ウエディング・ラプソディー~逆プロポーズの場合~

一口に『モテる女』と言っても、そのタイプには色々ある。

例えば、見た目から言動から全部引っくるめて可愛い感じの、ある種愛玩動物的な愛くるしさを無意識に放散しているタイプ。
シーデーなんかがそうだ。
尤も、アイツの場合はフタ開ければ寧ろ守って欲しくなるくらいのとんでもないイキモノだし、そもそも数年前に電撃結婚したのがあんまりにも有名すぎて、誰もそういう意味で手を出そうなんて思っちゃいないだろうが。

例えば、如何にもとっつきづらいような雰囲気を醸し出しておきながら、ふとした瞬間に可愛らしさが垣間見える、一部からの人気が矢鱈に高いギャップ系。
俺の妹…もとい、先日よーやっと嫁さんにしたアメジストがこの手のタイプだ。
サジタリウスやメディア曰く『ギャップ萌え』。
萌えって何だ、と思わなくもないが、常日頃からデレデレしてるだけの女より、こういうヤツの方がいっそ可愛く見えるってのには大いに同意する。
俺はソレに見事に釣られたんだよ悪いか。

例えば、見目麗しく成績優秀、眉目秀麗完全無欠な、言うなれば『絵物語に出て来るような美女』タイプ。
言わずもがな、コレはまさしくアグネスの事だ。
外見はそれこそ超美人でスタイル抜群、運動神経も抜群かつ頭も良いしっかり者で、おまけに実家は貴族でもないのに真名を持つ事を許された武門の名家ときた。
世間が評して曰く、『アバロン一の高嶺の花』『運河要塞以上の難攻不落』。
…そりゃそうだ、この手の女には野郎が付け入る隙が少ない。
アグネスの場合は、無い、が正解だ。
実際にどうたらこうたらとか、当人が本気にならない限りは、可能性はゼロどころか寧ろマイナス。
それでも人気とは怖ろしいモノで、『彼女を一瞬でもモノに出来るなら次の瞬間に両目を抉られても構わない』『いやいっそ命を取られたって本望だ』…云々、なんて会話を小耳に挟んだ事がある。
お前等正気か、とツッコみたいのは山々だが、それだけ『いい女』なのは事実なので、さもありなんという事にしておく。



仮に、そういう野郎が彼女に認められたとしたら、どういう反応をするだろう。

鼻血吹いてぶっ倒れる?
幻の尻尾ぶんぶん振りながら抱き付く?
空の彼方まで理性吹っ飛ばして大暴走?

…まあ少なくとも、拒否する、なんて選択肢は無いだろう。
『そういう対象』として見る気なんざ更々無い俺に言わせたって、アグネスが魅力的なのは紛う事無き事実。
普通は…なんて括り方をするのは良くない気もするが、あれだけの女に『そういう対象』認定されたら、程度はどうあれ浮かれて当たり前…だと思う。



────ところがどっこい。

『ちょっとつまみ食い』されるどころか、どストレートに『結婚しない?』と言われておきながら、浮かれるどころか悩んでばかりの野郎が一匹。



「………。」
「………。」
「……………。」
「………はぁ」
「………39回目」
「…はい?」
「俺と合流してからの、お前の溜息の回数」
「え、」
「厳密に言えば俺が数えだしてからの回数。最初の方とか呻き声とかカウントしたら倍くらいになるんじゃねえの」
「……………。」
「………。」
「………はぁ」
「ほい、40回目」
「うう…」



何やら深刻な顔で『相談したい事がある』なんて言うから付き合ってみれば、コレだ。
ウォーラスが真面目で思慮深いヤツなのはわかっちゃいるが、ちょっとばかり深く考える場所を間違えちゃいないだろうか。

「お前なあ、そこは普通喜ぶトコだろが。あの人の事嫌いなんかよ」
「そんな訳無いだろ」
「じゃ何ぐだぐだ悩んでんだよ」
「いや、うん…正直、それが自分でもわからない」
「ンだそりゃあ」

例に漏れず、コイツもまたアグネスに惚れてる。
それも、そこらの野郎共みたくただ盛り上がってるだけじゃなく、元々仲良くて、お互いに色々理解した関係の上で、だ。
それが世間一般で言うところの恋愛感情かどうかはさておくとしても、親愛の情は十二分にある筈。
割と最近まで似たような状況だった俺達に『とっととくっつけ』的な事を言っていた訳だから、自覚が無いとは言わせない。
言ったら殴るぞ。

「あの人の事好きか?」
「勿論」
「同僚としてとかじゃなくて、女としても?」
「…うん、まあ、多分」
「多分ってなんだよ多分って」
「俺も彼女もそういうの、特に意識してこなかったからどうも自覚が無くって」
「………。」
「あだっ」

イラッときた。
いい歳こいた(実際問題俺より7つも歳上だ、老けてない訳じゃないのにあんまりそう思えない辺りが怖ろしいが)おっさんが遅れてきた思春期してんじゃねえよと。
…まあ実際、コイツの性格は純朴そのもので、どう贔屓目に見ても色恋に慣れ親しんだ雰囲気ゼロ、仕方無いっちゃ仕方無いのかもしれない。

俺が殴ったところを撫でさすり、次の瞬間にはまた溜息。
割と強めに殴ったつもりだったんだが、頑丈だなお前。
頑丈なのは今に始まった事じゃないが。

「少なくとも、他の女とは違うんだろ。だったらいいじゃねえか、お互いよろしく思ってんなら結婚しちまえば」
「…それだよ、それ」
「はあ?」

殴られたダメージなんかもう忘れたのか、はたまた俺の言葉の方がよっぽど痛いところに刺さったのか。
さんざっぱら俯き通しだったのが、遂にずどんと突っ伏しやがった。
さり気なくジョッキやら何やら避けてる辺り、器用だなお前。
でも右手が俺の灰皿に突っ込んで大変な事になってるが、大丈夫か。
灰まみれなのは兎も角、ずっとそのままにしといたらそのうち根性焼きが出来上がるけどいいのか。

「なんで俺なんだろうな」
「は?」
「確かにさ、お互いに信頼してる同僚で、いい友達だとは思うよ。けどさあ…結婚するなら、俺なんかよりもっといい男、山程居るだろ」
「はあ?」

うんうん唸った後、やっとマトモに喋った内容がコレだ。
なんだおい、お得意の卑下か。

「アグネスが今まで何人振ってきたか知ってるか?」
「知るかよ」
「俺の知る限り軽く二桁は行ってる。それも軍のお偉いさんとか、貴族のお坊ちゃんとか、ごろごろ居るんだぞ?」
「はあ、それで?」
「そこへ来て、俺なんか普ッ通ーの貧乏人で、図体でかいだけのヘタレだろ?」
「(ヘタレの自覚あったのか…)」
「俺なんかと結婚するより、そういう人と結婚した方が、明らかに人生得するだろ」
「そりゃまあ…や、待て待て待て。損得とかありえんだろあの人に」
「そりゃわかってるさ、わかってるけど。だからって何で俺なのかって事だよ。よりにもよって、特技も何もあったもんじゃないブ男の俺なんだよ」
「………。」

お得意の卑下だ。
ブ男、とか本人は言ってるが、言う程ブ男でもないと思ったりするぞ。
特技じゃなくても、その図体(割とデカい方である筈の俺より更に頭半分以上デカい)と体力は自慢していいところだと思ったりもするぞ。
…まあ、性格にしろ顔面にしろ、図体以外にドカンと目立つインパクト的なモノが無いのは事実だが。
マイナス方面は元より、プラス方面にも。

「大体、俺の実家普通の農家だぞ。家の格が違いすぎて恐れ多い」
「今まで普通に付き合ってこれたヤツが何言ってんだ」
「個人同士じゃそりゃいいさ、別に。でもいざ結婚となったら、流石にちょっとその…アレだろ」
「あー…まあ確かにそりゃあな」

ちょっといいとこのお嬢さん…くらいじゃまだ兎も角として、アグネスの実家はちょっとどころじゃなくいいとこなので、それは否定出来ない。
殆ど絶縁状態みたいなモンらしいから、アグネスにしてみれば『しがらみなんてありませんけど何か』程度に思ってるのかもしれないが、気にしいのウォーラスがそこをシカト出来る訳も無い。

面倒臭い事この上無い。
でも、しょうがないモンはしょうがない。

「ともかくよ、周りがどうこうとかこの際どうでもいいだろ。両思い成立オメデトーって事でほれ、飲め」
「あ、ありがとう?」
「何故に疑問系だコラ。いいから飲め、飲んでしこたま酔っぱらえ。そしてその勢いで突っ込んでって貰ってもらえ」
「え」

飲め、とか言っといてなんだが、俺は連れ込まれた側で、金はコイツ持ちなんだからえらく捻れてるんだが、まあ気にしない事にしておく。
ついでに、「それが出来たらハナからお前に相談とかしてねえよー!」なんて、控えめな雄叫びが聞こえたのも無視する。
どうせ相談という名を借りた愚痴なんだから、一頻り喚かせりゃそこそこ落ち着くだろ。
…落ち着いたら落ち着いたでまた尻込みが始まるだけの無限ループなのは、目に見えてるが。
1/3ページ
スキ