われた陛下のその後が気になって仕方無いという読者も多いのではなかろうか。

今回、衝撃的な情報を入手するに至ったので、恐らくは当誌が何処よりも早く、陛下の最新情報をお届けしようと思う。

筆者は先日、ある男性と会う機会があった。
詳しくは明かせないが、この男性には陛下に繋がるコネクションがあるらしく、それを裏付ける諸々を掻い摘んで語ってくれた。
内容については彼との約束があるので矢張り明かせないが、情報源の信憑性は充分であると明記しておこう。
彼との会話から、現在の陛下のご様子をほんの少しだけ知る事が出来た。
その中で最も衝撃的だったのが、『陛下は近々ご結婚されるらしい』という一言だ。

若くして聖騎士の道を志し、数奇な運命により伝承皇帝となり人々を牽引し、退位して後もひたすらに騎士道的大義へ忠実であらせられる陛下。
これまで浮ついた噂など一切無く、『陛下は既に騎士道とご結婚されているのだ』などという比喩がなされる程、奥方を娶る気配が無かった陛下。
そんな陛下が、遂にご結婚されるらしい。
これが事実であれば、帝国どころか世界中を揺るがす大ニュースである。

失礼を承知で、陛下のご両親への取材を試みた。
公新聞でもない当誌の取材など当然にべもなく追い返されるものとばかり思っていたのだが、なんと快く受け入れ情報公開の許可まで下さったので、記事の形にする事が出来た。
此処で改めて感謝の意を示しておきたい。

お相手は、在位当時から日常的に親交のあった女性とのこと。
陛下の母君・アイリス様曰く「どちらの家庭も貴族ではないので形式張ってあれこれしている訳ではない」との事だが、事実上、ご婚約が成立している状態であるらしい。
実際にご結婚されるのも、そう遠くない、そして確実な未来であろう。

公的立場から身を引かれた御仁のプライベートに切り込んで行くのは些か無礼が過ぎるように思えるが、陛下が今なお国民に慕われ続けているのもまた確かであり、人生で最も幸せであろう瞬間が陛下に訪れる事を望んでいるのは筆者だけではあるまい。
陛下に想いを寄せる乙女達にとっては、落胆以外の何物でもないのかもしれないが───近い将来、もしご結婚の発表がなされたら、再びこのアバロンで陛下のご尊顔を拝む事が出来るかもしれない。






※※※






ぱたむ。

そんな感じで閉じられた小冊子。
本と呼ぶにはペラペラで薄すぎるし、かといってチラシとか広告とか呼ぶには不自然な形態。
強いて言うなら新聞が一番近いよーな気もするけれども、良く言えばとっつきやすくてフランク、悪く言えば品に乏しい雰囲気からしてそもそも別モノ。
…まあ要するに、雑誌というヤツ。

「……………。」

それを両手で挟んだまま固まる男が若干1名。
戦士にしては綺麗すぎるくらいの指の隙間から見えるのは、表紙に書かれた『アバロンタイムス』『スキャンダルから都市伝説、観光名所のご案内まで何でもござれ!』の文字。

わあ、安直なネーミング。

…と、どーでもいい部分に対する俺の感想はさておき。

「………あはははは」

固まっていた男は数秒後に笑い出した。
それはもう、大根役者もビックリの棒読みで。
口だけ開けて、目が笑ってない。
正直、コワい。
というかアヤシいしアブナい。やめた方がいいと思うよソレ。

「あはははは。わはははははは。はははは………はぁ」

そしてもって、ひとしきり笑った(っぽい擬音語を発した)後、今度は溜息。
そのまま何故かだんだん項垂れて、ふるふる震え出す。

やがて拳が飛んでいったのは、もうひとりの男の方。
良かった、俺離れてて。

「くらえコークスクリュー!!」
「うわっとぉっ!?」
「避けるんじゃねーっ!!」
「いきなり殴りかかられりゃ誰だって避けるわ!!つうかお前体術スキル持ってねえだろ何しれっと技出してんだよ!!」
「いいから黙って殴られろ!!」
「無茶言うな!!」

…一応言っとくと、このひとら今年で四十路の大台に乗ったおっさんなんだけどもね。
なんかちょっとお年頃青少年の喧嘩みたくて微笑ましいよね。うん。

なんだりかんだりやりあった後、なんでかどっちもせえはあ肩で息をしながら、よーやっと話し合いの段になったようで。

「お前のせいだ」
「なんでそうなんだよ」
「情報源の男とかお前の兄貴くらいしか思い当たらん」
「だからなんでそうなんだよ」
「どうせお前あっちこっちでペラペラ喋ったりしてんだろ」
「そりゃ身内くらいにゃ喋ったけどよ…っつーか勝手に兄貴のせいにすんな。いくらなんでもそこまでおクチ柔らかくねえよ」
「じゃやっぱりお前のせいだ」
「俺でもねえよ!」
「じゃ誰のせいだよ」
「…強いて言うなら、お前のお袋さん?」
「のあああああ」

おっさんズの固まってた方、もとい『元・陛下』が崩れ落ちる。
がりがりがりがり。
そんなにかゆいんですか?っていうくらいアタマ掻き毟りながら。

なに、あのひとに母親の話題は地雷なの?
ものすんごく美化されてるイメージのカケラも見当たらないんですけど。
…ああ、大人しくしてりゃ見た目は確かに綺麗だけどね、うん。
おっさんズの殴られかかってた方、もといガマがあやしにかかる。

俺?
俺がする訳ないじゃん。
ああなったあのひとの対応めんどくさいもん。
見てるぶんにはおもしろいけど。

「もうアバロン行けない…ソーモン帰れない…」
「あー…そりゃちったあ視線の矢ぶすま食らうかも知れねえけどよ、あのーアレだ、少なくともお祝いされるんならいいだろ。祝福はオイシいぞ」
「このデータだとリバティスタッフ無いんだぞコラ」
「メタい事ツッコむ余裕はあるのな」

はーい、問題の野郎は多分、兄貴は兄貴でもうちの兄貴でーす。
…なーんて、うっかり言ったらめんどくさい事この上無い状態になる予感しかしないので言う訳がない。










終わっとけ。
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