暴走狂騒曲(ベネディクト代)

「結婚、ねえ…」

迂闊な言葉で刺激して再び乱心されると大変なので、敢えて小声でキグナスが呟く。

「ここだけの話、しちゃっていいと思うんですよねえ。…てか、いっそしちゃった方がいいでしょ、コレ」

キグナス自身も研究生時代、術研の嘱託研究員をしていた当時のアイリスに相当イジられている。
程度が軽くて、且つ今回の一件と関連がありそうなところなら、例えば『殿下は許嫁とかいらっしゃるんですの?』とか(これには当然のように「居る訳ないでしょ、ってか『殿下』呼びやめて下さい痒いから」と返した)。
例えば『あら殿下、今日は随分御機嫌がよろしいのね。彼女でも出来たのかしら?』とか(その日機嫌が良かったのは確かだが、これはあまりに唐突過ぎて吹き出した)。
彼女が引退してからそれなりに日が経つので、忘れかけて…と言うよりも記憶に蓋をしかけていたのだが、息子にはもっと遠慮無くあれこれやらかしている事を知り、近年ずるずると色々思い出しつつあったりする。

先刻は、同じ調子でイジられそうになったところで、咄嗟に婚約者の存在をほのめかして切り抜けた。
自らあれこれどっちゃらけると、面白がられる事に違いは無いが、それほど踏み込んではこられない。

「だからまあ…ものすんごく適当な言い方すると、適当に見繕うなり何なりして身を固めちゃえばこれ以上イジられなくて済むと思う訳ですよ、僕は」

それが出来たら陛下じゃないですけどねえ、と付け加える。
結婚願望の無い者が、そう簡単に身を固める訳が無い。
変に意固地なベネディクトであれば尚更。

「…時に、キグナス。ついでなので訊きますが、貴男の結婚はいつになるんですか」
「ぎくっ」
「お前の彼女美人だよなァ、だらだらしてると横から掻っ攫われちまうぞ」
「どきっ」
「…擬音を口に出すなっつの」

ベネディクトの事について論じていたつもりが、突然水を向けられて、今度はキグナスが真っ赤になって乱心した。
あわわわわ、と意味不明な音が口から漏れる。
一目惚れした勢いであれこれ策を講じ口説き落としたふたつ年上の女性が今の婚約者なのだが、口説き落とした勢いは何処へ行ったのか、『婚約者』から先が長い。

「折角『金わら』なんだからしっかり捕まえとけよ」
「な、なんですか『金わら』って」
「そういう諺があるんです、年上の女房を持つのは良い事だから、金の草鞋…高価な履き物を使い潰してでも頑張って探せ、という意味の」
「略して『金わら』」
「は、はあ…」

そういえば嫂も年上女房だったような。
兄を尻に敷けるようなタイプでないとその妻は務まらないだろうとは、昔から思っていたが。

「(言ったら両方に殴られそうだから言わないけど!)」
「兎も角、女性をあまりお待たせするものじゃありませんよ。貴男こそとっとと身を固めてしまうべきです」
「………はいぃ…」

思わぬところでテッシュウに叱られたキグナスが意を決してプロポーズするのはこれから3ヶ月程先の事なのだが、それはまた別のお話。
2/6ページ
スキ