ウエディング・ラプソディー~逆プロポーズの場合~
相談する相手をね、間違えてると思うのよ。
メディアは、それなりに気心知れて信頼出来るお姉さん的な存在。
私は一応既婚者で、そういう意味では先輩。
それはわかるのよ。
…でも、メディアに女性の云々を訊くのは、色々とおかしい気がする。
それに、私は確かに既婚者だけど、私の経験なんて、正直言って何の参考にもならないと思うんだけど。
「だよな。お前等の場合、プロポーズ云々までがじれったすぎたのなんの」
「あー、聞こえない聞こえない。ワタシハナニモキイテナイ」
「因みにアグネス、コイツらのプロポーズ文句知ってっか?」
「『いい加減結婚するか』でしょ」
「ちぇ、知ってんのかよ」
「…メディア?あたし教えた記憶無いんだけど、なんで知ってる風なのよ」
「ばっちり聞こえてんじゃねェか」
「う、うるさい!」
放っておくと私がメディアにイジられそうなので、軽く小突いて牽制しておいた。
…まあ彼女なら私が全力で殴ったところで全然平気だろうけど。
兎も角、にやにやしながら私を指していたメディアもそれでアグネスに向き直った。
そう、今は私の事じゃなくて、アグネスから相談されてるんだから、そうでないと。
「しっかし、文句と言えばお前も大概だと思うぜ?オレは」
「…やっぱり、女性からストレートに言うのは変だったかしら」
「あ、いや、うん。多分そこじゃないと思うわよ」
恋愛結婚におけるプロポーズとは、男性から女性へするもの…それが暗黙の了解と言うか、一般的なのは間違い無い。
だからと言って女性から男性にするのはおかしいか、といえば、比較的珍しいだけで、実際のところはそうでもない。
しかし大前提として、『元から男女のお付き合いをしている』関係性である事が重要なのであって───この場合は、厳密に言えばプロポーズではなく、ただの『告白』と言った方がいいような。
「付き合ってもないのにいきなり『結婚しない?』ってのは、なんつーかアレだ、新しいぞ」
「あ、新しい…?」
「斬新。そう斬新」
「斬新…」
演劇や文学といった絵物語なら兎も角として、現実世界でコレは、確かに斬新だと思う。
…一応、私達だって『お付き合い』らしい時期挟んだもの。
短かったけど。
「やっぱり…駄目かしらね、これじゃ」
メディアのツッコミ、もとい指摘に顔を曇らせるアグネス。
世の男性陣が事の次第とこの表情を知ったら、相手であるウォーラスが袋叩きに遭いそうな気がする。
「大体、どうして急に結婚する気になんかなったのよ。口説かれるのが厭になったの?」
まあ、男女の関係云々を横に置いておけば、ウォーラスとアグネスの仲はとても良い。
少なくとも傍目には。
片方ずつを見ればちょっと意外な組み合わせに見えなくもないけれども、人付き合い、殊に男性とのそれが私の数倍くらいの勢いで狭小なアグネスが珍しく『等身大の付き合い方』をしているのがウォーラスだし、ウォーラスはウォーラスで、アグネスの事を女性として(他の男性陣と比較すると子供のお飯事レベルかも知れないけれども)見ている節がある。
だから私やシーデーなんかは、時々『アグネスが結婚相手に選ぶとしたらウォーラス以外に誰が居るんだ』なんて、冗談80%な話題にした事もある(因みに結論はいつも『居る訳無い』か『大穴でサジタリウス』だった。前者はさておき後者はジョーク以外の何物でもない)。
それはあくまで想像(いやいっそ妄想と言ってもいい)と可能性の話であって、まさか現実にプロポーズがどうのとなるとは、あんまり思っていなかったのが事実だけど…なったからには、そこに至るまでのアグネスの心境の変化が、とっても、と~っても、気になる。
だってあのアグネスよ?
運河要塞以上の難攻不落よ?
「それも無いとは言わないけど、今更ね」
「じゃあ何があったのよ。まさか何も無い訳無いわよね」
相手にウォーラスを選ぶところまでは想定の範囲内としても、まさか本当に、それもいきなり結婚する気になるなんて、最初に聞いた時は変な夢見てるのかと本気で思ったじゃないの。
基本的に彼女は『お友達』関係から先には行かないと思ってたし、進んでも事実婚止まりとかなんだろうな、なんて思ってたのに。
「そうね…」
言うのはちょっと恥ずかしいのだけど、と前置きされたので、何が出て来るのかと構えた………ら。
「私、生理痛重いのよね」
…ズッコケた。
比喩でなく、同じ体勢で聞いていたメディア共々、本当にかくんと身体が傾いだ。
「…はい?」
「若い頃は気にしなければそのうち紛れてたんだけど、どうも年々重くなってるみたいなのよ。人によるとはいえそういうものらしいけど」
確かに、生理痛が辛いのは充分理解も納得も出来る事だし、そういうものかも知れない。
…が、結論とは全く、これっぽっちも結びつかない気しかしない。
「そ、ソレと結婚と何の関係があんだよ」
それしきでどうにかなるならオレ今すぐ結婚してくるけど、という言葉に、呻き混じりのメディアの、結構珍しい狼狽が表れている気がする。
あなた一生結婚なんてしないんじゃなかったの。
と言うかあなたこそ相手なんて居ないでしょうが。
「シーデーがね、言ってたのよ。子供が生まれてから生理痛軽くなってちょっと嬉しい、って」
「ああ…確かに言ってたかも」
早々に電撃結婚ぶちかましたシーデーが子供を産んだのは去年の話。
結婚と初産の年齢が上がり通しの昨今、あの歳で(と言っても私よりひとつ下なだけだけど)子供を持つのはまあまあ早い方だと思って、そっちにばかり気を取られていたから忘れていた。
…気を取られるのも当たり前だと思いたい。
だって、妊娠発覚から3ヶ月くらいはまだ時々メディアのところに顔を出していて、お腹が引っ込んで、身体がある程度元通りになったと思ったら、子供を旦那に任せてもう暴れ回り出してるんだもの。
勿論、運動と称して軽い訓練だけに留めてるようだし、家庭を離れる程の事はしてないようだけど、これには、同じくらい破天荒だと思ってたうちの母すら、元気すぎて目を丸くする始末なんだから。
尤も、それはシーデーが動いていないと落ち着かない質で、旦那であるところの私の後輩が素晴らしく『主夫』気質という、男女の領分逆転現象の成せる技だろうけど。
…シーデーの事はさておき。
「………ちょい待ち、するってーと何か?生理痛をどうにかするには子供産むのが手っ取り早くて、子供産む為には相手が必要って、そういう算段だっつー事か?」
「ええまあ、身も蓋もない言い方をするとそういう事ね」
もう30も半ばだし、決断するなら今しかないでしょう。
メディアの予想をすんなり肯定したアグネスの言葉に、私は再びズッコケた。
「ものすごい極論を見た気がするわ、今」
「マジで身も蓋もねェな、おい…」
何処まで打ち明けてるか知らないけど、ウォーラス本人にそれを言ったら、目を回すわよきっと。
『好きだから結婚して下さい』なら兎も角、『子供が欲しい、と言うか産みたいので結婚して下さい』って…そんな手段第一みたいな告白、朴念仁と呼べる程純朴なままあの歳になったウォーラスが、平常心で受け取れる訳無いじゃないの。
…まあ、それ以前に『結婚しない?』の文言ひとつで既に頭がパンクしているであろう事は、容易に想像出来るけれども。
「オレちょっとアイツが可哀想になってきたぞ。お前がンな事する訳ねェとは思ってるけど、そこだけ聞いてっとまるっきり利用してるみたいじゃねェか」
「酷いわね、私なりに彼の事は好きだから『結婚しない?』って言ったのよ。子供を産みたいと思った理由が邪なのは自分でもわかっているつもりだから否定しないけど、相手が誰でもいい訳ないじゃない」
「端から見てると『偶々手近に適当なヤツが居ました』としか」
「からかわないで」
や、メディアは別にからかってる訳じゃないと思う…多分。
だって、咥えてる煙草の灰、落とすの忘れてるわよ?
ぽかーんと口開けて煙草ごと落とさない辺り、まだマシなように見えるんだけど。
「まあ、うん、あのねアグネス。あなたが本気なのはわかったから、取り敢えず落ち着きましょうよ」
「別に、私は落ち着いているつもりなんだけど…」
どの口が言うんだどの口が、と思ったけど言わない。
いつ何時も平常心を崩さない彼女は、テンパる時だって至極冷静にテンパる(もの凄い技術だと思うんだ、これは)。
故に、本人は自分のテンパり具合に気付かない、という悪しき等式が出来上がってしまうという訳だ。
これをテンパってると言わずしてどうしろと。
要するに、ウォーラスの事は結婚してもいいと思える程度には好きだけど、告白、ましてやプロポーズなんてした事ないから、どうしたものか計りかねて、拗れて一回転した先でどストレートになっちゃったって、そういう事でしょ。
…私自身も大概面倒くさい恋愛体質だと思ってたけど、ある意味それを上回るひとが、よくもこんな身近に居たもんだわ。
アグネスもだけど、ウォーラスもウォーラスよ。
ひとの事とやかく言えてたんなら、自分に発破掛ける事くらい出来るでしょうに。
メディアは、それなりに気心知れて信頼出来るお姉さん的な存在。
私は一応既婚者で、そういう意味では先輩。
それはわかるのよ。
…でも、メディアに女性の云々を訊くのは、色々とおかしい気がする。
それに、私は確かに既婚者だけど、私の経験なんて、正直言って何の参考にもならないと思うんだけど。
「だよな。お前等の場合、プロポーズ云々までがじれったすぎたのなんの」
「あー、聞こえない聞こえない。ワタシハナニモキイテナイ」
「因みにアグネス、コイツらのプロポーズ文句知ってっか?」
「『いい加減結婚するか』でしょ」
「ちぇ、知ってんのかよ」
「…メディア?あたし教えた記憶無いんだけど、なんで知ってる風なのよ」
「ばっちり聞こえてんじゃねェか」
「う、うるさい!」
放っておくと私がメディアにイジられそうなので、軽く小突いて牽制しておいた。
…まあ彼女なら私が全力で殴ったところで全然平気だろうけど。
兎も角、にやにやしながら私を指していたメディアもそれでアグネスに向き直った。
そう、今は私の事じゃなくて、アグネスから相談されてるんだから、そうでないと。
「しっかし、文句と言えばお前も大概だと思うぜ?オレは」
「…やっぱり、女性からストレートに言うのは変だったかしら」
「あ、いや、うん。多分そこじゃないと思うわよ」
恋愛結婚におけるプロポーズとは、男性から女性へするもの…それが暗黙の了解と言うか、一般的なのは間違い無い。
だからと言って女性から男性にするのはおかしいか、といえば、比較的珍しいだけで、実際のところはそうでもない。
しかし大前提として、『元から男女のお付き合いをしている』関係性である事が重要なのであって───この場合は、厳密に言えばプロポーズではなく、ただの『告白』と言った方がいいような。
「付き合ってもないのにいきなり『結婚しない?』ってのは、なんつーかアレだ、新しいぞ」
「あ、新しい…?」
「斬新。そう斬新」
「斬新…」
演劇や文学といった絵物語なら兎も角として、現実世界でコレは、確かに斬新だと思う。
…一応、私達だって『お付き合い』らしい時期挟んだもの。
短かったけど。
「やっぱり…駄目かしらね、これじゃ」
メディアのツッコミ、もとい指摘に顔を曇らせるアグネス。
世の男性陣が事の次第とこの表情を知ったら、相手であるウォーラスが袋叩きに遭いそうな気がする。
「大体、どうして急に結婚する気になんかなったのよ。口説かれるのが厭になったの?」
まあ、男女の関係云々を横に置いておけば、ウォーラスとアグネスの仲はとても良い。
少なくとも傍目には。
片方ずつを見ればちょっと意外な組み合わせに見えなくもないけれども、人付き合い、殊に男性とのそれが私の数倍くらいの勢いで狭小なアグネスが珍しく『等身大の付き合い方』をしているのがウォーラスだし、ウォーラスはウォーラスで、アグネスの事を女性として(他の男性陣と比較すると子供のお飯事レベルかも知れないけれども)見ている節がある。
だから私やシーデーなんかは、時々『アグネスが結婚相手に選ぶとしたらウォーラス以外に誰が居るんだ』なんて、冗談80%な話題にした事もある(因みに結論はいつも『居る訳無い』か『大穴でサジタリウス』だった。前者はさておき後者はジョーク以外の何物でもない)。
それはあくまで想像(いやいっそ妄想と言ってもいい)と可能性の話であって、まさか現実にプロポーズがどうのとなるとは、あんまり思っていなかったのが事実だけど…なったからには、そこに至るまでのアグネスの心境の変化が、とっても、と~っても、気になる。
だってあのアグネスよ?
運河要塞以上の難攻不落よ?
「それも無いとは言わないけど、今更ね」
「じゃあ何があったのよ。まさか何も無い訳無いわよね」
相手にウォーラスを選ぶところまでは想定の範囲内としても、まさか本当に、それもいきなり結婚する気になるなんて、最初に聞いた時は変な夢見てるのかと本気で思ったじゃないの。
基本的に彼女は『お友達』関係から先には行かないと思ってたし、進んでも事実婚止まりとかなんだろうな、なんて思ってたのに。
「そうね…」
言うのはちょっと恥ずかしいのだけど、と前置きされたので、何が出て来るのかと構えた………ら。
「私、生理痛重いのよね」
…ズッコケた。
比喩でなく、同じ体勢で聞いていたメディア共々、本当にかくんと身体が傾いだ。
「…はい?」
「若い頃は気にしなければそのうち紛れてたんだけど、どうも年々重くなってるみたいなのよ。人によるとはいえそういうものらしいけど」
確かに、生理痛が辛いのは充分理解も納得も出来る事だし、そういうものかも知れない。
…が、結論とは全く、これっぽっちも結びつかない気しかしない。
「そ、ソレと結婚と何の関係があんだよ」
それしきでどうにかなるならオレ今すぐ結婚してくるけど、という言葉に、呻き混じりのメディアの、結構珍しい狼狽が表れている気がする。
あなた一生結婚なんてしないんじゃなかったの。
と言うかあなたこそ相手なんて居ないでしょうが。
「シーデーがね、言ってたのよ。子供が生まれてから生理痛軽くなってちょっと嬉しい、って」
「ああ…確かに言ってたかも」
早々に電撃結婚ぶちかましたシーデーが子供を産んだのは去年の話。
結婚と初産の年齢が上がり通しの昨今、あの歳で(と言っても私よりひとつ下なだけだけど)子供を持つのはまあまあ早い方だと思って、そっちにばかり気を取られていたから忘れていた。
…気を取られるのも当たり前だと思いたい。
だって、妊娠発覚から3ヶ月くらいはまだ時々メディアのところに顔を出していて、お腹が引っ込んで、身体がある程度元通りになったと思ったら、子供を旦那に任せてもう暴れ回り出してるんだもの。
勿論、運動と称して軽い訓練だけに留めてるようだし、家庭を離れる程の事はしてないようだけど、これには、同じくらい破天荒だと思ってたうちの母すら、元気すぎて目を丸くする始末なんだから。
尤も、それはシーデーが動いていないと落ち着かない質で、旦那であるところの私の後輩が素晴らしく『主夫』気質という、男女の領分逆転現象の成せる技だろうけど。
…シーデーの事はさておき。
「………ちょい待ち、するってーと何か?生理痛をどうにかするには子供産むのが手っ取り早くて、子供産む為には相手が必要って、そういう算段だっつー事か?」
「ええまあ、身も蓋もない言い方をするとそういう事ね」
もう30も半ばだし、決断するなら今しかないでしょう。
メディアの予想をすんなり肯定したアグネスの言葉に、私は再びズッコケた。
「ものすごい極論を見た気がするわ、今」
「マジで身も蓋もねェな、おい…」
何処まで打ち明けてるか知らないけど、ウォーラス本人にそれを言ったら、目を回すわよきっと。
『好きだから結婚して下さい』なら兎も角、『子供が欲しい、と言うか産みたいので結婚して下さい』って…そんな手段第一みたいな告白、朴念仁と呼べる程純朴なままあの歳になったウォーラスが、平常心で受け取れる訳無いじゃないの。
…まあ、それ以前に『結婚しない?』の文言ひとつで既に頭がパンクしているであろう事は、容易に想像出来るけれども。
「オレちょっとアイツが可哀想になってきたぞ。お前がンな事する訳ねェとは思ってるけど、そこだけ聞いてっとまるっきり利用してるみたいじゃねェか」
「酷いわね、私なりに彼の事は好きだから『結婚しない?』って言ったのよ。子供を産みたいと思った理由が邪なのは自分でもわかっているつもりだから否定しないけど、相手が誰でもいい訳ないじゃない」
「端から見てると『偶々手近に適当なヤツが居ました』としか」
「からかわないで」
や、メディアは別にからかってる訳じゃないと思う…多分。
だって、咥えてる煙草の灰、落とすの忘れてるわよ?
ぽかーんと口開けて煙草ごと落とさない辺り、まだマシなように見えるんだけど。
「まあ、うん、あのねアグネス。あなたが本気なのはわかったから、取り敢えず落ち着きましょうよ」
「別に、私は落ち着いているつもりなんだけど…」
どの口が言うんだどの口が、と思ったけど言わない。
いつ何時も平常心を崩さない彼女は、テンパる時だって至極冷静にテンパる(もの凄い技術だと思うんだ、これは)。
故に、本人は自分のテンパり具合に気付かない、という悪しき等式が出来上がってしまうという訳だ。
これをテンパってると言わずしてどうしろと。
要するに、ウォーラスの事は結婚してもいいと思える程度には好きだけど、告白、ましてやプロポーズなんてした事ないから、どうしたものか計りかねて、拗れて一回転した先でどストレートになっちゃったって、そういう事でしょ。
…私自身も大概面倒くさい恋愛体質だと思ってたけど、ある意味それを上回るひとが、よくもこんな身近に居たもんだわ。
アグネスもだけど、ウォーラスもウォーラスよ。
ひとの事とやかく言えてたんなら、自分に発破掛ける事くらい出来るでしょうに。