Ballata "LUNISOLARE"
【月光蝶】
「正気?」
「…それを言うなら、『本気?』にして下さい、せめて」
「ああうん、ごめん。吃驚したからつい」
「ついって、もう…」
旅支度の最終確認なぞをしている彼女の背に話し掛ける。
一度だけ此方を振り向いた目が恨みがましい。
ああ見えて行動派なのは知っているつもりだったけれども、如何せんこれは…ちょっとばかり、唐突すぎる。
驚きついでに飛び上がらなかったのを褒めて欲しいくらいだ。
「休暇申請は出したし、通りましたよ。だから後は、私の勝手です」
「因みに、『言い訳』は?」
「『実家に帰省して色々学び直してきます』」
「またそんなすぐばれるような嘘を…」
「ばれたって構いやしませんよ」
僕を真似たつもりだろうか、旅装束の端々に潜ませた、ろくに使えもしないナイフ類。
似合わない事この上無い。
僕に言わせれば、全身全霊で無茶をしに行きます、と言っているようにしか見えない。
自殺行為だ、とは思わない(なんだかんだで彼女は強い)にしても、女性の一人旅が危険である事には変わりない。
向かおうとしている場所が場所なら尚更。
このまま『ああそう、いってらっしゃい』と送り出して、怪我でもしてこられた日には、僕の寝覚めが悪い。
「止めたって無駄ですからね」
「そんな野暮な事しないよ、君が頑固なのは承知してるし…それじゃあ、行こうか」
「はい……………えっ?」
「うん?」
「『行こうか』って何ですか『行こうか』って」
「支度は終わったんだよね。すぐにでも発つんだろう?」
「ええまあ」
「なら、行こう」
「…って、なんであなたが一緒に行くみたいな事になってるんですか」
「君みたいな女性が一人でルドンを越えようだなんて、いくら安定期だからって危なっかしいじゃないか。行き先を知っておきながら、僕がみすみす君一人で行かせると思う?」
「べ、別に私はそういう意味であなたにお話した訳じゃ」
「じゃあ、どういう意味だったんだい?無理にでも引き止めて欲しかったのかな?」
「…違い、ます、はい」
まさか本気で、僕がただ見送るだけだと思っていたんだろうか。
否、それこそまさか、だ。
彼女だって僕の事をよく知っている。
彼女は目を白黒させ、やがて束の間瞠目、そして嘆息した。
「…私の護衛、お願い出来ますか」
「お安い御用で」
思えば、なにがしかの用事でもって彼女と旅立つのは、何年振りになるだろう。
一昔前は、結構な頻度で、皆でこうして出歩いていたような気がする。
…正直、もうこんな事は無いと思っていた。
『陛下を驚かせてやりたいんです。だからちょっと、必要なものを取りに行こうと思います。ついでに、あの傍迷惑な色男さんを探し出して、説教してやるんです。なんにも言わずに消えやがって、って』
別段過去にしがみつく趣味も無いけれど、彼女の思い立ちは、僕にとっても魅力的なものだった。
それだけ、彼等が大切な仲間だった…という事だ。
いや、過去形にする理由は無いか。
彼等は今でも大切な仲間だ。
第一、僕を表舞台に引き摺り出してくれたのは件の『陛下』で、まだお礼も何もしていない。
それに、彼女曰くの『傍迷惑な色男さん』には、僕だって言いたい事のひとつやふたつ…どころか、可能ならその澄ました顔を張り倒してやりたい気分なのだ。
何も告げずに何処ぞへ消えて、僕等を置いてけぼりにするな、と。
「いきなり押しかけて、テティスに笑われるね」
「…笑われない言い訳を今、必死で考えてます」
【1608年初夏、出立日和に】
「正気?」
「…それを言うなら、『本気?』にして下さい、せめて」
「ああうん、ごめん。吃驚したからつい」
「ついって、もう…」
旅支度の最終確認なぞをしている彼女の背に話し掛ける。
一度だけ此方を振り向いた目が恨みがましい。
ああ見えて行動派なのは知っているつもりだったけれども、如何せんこれは…ちょっとばかり、唐突すぎる。
驚きついでに飛び上がらなかったのを褒めて欲しいくらいだ。
「休暇申請は出したし、通りましたよ。だから後は、私の勝手です」
「因みに、『言い訳』は?」
「『実家に帰省して色々学び直してきます』」
「またそんなすぐばれるような嘘を…」
「ばれたって構いやしませんよ」
僕を真似たつもりだろうか、旅装束の端々に潜ませた、ろくに使えもしないナイフ類。
似合わない事この上無い。
僕に言わせれば、全身全霊で無茶をしに行きます、と言っているようにしか見えない。
自殺行為だ、とは思わない(なんだかんだで彼女は強い)にしても、女性の一人旅が危険である事には変わりない。
向かおうとしている場所が場所なら尚更。
このまま『ああそう、いってらっしゃい』と送り出して、怪我でもしてこられた日には、僕の寝覚めが悪い。
「止めたって無駄ですからね」
「そんな野暮な事しないよ、君が頑固なのは承知してるし…それじゃあ、行こうか」
「はい……………えっ?」
「うん?」
「『行こうか』って何ですか『行こうか』って」
「支度は終わったんだよね。すぐにでも発つんだろう?」
「ええまあ」
「なら、行こう」
「…って、なんであなたが一緒に行くみたいな事になってるんですか」
「君みたいな女性が一人でルドンを越えようだなんて、いくら安定期だからって危なっかしいじゃないか。行き先を知っておきながら、僕がみすみす君一人で行かせると思う?」
「べ、別に私はそういう意味であなたにお話した訳じゃ」
「じゃあ、どういう意味だったんだい?無理にでも引き止めて欲しかったのかな?」
「…違い、ます、はい」
まさか本気で、僕がただ見送るだけだと思っていたんだろうか。
否、それこそまさか、だ。
彼女だって僕の事をよく知っている。
彼女は目を白黒させ、やがて束の間瞠目、そして嘆息した。
「…私の護衛、お願い出来ますか」
「お安い御用で」
思えば、なにがしかの用事でもって彼女と旅立つのは、何年振りになるだろう。
一昔前は、結構な頻度で、皆でこうして出歩いていたような気がする。
…正直、もうこんな事は無いと思っていた。
『陛下を驚かせてやりたいんです。だからちょっと、必要なものを取りに行こうと思います。ついでに、あの傍迷惑な色男さんを探し出して、説教してやるんです。なんにも言わずに消えやがって、って』
別段過去にしがみつく趣味も無いけれど、彼女の思い立ちは、僕にとっても魅力的なものだった。
それだけ、彼等が大切な仲間だった…という事だ。
いや、過去形にする理由は無いか。
彼等は今でも大切な仲間だ。
第一、僕を表舞台に引き摺り出してくれたのは件の『陛下』で、まだお礼も何もしていない。
それに、彼女曰くの『傍迷惑な色男さん』には、僕だって言いたい事のひとつやふたつ…どころか、可能ならその澄ました顔を張り倒してやりたい気分なのだ。
何も告げずに何処ぞへ消えて、僕等を置いてけぼりにするな、と。
「いきなり押しかけて、テティスに笑われるね」
「…笑われない言い訳を今、必死で考えてます」
【1608年初夏、出立日和に】