暴走狂騒曲(ベネディクト代)

何故かわいわいと(一部を除き)盛り上がっていく中、出来上がってきたベネディクトがだんっ、と音を立てた事で場は一瞬だけ沈黙した。
グラスだの何だのという気の利いたものは用意していないので、喇叭飲みしていたボトルの底をテーブルに叩き付けたのである。

「おいおい割れんぞ」
「うっさい黙れ」

もったねー、とガマがやや場違いな感想を漏らすが、殆ど干されていた為に溢れるだの何だのという事は無かった───のだが。

「…テッシュウ、」
「はい?」

普段は『温厚篤実っぽい』印象をもたらす筈のベネディクトのタレ気味の目が、代わりに何やら不穏なオーラを纏って、テッシュウへと向けられた。
基本的には戦場の最前線であろうとも平常心を崩さず何事にも動じないテッシュウではあるが、この時ばかりはややたじろいだ。
酒によって据わった目付きは、誰のものでも大抵、ある程度は怖ろしい。

「陛下に酒飲ませればいいかもしんない…と。メモメモ」
「ちょ、何メモってんですかクロウ」
「ん、テッシュウに隙を作らせるベンキョー」
「そこ!がちゃがちゃうっさい!!」
「はいぃ!」
「あーい」

唯一クロウはちっとも動じていないようだが、それは兎も角。

「お前はどうなんだお前は」
「…は?」
「だから、オンナだよオンナ!お前の女関係どうなってんだって聞いてんの!!」
「…はあ」

この期に及んでは唯一、テッシュウだけが自身の女性関係若しくは女性観について一言も話していない。
其処に酔っぱらいがツッコんだだけの話である。

正直な話、この場に居る誰もがテッシュウの私生活らしい部分を覗いた試しが無かったりする。
クソ真面目な性格故に日常の云々は簡単に想像出来る(どうせ鍛錬か読書だろ、と思ってアタリを付ければその通りだとも言う)のだが、逆に言えばそれ以外の部分、主に趣味嗜好については非常にわかりにくい。
仕事以外の人間関係、特に女性については尚更である。

しかしそんなテッシュウとて人間、しかもヤウダではそれなりに名のある家に生まれた男であるのだからして。

「私ですか。私は故郷に許嫁がおりますが」

事実をさらりと告げた。
…当人は軽く言ったつもりだったのだが、思ったよりも場が沸いた事に目を丸くした。

「はあぁぁぁ!?」
「え、うそぉ!?」
「…俺ちょっと予想してたけど、実際聞いたら結構ビビったよ、今」

テッシュウが吃驚した顔など割と珍しい筈なのだが、誰一人として其処には触れない。
代わりに一斉に身を乗り出してきて、テッシュウひとりが軽く後退る。

一瞬の後、鬼の首取ったり、という顔をしたのはキグナスだ。

「ちょっとちょっと、人には『とっとと結婚しろ』みたいな事言っといて、自分はどうなんですか自分は」
「え、いやあの」
「故郷の許嫁って事はこっちに出て来る前から婚約してるって事ですよね。って事はもう相当待たせてますよね」
「ちょ、キグナス近い…!」
「女性は待たせるものじゃないんですよね。そっちこそとっとと結婚したらどうですか。あなたが帰るとか相手を呼ぶとか、その気になれば出来ますよね。相手に悪いとは思わないんですか」
「…ッいいから、そんなに詰め寄ってこないで下さい!」

じりじりと壁際まで追い詰められてしまったので、尚も躙り寄ろうとするキグナスを引き剥がしつつ、咳払いをひとつ。
日頃お説教され馴れている一同は、反射的にそれで落ち着いた。

「…あのですね。今更言われずとも、彼女の事についてはきちんと考えていますよ」

その許嫁というのは、お互いが生まれる前から親同士が決めていたもので、幼馴染とほぼ同義である。
ヤウダは他の地域に比べて血筋や家柄に煩いので、これは珍しくもなんともない。
親が決めた事に反発する気も無いし、勿論当人同士もその気である。
生まれながらの許嫁という関係が普通、という頭の人間が多い所為か、さほど行き遅れだのなんだのを気にする必要が無く、実際に結婚するのが遅めになるのも決して珍しくはない。
で、偶々テッシュウがアバロンに出向する事になったので、結婚が延期になっただけの話だ。
その際、『待つのが苦なら』と破談も覚悟したが、相手方が『いつまででも待ちます』と言ってくれた。
色々あって随分長い期間になってしまったが、月に2~3回手紙の遣り取りはしているし、当人同士不満は無く、距離と時間如きで瓦解する程度の脆弱な信頼ならそれこそとっくに破談しているだろう。

「…という訳で、少なくとも私が現在の任を解かれる迄は、結婚の段にはなりませんね」

テッシュウが話を締め括る頃、一同、特にベネディクトは、ぽかんと阿呆面を晒していた。
あまりにも淀み無く語るものだから、ツッコむにツッコめなくなってしまったのである。
あれほど詰め寄っていたキグナスですら大人しくなっていた。
クロウはさりげなく何事かをメモしていたが、いつもなら敏い筈のテッシュウもほんの少しだけ照れが混じって気が緩んでいた為に、気付かれず仕舞いだった。



───因みに数年後、ベネディクトが退位すると同時に帰郷したテッシュウは、無事に結婚を果たす。
子供は生まれず仕舞いだったものの夫婦仲の良さは有名で、更に後年妻の方が結婚コーディネーターとでも呼ぶべき仕事を始めて余計に有名になっていたりするのだが、それはまた別のお話。



───更に余談。
結局この後解散になるまで誰も気付かなかったが、この時ガマだけは身を乗り出す輪に加わらず、元の位置でニヤついていた。
実は唯一、テッシュウ本人から先んじてこの事を聞いていたからなのだが、それもまた別のお話。
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