伝承皇帝期略史
【第七代伝承皇帝『終帝』クラウディア】
『嵐の前の静けさ』という諺があるが、クワワ・ベネディクト両帝の時代に跨る平穏こそがそれに当たるのだろう。
帝国歴1700年代に入ると、再びモンスターの活動が活発化し始める。それまでは長くとも数十年で沈静の兆しが見えていたものが、この時ばかりはそれにも当て嵌まらず、以降も断続的に活動状態が続く。
呼応して誕生する筈の伝承皇帝が、この時ばかりは中々誕生しなかった。当時伝承法を仮継承していた将軍・モウトクを筆頭として応戦が行われ一定の成果を上げてはいたものの、嘗て無い異常事態に人々は困惑し、伝承皇帝の誕生を待ち望んだという。
そんな中の1750年、ひとつの転機が訪れる。
ある女魔導士が為政帝ロレンスとその妹セシルの元を訪ね、妊娠中だったセシルを指して『やがて生まれる男女の双子こそ最後の伝承皇帝となる者』という予言を告げる。
なんとこの女魔導士、嘗てレオン帝に伝承法を授けたオアイーブ本人であるというのだ。最早確かめる術は無いが、事実であるとすれば800歳近いという長命を誇る事になる。
数ヶ月後、生まれた子供は実際に双子であり、共に伝承法適性を持っていた。為政帝ロレンスは二名に先祖に肖ったアルジャン・クラウディアという名を付け、その成人をもって異例の『双帝』として即位させる事を発表。セシルは出産時に死亡してしまい、また父親も既に亡かった事から、アルジャンは伯父であるロレンスが、クラウディアは父方の祖母である元軽装歩兵隊長ジェシカが引き取り養育する事とした。
事実上の最後通告もされていた為に、この双子に対する人々の期待は尋常ではなかった。それは身内においても同じで、ロレンスもジェシカも、教育は相当厳しかったという。
その英才教育の結果かはたまた血筋によるものか、両名共に幼少時からかなりの才覚があったらしい。奇しくも為政帝を排出する旧皇家傍流には時を経る毎に各代の偉人の血が加わり、ジェシカ側の家系も嘗て将官クラスの人物を何名も輩出している名家であった。
しかし、事は期待通りには運ばなかった。
1757年、ロレンスはアルジャンを連れて行幸も兼ねた視察の為ナゼールへ赴いたが、その帰りに落盤事故に遭ってしまう。一説によれば、これは帝国側の戦力を殺ぐ為にモンスターが起こした謀略であるという。
乗っていた馬車は全壊したものの、両名共に一命は取り留めた。ただ、ロレンスは左脚を失い、アルジャンも腰部を強打した事が原因で神経が麻痺し下半身不随となってしまう。
アルジャンが五体不満足となった事で『双帝』の即位は事実上不可能となった。そこでロレンスはアルジャンを時期為政帝として指名し、クラウディアのみを伝承皇帝の位に就けるものとして方針を転換する。
10年後、最終皇帝となるクラウディア帝が即位したが、『双帝』による未来を思い描いていた人々は女性のみの即位に不安を感じ、一時国政の混乱も見られたという。クラウディア帝は先ず国民の信頼を得る事から始めねばならなかった。
17歳という即位年齢は伝承皇帝以前の時代を含めてもかなりの若年に分類される。加えて女性という事もあり、プレッシャーは相当なものであっただろう。しかしクラウディア帝は頑強な精神でもってこれを乗り切った。
期待と不安の入り交じった視線を背負いながら、クラウディア帝は初陣した。この時、自身の立場を明確にする目的で、ジェラール帝以降使われていなかった『武帝』の称号を自ら名乗っている。在位中はモンスターとそれを繰る七英雄の討伐にのみ全霊を捧げ、軍事以外の国政には一切口出ししないと公言し、常に最前線に立ち続ける事を己に課したのである。
国民の信頼を獲得し足下を安定させたクラウディア帝は、『モンスターを繰り現代を脅かす七英雄の完全討伐を果たし、人類に平和をもたらす事こそが、尽きようとしている伝承法の力を最後に受け継いだ己に課せられた使命であり、また歴代伝承皇帝の悲願でもある』という内容の『真戦宣言』を発表。同時に選抜師団を引き連れて七英雄の残る二名を探し出す遠征を開始した。そして即位翌年にはノエルを、更に翌年にはスービエを打ち破る事に成功している。
当初世間では、スービエを撃破した時点で戦いが終わるものだと考えられていたらしい。しかし実際には、地上の何処かに眠る『核』とも呼べる本体を破壊しない限り、七英雄は何度でも蘇り、全て振り出しに戻ってしまう。独自の調査でそれを知ったクラウディア帝は、遠征の裏で『核』を探し出す為に尽力していた。
そして1770年末、各地に点在するように生き残っていたモンスター達が大移動を始める。それまで各七英雄配下以外のモンスター達に連動が見られなかったのに対し、この時は皆一様にナゼール海峡よりも更に南方、永久凍土に覆われた大氷原と呼ばれる極寒地域を目指していた。これにより、クラウディア帝はその先に目的の『核』があると確信し、追走を決意。最終遠征を開始する。
大氷原は、付近で暮らすサイゴ族でさえも立ち入らない場所で、完全に未開の地であった。加えて気温は常に氷点下、寒風が吹き荒び横薙ぎの雪に視界が遮られるような状況で、行軍は困難を極めたという。
『核』は、大氷原の奥地に聳える、古代文明の遺跡と思われる神殿の中にあった。神殿自体が脆く大軍勢で立ち入る事が出来なかった為、実際に『核』の破壊に当たったのはクラウディア帝とその側近のみの僅か5名であった。
クラウディア帝の意向で『核』破壊時の詳細は明かされていないが、神殿への突入から十数時間後にベースキャンプへ通信が入り、待機していた部隊が救助に向かった際には神殿ごと『核』が消滅。クラウディア帝は意識不明で、他4名も重傷であったという。
立ちはだかるモンスターを捌きながら進み、ベースキャンプを作るまでの行程が半年足らず。そして僅か5名で最終決戦に挑み、誰一人欠ける事無く全員が生還したのは、最早奇跡に等しい。
『核』の破壊、則ち七英雄完全討伐の報は瞬く間に各地を駆け巡り、バレンヌをはじめ世界中が祝賀ムードに包まれた。
しかし酷く負傷していたクラウディア帝一行は中々アバロンへ帰還する事が出来ず、その後1年近くナゼールで療養している。
『嵐の前の静けさ』という諺があるが、クワワ・ベネディクト両帝の時代に跨る平穏こそがそれに当たるのだろう。
帝国歴1700年代に入ると、再びモンスターの活動が活発化し始める。それまでは長くとも数十年で沈静の兆しが見えていたものが、この時ばかりはそれにも当て嵌まらず、以降も断続的に活動状態が続く。
呼応して誕生する筈の伝承皇帝が、この時ばかりは中々誕生しなかった。当時伝承法を仮継承していた将軍・モウトクを筆頭として応戦が行われ一定の成果を上げてはいたものの、嘗て無い異常事態に人々は困惑し、伝承皇帝の誕生を待ち望んだという。
そんな中の1750年、ひとつの転機が訪れる。
ある女魔導士が為政帝ロレンスとその妹セシルの元を訪ね、妊娠中だったセシルを指して『やがて生まれる男女の双子こそ最後の伝承皇帝となる者』という予言を告げる。
なんとこの女魔導士、嘗てレオン帝に伝承法を授けたオアイーブ本人であるというのだ。最早確かめる術は無いが、事実であるとすれば800歳近いという長命を誇る事になる。
数ヶ月後、生まれた子供は実際に双子であり、共に伝承法適性を持っていた。為政帝ロレンスは二名に先祖に肖ったアルジャン・クラウディアという名を付け、その成人をもって異例の『双帝』として即位させる事を発表。セシルは出産時に死亡してしまい、また父親も既に亡かった事から、アルジャンは伯父であるロレンスが、クラウディアは父方の祖母である元軽装歩兵隊長ジェシカが引き取り養育する事とした。
事実上の最後通告もされていた為に、この双子に対する人々の期待は尋常ではなかった。それは身内においても同じで、ロレンスもジェシカも、教育は相当厳しかったという。
その英才教育の結果かはたまた血筋によるものか、両名共に幼少時からかなりの才覚があったらしい。奇しくも為政帝を排出する旧皇家傍流には時を経る毎に各代の偉人の血が加わり、ジェシカ側の家系も嘗て将官クラスの人物を何名も輩出している名家であった。
しかし、事は期待通りには運ばなかった。
1757年、ロレンスはアルジャンを連れて行幸も兼ねた視察の為ナゼールへ赴いたが、その帰りに落盤事故に遭ってしまう。一説によれば、これは帝国側の戦力を殺ぐ為にモンスターが起こした謀略であるという。
乗っていた馬車は全壊したものの、両名共に一命は取り留めた。ただ、ロレンスは左脚を失い、アルジャンも腰部を強打した事が原因で神経が麻痺し下半身不随となってしまう。
アルジャンが五体不満足となった事で『双帝』の即位は事実上不可能となった。そこでロレンスはアルジャンを時期為政帝として指名し、クラウディアのみを伝承皇帝の位に就けるものとして方針を転換する。
10年後、最終皇帝となるクラウディア帝が即位したが、『双帝』による未来を思い描いていた人々は女性のみの即位に不安を感じ、一時国政の混乱も見られたという。クラウディア帝は先ず国民の信頼を得る事から始めねばならなかった。
17歳という即位年齢は伝承皇帝以前の時代を含めてもかなりの若年に分類される。加えて女性という事もあり、プレッシャーは相当なものであっただろう。しかしクラウディア帝は頑強な精神でもってこれを乗り切った。
期待と不安の入り交じった視線を背負いながら、クラウディア帝は初陣した。この時、自身の立場を明確にする目的で、ジェラール帝以降使われていなかった『武帝』の称号を自ら名乗っている。在位中はモンスターとそれを繰る七英雄の討伐にのみ全霊を捧げ、軍事以外の国政には一切口出ししないと公言し、常に最前線に立ち続ける事を己に課したのである。
国民の信頼を獲得し足下を安定させたクラウディア帝は、『モンスターを繰り現代を脅かす七英雄の完全討伐を果たし、人類に平和をもたらす事こそが、尽きようとしている伝承法の力を最後に受け継いだ己に課せられた使命であり、また歴代伝承皇帝の悲願でもある』という内容の『真戦宣言』を発表。同時に選抜師団を引き連れて七英雄の残る二名を探し出す遠征を開始した。そして即位翌年にはノエルを、更に翌年にはスービエを打ち破る事に成功している。
当初世間では、スービエを撃破した時点で戦いが終わるものだと考えられていたらしい。しかし実際には、地上の何処かに眠る『核』とも呼べる本体を破壊しない限り、七英雄は何度でも蘇り、全て振り出しに戻ってしまう。独自の調査でそれを知ったクラウディア帝は、遠征の裏で『核』を探し出す為に尽力していた。
そして1770年末、各地に点在するように生き残っていたモンスター達が大移動を始める。それまで各七英雄配下以外のモンスター達に連動が見られなかったのに対し、この時は皆一様にナゼール海峡よりも更に南方、永久凍土に覆われた大氷原と呼ばれる極寒地域を目指していた。これにより、クラウディア帝はその先に目的の『核』があると確信し、追走を決意。最終遠征を開始する。
大氷原は、付近で暮らすサイゴ族でさえも立ち入らない場所で、完全に未開の地であった。加えて気温は常に氷点下、寒風が吹き荒び横薙ぎの雪に視界が遮られるような状況で、行軍は困難を極めたという。
『核』は、大氷原の奥地に聳える、古代文明の遺跡と思われる神殿の中にあった。神殿自体が脆く大軍勢で立ち入る事が出来なかった為、実際に『核』の破壊に当たったのはクラウディア帝とその側近のみの僅か5名であった。
クラウディア帝の意向で『核』破壊時の詳細は明かされていないが、神殿への突入から十数時間後にベースキャンプへ通信が入り、待機していた部隊が救助に向かった際には神殿ごと『核』が消滅。クラウディア帝は意識不明で、他4名も重傷であったという。
立ちはだかるモンスターを捌きながら進み、ベースキャンプを作るまでの行程が半年足らず。そして僅か5名で最終決戦に挑み、誰一人欠ける事無く全員が生還したのは、最早奇跡に等しい。
『核』の破壊、則ち七英雄完全討伐の報は瞬く間に各地を駆け巡り、バレンヌをはじめ世界中が祝賀ムードに包まれた。
しかし酷く負傷していたクラウディア帝一行は中々アバロンへ帰還する事が出来ず、その後1年近くナゼールで療養している。