Il barbiere di "papessa"(アメジスト代)

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「…流石にアレはちょっとやりすぎたと反省してるわ。サジ兄の髪の毛、半分くらい焦がしちゃったのよね」
「ふうん、でも女の子じゃないから別にいいんじゃない?」
「まあね、すぐ伸びるし」
「なんかさー、男の方が髪の毛伸びるの早いと思わない?」
「思う思う。だってあたし、あれ以来ほとんど短くはしてないのにまだコレよ?確かに痛んだところ切ったりはしてるけど」
「ほうほう。いいなーアメジストは髪の毛キレイで。あたし髪の毛かたいから」
「ちゃんとお手入れすれば誰でもある程度綺麗になるわよ」
「で?そのキレイな髪の毛で、初恋のひとは釣れたの?」
「初恋って、そんなんじゃないったら。何処の誰かも訊いてないし、結局あれ以来会ってな………って、ちょっとシーデー?」
「ん?」

目の前でにこにこしているシーデーを、ふと思ったところで制す。

「サジ兄が兼職してる理由は何かって話だったわよね?なんであたしの話になってるのよ。注目するとこそこじゃないでしょ」

気付いたら論点がすり替わっていた。

「なんでって、そっちのが面白かったから」
「………。」

あの話は、紆余曲折あった事のオプションとして、ほんの気紛れで語ったまで。
あくまでも、ついで、である。
但し、アメジストがそのつもりでも、シーデーとしてはそうではなかったようで。

「いーなーいーなーステキな出会いだなー。ねえねえ、その初恋のひと探そ?」
「だからなんでそうなるのよ…」

あんたが疑問ぶつけてきたから答えてあげたのにその態度は何よ、とか言ってやりたい気も起きないでは無いが、シーデーが相手だと、あんまりにもあっけらかんとしているからか、どうも調子が狂う。
少々怒りっぽいアメジストが唯一怒るに怒れない、それがシーデーという存在である。

ああだこうだ妄想まで繰り広げ出したシーデーに拍車を掛ける存在が居た。
現在の師匠たるメディアである。

「オレ、そいつ知ってっかも」
「えっ、マジ?」
「マジマジ、大マジ」

まあ、顔だけは無駄に広い彼女の事だ、多少の心当たりがあってもおかしくはない。
しかし『一発ツモ』が出るとも思えなかったので、アメジストも面白半分で、答え合わせを買って出た。



「まず歳は───見たとこお前より10ちょっと上で」
「ええまあ、そうね」

少なくとも、当時20歳過ぎ程度だった事は間違い無いと思う。
なので、今はおそらく30そこそこになっている筈だ。

「身長やら体格やらは、大体こんくらい」
「…多分」

メディアが空中に描いたシルエットを見て、なんとなく頷く。
すらっとしてるな、という印象は強かったが、特別背が高くも見えなかった(これは父や兄が大きい所為でそう見えただけかもしれない)のを覚えている。
子供目線だったから、多少大きめに見えていたであろう分を差し引いて、今の自分にプラス15cm前後といったところか。

「ちょっと色黒で、髪の毛は微妙にツンツンしてて…」
「そうそう、そんな感じだった」

顔貌までは詳しく覚えていないものの、自分よりも若干濃いめの肌色をしていた気がするので、色黒という表現も間違いではない。
髪は確か、纏めてはいたようだが、癖毛なのか外ハネが結構目立っていた。
色は黒だったような気がするが、灰色か、濃いめの銀髪かもしれない。

「………で、声は『こんな感じ』?」
「そうよ、まさにそんな…」

声音を強いて例えるなら、アルトか、精々高めのテノールといったところで、男性にしては高い方だった。
寧ろ、煙草と酒のやりすぎで少々焼けた母の声に、特徴が似ていた。
今にして思えば、声域そのものは当時変声期真っ最中のサジタリウスの方が、気持ち低かったような気さえする。



「………って、え?」

アメジストの思考が一瞬、停止した。

プロファイリングは大いに結構である。
しかし『声マネ』はどうだろう。
実は心理学やってまーす、とか、透視出来まーす、とか言われても別段驚きはしないが、メディアに他人の声マネが出来るだろうか。
彼女の声は女性にしては低くざらついていて(背も高いし酒も煙草もやるので当然と言えば当然である)、元々の特徴がはっきり出ているので、他人の声色を真似るのは難しいんじゃなかろうか。

そう言えば、さっき挙がった他の特徴も、今では随分見慣れたモノな気がする。

身長や体格は勿論の事、少々地黒っぽい感じだとか、黒っぽくも見える濃い灰色の癖毛を多少無理矢理纏めている感じだとか、現在三十路だとか………



───そう、それら全て、メディア本人に当て嵌まる。



「どーも、『お兄さん』でーす」
「は、え、えええええ!?」

アメジストの、一旦停止していた思考が、変なところで爆発した。
『お兄さん』改めメディアは、大道芸人の決めポーズのような格好で戯けているが、そこにツッコむ余裕は無い。

「だっ、だってあのひと男だっt」
「今でも男に見えるだろ?オレ、昔っからこうだったからなァ」
「うっ…」

確かに、下手をすれば男性よりも背が高い、つまり女性にしては少々背が高すぎるメディアは、服装の都合も手伝って、言われなければ女だとは気付かない。
声はあの通りだし、胸や腰もほぼすとーんと控えめなので(本人曰く『ガキの頃から暴れ回ってたらこうなった』らしい)、寧ろ男性に見える方が自然ですらある。
一人称が『オレ』の女性がそうそう居る筈も無し、知らなければ完全に、男だ。

「うそぉ…」
「嘘言ってどーすんだよ。お前が忘れてんのかと思ってたから態々言わなかっただけだっつの」

あん時のお前めっちゃ可愛かったよなー、もっと可愛くなると思ってたけどマジで可愛くなったよなー。
メディアはそんな風ににやついている。
が、アメジストは上の空…というか、少々ショックを禁じ得なかった。

「この髪、オレの為に伸ばしてたんだ?嬉しいねェ。アイツなんかにやるのもったねェし、此処はやっぱオレが貰っといた方が」

あの時賞められて嬉しかった点を更に賞められるのは、やっぱり嬉しい。
嬉しいが、何か違う。

小さい頃、若干とはいえ憧れた『お兄さん』が実は女性で、蓋を開けたらガサツ極まりない性格だったと知った、この衝撃と来たら。
いやまあ、メディアはガサツだが面倒見はいいし、なんだかんだで『良いひと』には違いないが。

…なんだか無性に、くやしい。



「あ、あたしの初恋の思い出、壊さないでよぉーっ!!」






…絶叫するアメジストに冷静なツッコミを入れたのは、メディアではなくシーデーだった。



「あーっ、やっぱり初恋だったんじゃん。ねーねーおにーちゃーん、此処にカノジョの初恋の人がいr」
「わああやめて呼ばないでっ!!恥ずかしいからライ兄には絶対言わないでえええっ!!」










終わっとけ。
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