暴走狂騒曲(ベネディクト代)
伝承皇帝の位は血に拠らない。
生まれがどんなに卑しかろうが、若しくはいっそ人間でなかろうが(尤も今の今までそんな例は出ていないが)、ざっくり言ってしまうなら『選ばれたらなってしまうもの』だし、時間の経過で辞してしまえば後はもう名声が残るだけで、事実上束縛も無くなる。
だから、必要事項以外は案外(そう、あくまで案外)、個人の自由が利いたりする。
いや、個人としての尊厳、というべきか。
その最たるものが結婚だ。
旧時代のように、帝位にある者の伴侶は生まれからして高貴な身分でなくてはならない…云々、などという事は無い(尤も、これまた体面がどうたらと諸々心情的な部分が絡むので、在位中に結婚した者の方が少ないが)。
世襲制でもないので、子が生まれたところでややこしい継承問題が出る訳でもない。
『だから───ね?』
だから…いや、だからといって。
『あなたには絶対こういうお嬢さんが似合うと思うのよ。でもこういう子も捨てがたいわねえ…ねえ、会ってお話してみたいのはどっち?ああそれとも、もしかしてもう心に決めた子でも居たりするのかしら?だったら是非教えてちょうだいな。居ないのだったらそれでも教えてね、私の眼鏡であなたにぴったりの娘さんを探し出してみせるから。心配しなくてもいいのよ、なんたってあなたは世界で一番モテる男だもの、親の贔屓目を抜きにしても。母親じゃなかったら私があなたのお嫁さんになりたいくらいだわ………なんちゃって』
「……………だぁぁぁらっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ディック、おいこらディック。どうどう」
「まァた陛下、今日は一段と荒れてるねー」
「ちょっと精神安定の術でも掛けてもらった方がいいんじゃなかろーか、って気がしなくもないんだけど、どうしましょうねコレ」
「寧ろそうして陛下の醜態が知れ渡る事の方が大事だと思いますが」
引っ込むなり早速机に突っ伏して、それだけでは抑えが利かずに、いつもはきちんと櫛を入れて整えている頭を恥も何も無く掻き毟り───要するに、ベネディクトは荒れていた。
寧ろ良く此処まで保った。
乱心は(と云うと聞こえは悪いが)、時計の針一周分以上も前からしている。
最後にしれりと酷い事を言い放ったテッシュウに何の反応もしない辺り、重症である。
「一体全体母さんは俺を何だと思ってんだ飯事の人形かよっつーか父さんは何してんだ止めろよ止めてくれよチクショー!!」
「ディック、おーい。キャラ変わってんぞー」
「…ねえこれ面白いから日記に書いていい?」
「やめとけやめとけ、っつーかやめといてやれ」
「え、クロウって日記書いてたんですか」
「いんや、インパクトあるから折角だし書いてみようかと思っただけ」
「………。」
何がどうしてこうなったのかと言えば。
母親が手土産持参で宮廷を訪ねてきて。
もう歳も歳だから、と結婚がどうたらという話をして。
久々に息子と長々語らえた事に満足して帰って行った。
…諸々端折ってしまえばそれだけの事である。
端折らなければ(それでも大分細部を割愛する必要があるが)、大体以下のようになる。
ベネディクトの母親であるところのアイリスが、息子に会いにソーモンから出て来た。
『息子がお世話になってます』と言って直属の部下それぞれに手土産を持参し、手ずから渡した。
結婚云々の話も、ベネディクトの歳を考えれば(もう3度目のぞろ目は過ぎているから、行き遅れの部類に含まれたりする)まあ自然な流れだろう。
そこまでは良い。
なら何が問題なのかと言えば───事細かに指摘していけば色々あるが、大雑把に纏めてしまうと態度だろうか。
そこそこの歳になっても『結婚』の『け』の字も見えない息子の為に、アイリスは事ある毎に見合い話やら何やらを持ち込んでいた。
一人息子が可愛いのはわかるし、早く孫の顔が見たいのかも知れないとは誰もが思う。
但し当のベネディクトに結婚の意思など更々無く(恋愛経験が無い訳ではないが今現在特定の恋人が居る訳でもなく、そもそも若干仕事莫迦のきらいがあるので結婚なんて本当に考えてもいなかった)、ああだこうだと理由を付けては端から断り倒していたものだ。
一人っ子故にいずれどうにかするつもりはあっても、少なくとも今はどうにもするつもりが無いのだから仕様が無い。
そのうち言い訳を考えるのも面倒になって本心をぶっちゃらけ始めたが、アイリスはまるで聞いていない…と言うか完全にスルーしてあれこれ持ち込み続けた。
似姿と一緒に手紙を送り付けてくるくらいならまだ良いが、今回のように態々直接ああだこうだ言われたら、面倒臭い事この上ない。
だがしかしそれ以上に、
「ぜッ………たい、俺で遊んでるだろ母さん!!」
とベネディクトが喚いている通り、『息子の反応を見て楽しんでいます感』を隠しもしないのがいけない、のだろう。
その場に居た者は誰もがそう思った。
「こういう時のお前の反応って面白いからなァ」
イジる側の心境もわかるガマはそう思った…が、口に出したらシバかれそうなので言わないでおく。
荒れているだけならまだしも、暴れられたら色々と困る。
兎も角。
一頻り騒いだベネディクトは、やがて再びぱたりと突っ伏し───沈黙。
見かねたのか、はたまたこの期に及んでまだ面白がっているのか(恐らくはこっちだ)、クロウが「おー、よしよし」などと、乱れに乱れた頭を撫でている。
ベネディクトにツッコむ気力は無い、と言うか、完全に気が抜けている為最早動きもしない。
生まれがどんなに卑しかろうが、若しくはいっそ人間でなかろうが(尤も今の今までそんな例は出ていないが)、ざっくり言ってしまうなら『選ばれたらなってしまうもの』だし、時間の経過で辞してしまえば後はもう名声が残るだけで、事実上束縛も無くなる。
だから、必要事項以外は案外(そう、あくまで案外)、個人の自由が利いたりする。
いや、個人としての尊厳、というべきか。
その最たるものが結婚だ。
旧時代のように、帝位にある者の伴侶は生まれからして高貴な身分でなくてはならない…云々、などという事は無い(尤も、これまた体面がどうたらと諸々心情的な部分が絡むので、在位中に結婚した者の方が少ないが)。
世襲制でもないので、子が生まれたところでややこしい継承問題が出る訳でもない。
『だから───ね?』
だから…いや、だからといって。
『あなたには絶対こういうお嬢さんが似合うと思うのよ。でもこういう子も捨てがたいわねえ…ねえ、会ってお話してみたいのはどっち?ああそれとも、もしかしてもう心に決めた子でも居たりするのかしら?だったら是非教えてちょうだいな。居ないのだったらそれでも教えてね、私の眼鏡であなたにぴったりの娘さんを探し出してみせるから。心配しなくてもいいのよ、なんたってあなたは世界で一番モテる男だもの、親の贔屓目を抜きにしても。母親じゃなかったら私があなたのお嫁さんになりたいくらいだわ………なんちゃって』
「……………だぁぁぁらっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ディック、おいこらディック。どうどう」
「まァた陛下、今日は一段と荒れてるねー」
「ちょっと精神安定の術でも掛けてもらった方がいいんじゃなかろーか、って気がしなくもないんだけど、どうしましょうねコレ」
「寧ろそうして陛下の醜態が知れ渡る事の方が大事だと思いますが」
引っ込むなり早速机に突っ伏して、それだけでは抑えが利かずに、いつもはきちんと櫛を入れて整えている頭を恥も何も無く掻き毟り───要するに、ベネディクトは荒れていた。
寧ろ良く此処まで保った。
乱心は(と云うと聞こえは悪いが)、時計の針一周分以上も前からしている。
最後にしれりと酷い事を言い放ったテッシュウに何の反応もしない辺り、重症である。
「一体全体母さんは俺を何だと思ってんだ飯事の人形かよっつーか父さんは何してんだ止めろよ止めてくれよチクショー!!」
「ディック、おーい。キャラ変わってんぞー」
「…ねえこれ面白いから日記に書いていい?」
「やめとけやめとけ、っつーかやめといてやれ」
「え、クロウって日記書いてたんですか」
「いんや、インパクトあるから折角だし書いてみようかと思っただけ」
「………。」
何がどうしてこうなったのかと言えば。
母親が手土産持参で宮廷を訪ねてきて。
もう歳も歳だから、と結婚がどうたらという話をして。
久々に息子と長々語らえた事に満足して帰って行った。
…諸々端折ってしまえばそれだけの事である。
端折らなければ(それでも大分細部を割愛する必要があるが)、大体以下のようになる。
ベネディクトの母親であるところのアイリスが、息子に会いにソーモンから出て来た。
『息子がお世話になってます』と言って直属の部下それぞれに手土産を持参し、手ずから渡した。
結婚云々の話も、ベネディクトの歳を考えれば(もう3度目のぞろ目は過ぎているから、行き遅れの部類に含まれたりする)まあ自然な流れだろう。
そこまでは良い。
なら何が問題なのかと言えば───事細かに指摘していけば色々あるが、大雑把に纏めてしまうと態度だろうか。
そこそこの歳になっても『結婚』の『け』の字も見えない息子の為に、アイリスは事ある毎に見合い話やら何やらを持ち込んでいた。
一人息子が可愛いのはわかるし、早く孫の顔が見たいのかも知れないとは誰もが思う。
但し当のベネディクトに結婚の意思など更々無く(恋愛経験が無い訳ではないが今現在特定の恋人が居る訳でもなく、そもそも若干仕事莫迦のきらいがあるので結婚なんて本当に考えてもいなかった)、ああだこうだと理由を付けては端から断り倒していたものだ。
一人っ子故にいずれどうにかするつもりはあっても、少なくとも今はどうにもするつもりが無いのだから仕様が無い。
そのうち言い訳を考えるのも面倒になって本心をぶっちゃらけ始めたが、アイリスはまるで聞いていない…と言うか完全にスルーしてあれこれ持ち込み続けた。
似姿と一緒に手紙を送り付けてくるくらいならまだ良いが、今回のように態々直接ああだこうだ言われたら、面倒臭い事この上ない。
だがしかしそれ以上に、
「ぜッ………たい、俺で遊んでるだろ母さん!!」
とベネディクトが喚いている通り、『息子の反応を見て楽しんでいます感』を隠しもしないのがいけない、のだろう。
その場に居た者は誰もがそう思った。
「こういう時のお前の反応って面白いからなァ」
イジる側の心境もわかるガマはそう思った…が、口に出したらシバかれそうなので言わないでおく。
荒れているだけならまだしも、暴れられたら色々と困る。
兎も角。
一頻り騒いだベネディクトは、やがて再びぱたりと突っ伏し───沈黙。
見かねたのか、はたまたこの期に及んでまだ面白がっているのか(恐らくはこっちだ)、クロウが「おー、よしよし」などと、乱れに乱れた頭を撫でている。
ベネディクトにツッコむ気力は無い、と言うか、完全に気が抜けている為最早動きもしない。