Ballata "LUNISOLARE"

【冷たい太陽】






今こういう状況って事は、数時間前はそういう状況だったんだろうか。
寝起きの頭で薄らぼんやり考える。
コレは世に言う腕枕。
ならば今のこの状況は…世に言う、『朝チュン』?

───そんな訳があるかあああ!!

「……………。」

結論のノリツッコミを叫びたくても叫べなかった。
もとい、口は開いたが声が出なかった。
特に必要でもないのに、寝た子(や、年齢的には全くもって子じゃない訳だが)は起こせない。
特にコイツの寝顔は珍しい、と言うか殆ど初めて見た。
察するに、相当気持ち良く夢の世界へと旅立っている。
こりゃ起こしちゃ可哀想ってモンだ。

嗚呼、俺ってばお人好し…。

「……………。」

瞬きする事、数回。
しかし目の前の緑の頭は消えない。
当たり前だ。これが現実だ。
ばっちり感触だってある。
混乱ついでに厭にすっきり目が覚めた。

…が、やっぱり混乱している事には変わりなく。
どうしていいかわからないので、何を思ったか、取り敢えずその頭を撫でてみた。
特別滑らかでもないが、猫っ毛なのか、柔らかくて気持ち良い。

───いやいやいや、何をしとるんじゃ俺は!

はたと我に返り、慌てて手を引いたら軽くバチッときた。
静電気。地味に痛い。
それは相手も同じだったようで、ほんのちょっぴり呻いた後、何故か俺の方にぐりぐりと頭を押し付けてきた。
それで目が覚めてくれれば良かったものを、そのままそれが丁度良いポジションになってしまったのか、起きる気配は微塵も無い。

猫かお前は!

本格的に困窮してきたその時、不意に視界が眩しくなった。
…ああ、そういえば此処はテントの中だったっけ。

「おはよう。起きてる?………って、あら」

簾状の出入り口を退けたから眩しくなったのか。
逆光で影になっているベスマの声。

「かわいい」

…いや待て、それ以外に言う事は無いのか。
年上の野郎ふたりを見て「かわいい」は無いだろ「かわいい」は。
それ以前にツッコめ。この状況にツッコめ。

「邪魔しちゃ悪いわね。じゃ、あたしは退散するからどうぞお気になさらずごゆっくり~」
「ちょ、待たんかい」
「冗談よ」

さらりと。
わかっててやったなこの確信犯め。
流石はあの兄貴の妹だ。立派に腹黒い。

「簡単だけど朝ご飯作ってきたの。…でもその状況じゃ当分食べられそうもないね。すぐ冷めちゃうだろうから後であっためて食べて」

あー、そりゃどうも。

「それと、一応お酒の追加も持ってきたけど、いる?」
「………い、いらない。遠慮しとく」
「そう?まだこの天気、当分続きそうだけどいいの?」
「晴れてきてるからそろそろ止むだろ」
「あらぁ、この辺りはこういう時が一番困るのよ?お天気雨は海風の影響だからね。気流が荒くてまだまだ冷えるよ~。それでもいらない?」
「いらん」
「…目が追ってるよ」
「…俺の分だけ置いといてくれ」
「はいはい」

夜と比べりゃ段違いに暖かいから忘れてた。
急な嵐に見舞われて、ベスマに助けを求めてテントを一張り借り、冷え込み対策として酒を貰って───

それだ。
合点が行くのに妙に時間掛かったのと、スターリングが厭にぐっすり眠ってるのは。
此処の酒の強さは伊達じゃない。
『濡れて冷えた身体を温めるため』なんて、もっともらしい理由を笠に着たベスマの調子に乗せられちゃ、コイツの熟睡もさもありなんってトコだろう。
決して酒に弱いとかそういう訳じゃなかろうが、飲み慣れてる様子でもなかったし、いろんな意味で次元が違う相手にゃ流石に勝てっこなかったか。

「面白いことにならないかな~なんて思ったのは認めるよ。…しかし、ここまでやってくれるとは。お天道さんも粋だよね」
「冗談」
「でもね、冗談抜きにくっついて寝るのは正解だよ。うっかりしてるとこの時期でも普通に凍死路線。あたしも混ざればよかったかな、寒かったんだよひとりだと」
「………。」

意識的にくっついて寝た記憶なんか無いんだが。
…なんて、言ったら変な方向に持っていかれそうだから言わない。

「あ、そうだ。ルディが面白がるだろうから今度この事報告」
「するな」
「…なんでよ、けち」
「うるせえ」

ほら、言わなくたって勝手に変な方向へ一直線。
ガートルードにだけは言ってくれるな。頼むから。
今の俺は、寝た子をどうするかという目先の大事で頭がいっぱいと言うか、本当に困ってるんだぞこのやろう。
…珍しいモノが見られたのは、ちょっと嬉しい気がしなくもない辺り、些か危うい気もするが。



「………っくしゅん!」
「…風邪か」
「かなあ。…や、違うな。誰か私の悪口言ってるんだ」
「心当たりは」
「無い。………と、思う」
「言い切れないなら日頃の行いを反省しろ」
「やだ」



【1480年代、春の嵐の草原で】
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