Il barbiere di "papessa"(アメジスト代)

「おっと、カツアゲは良かァないんじゃねー?」
「うぉっ!?」

───寸前で、止まった。

何処からともなく若者がひとり現れて、不良の腕を掴んだからだ。

「何すんだいてえな、離せよ」
「子供相手に金せびるとか、超かっこわるー」
「てめえにゃ関係ねえだろが」
「関係は無ェがよ。オレさっきから見てたんだよねー。何があったか知らねェけどさ、この子も謝ってんだから許したげろよ。大人気ねェな」
「だからてめえにゃ関係ねえっつってんだろが」
「関係無ェから見逃せって?ヤダヤダそんなオレの寝覚めの悪いコト。どーせ『ちょっと絡む切っ掛け見付けた』程度なんだろ?だせェ」
「ンだと!?」

若者はどうやら助けに入ってくれたらしい。
不良の意識をさりげなくアメジストから反らし、今や完全にアメジスト自身は置いてけぼりをくらっている状態だ。

小金をせしめる気満々だった不良は寸前での横槍にカッとなり、空いている方の手で若者を殴ろうとした………のだが。

「おぉっと、暴力反対~」

若者の、さもない…と言うよりも寧ろ気の抜ける言葉と動きで、易々と止められた。
振りかぶった腕は絡め取られ、上手く動けない。
挙げ句、若者には抵抗がお気に召さなかったようで、後ろ手に捻り上げられてしまった。

「何すんだよ!離せっつの!!」
「あー、暴力云々以前にアレか。幼女誘拐未遂でタイーホ」
「いだだっ誰が誘拐なんか…って痛い!マジ痛い!」

「…ええと?」

あんまりなくらい鮮やかな、因果応報劇…もとい、捕縛劇である。

啖呵なぞ疾うに忘れたアメジストがぽかんとしているうちに、完全にやりこめられた不良は、若者によって何処ぞへ追い払われてしまった。
『メーワク条例違反でお役所にでも突き出すか?』なんて訊かれたが、何もそこまでするような事をされた訳ではないし、切っ掛けを作ってしまったのが自分である事は事実なので、謝るだけ謝って、後は取り敢えず、睨み付けておく。



「あの…えと、ありがとうございました」
「ん?ああ、いいってコトよ」

不良の姿が完全に見えなくなる頃に、改めて若者に向き直り、ぺこりとひとつお辞儀をした。

格好こそさっきの不良と大差無い、派手というか些か前衛的な印象だが、この若者は『良いひと』だ。
絡まれて困っていた(実際は自分までキレてガチンコで喧嘩しそうになっていたのだが)自分を助けてくれたのだから。

それに───何と言うか、少々世話焼きなのかも知れない。
一端別れようとした時、アメジストが荷物を抱えているのを見ておつかいの帰りだと察し『ついでだから送ってやるよ』と、半分持ってまでくれた。
そこまでしてもらうのは悪い、と断っても、いいからいいから、と笑うので、お言葉に甘えておく事にする。



道中、雑談をしながら、

「(かっこいいって、こういう事なのかな?)」

と思った。

歳はおそらく20そこそこ。
身長は取り立てて高くもないが、手足が長くて全体的にすらっとしている。
口は悪いがそれが普通のようで、気取らずさっぱり接してくれるし、何よりやっぱり『良いひと』だ。



師匠の家の近くまで戻ってきて、

「あの、ここで大丈夫ですから」

と改めてお礼を言った時、

「おう、出歩く時は気ィつけろよ~。お前さん結構カワイイし、羨ましいくらい髪の毛キレイだし、あとちょっとしたらマジで誘拐されっかもよ?」

なんて冗談めかして言われ、ついでに頭を撫でられて、不覚にもときめいてしまった。

確かに、以前にも母(養母だが)に綺麗な髪だと賞められた事はある。
が、身内以外に言われたのは初めてだ。
しかも相手がちょっとかっこよかったりしたので───

「(よし、髪の毛伸ばそう。うん。)」

内心、嬉しくてガッツポーズを決めていた。

「本当にありがとうございました、“お兄さん”」
「お兄…や、いっか。じゃあな」






別れ際のちょっとニヒルな笑顔が矢鱈に輝いて見えて、上機嫌で扉を開けたアメジストを待っていたのは、おそらくは史上初となる『ダブル軍籍』を持つ事に決めたサジタリウスだった。

「…は?」
「や、だから、折角声掛けてもらったんだからしばらくは猟兵隊の方で本格修行するけど、やっぱ俺は術士になりたかった訳だし、ゆくゆくは研究部にも落ち着こうかなって」
「ゆくゆくって、ただでさえ人手不足なのに待ってもらう余裕あるの?」
「そこは大丈夫だろ」
「なんで」
「お前がとっとと入りゃいい」
「…は?」

左手をアメジストの右肩に置き、右手の親指をぐっと立て、表情は無駄に晴れやかな、典型的な『似非爽やか』ポーズ。

…なんだか、無性に、腹が立った。

「人まかせにしてんじゃないわよ!ひとがせっかく、せッ………かく、いい気持ちで帰ってきたのにぃ~っ!!」






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